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そんな固い決意を胸に、放課後。
疾風くんと東堂くんが偶に使っているという屋上入り口前の踊り場に、東堂くん、上杉奈々さん、大石麻美さん、中垣亜里沙さん、そしてもっちーこと望月勝をそれぞれ呼び出し――もっちーは『なっ何で自分がこんなとこに呼び出されてるんですかっ…!??』と傍目から見てもわかるほどに大困惑顔をしてたので、ちょっと申し訳なかったけども。
回りくどく言っても意味がないと、
「オレっ、藤枝いつぐと」
「矢代疾風は、」
「「お互い好き合っており、これから恋人同士として付き合うことになりましたっ…!!」」
そう、声を揃えてストレートに自分たちの関係を目の前のみんなに伝えた。
シン…と、一瞬にして踊り場が沈黙に包まれる。
集まってからのさっきまでの騒がしさはどこへやら、あまりの静けさに覚悟をもって恋人宣言をした当のオレと疾風くんも、じり…、額に汗を滲ませお互いを見合う、が。
「――…なの…?」
「えっ…」
静寂の中。
ふと小さく声が聞こえ振り向くと「……それ、本当…なの、」と上杉さんが肩を震わせており。
「! 奈々……ああ、本当だ。俺といつぐは真剣に付き合っている。誰に何を言われようが、俺はいつぐと離れる気なんてないって断言できるほどに」
「っ、疾風くん…」
その問いに、疾風くんがまっすぐ向き合いながら、けれども力強く答えを返すと。
「……っそんなの、そんなのって、」
上杉さんは――
「さいっこうじゃないのおおぉぉぉおっきゃあああああっ♡♡♡」
「「!!???」」
……何故だか突如目をキラキラと輝かせ、歓喜の奇声をあげだしたのである。
「は、えっ……な、奈々オマエどうし…」
「はあああっ!! まさかっまさかこんな身近に生ホモっ生BLカプが爆誕してただなんてぇっ!! やだ嘘っ聞いてないわよっこっちにも心の準備ってもんがあるんだからぁ!! ああっどうしましょっ疾風への失恋の気持ちよりも今っ私っ心潤いで溢れてるうううう!!」
「!!!!」
「…びーえ、る?? …ばく、たん…????」
――おお~っと、まさかこうきましたかぁ。
隣の疾風くんは、一体オマエは何を言ってるんだ…???
とおそらく頭にクエスチョンマークをたくさん浮かべてそうな表情で、目の前で頬に手を当てながら突然くるくるその場を回り始めた上杉さんを見つめているが、オレはというと、彼女の口から次々に漏れでてくる単語の数々に……ああ、この人『腐女子』だったのね……すぐさま納得したのだった。
「はぁんもうっ、最近の最萌えカプはブルー×フォグ指令の『ブルフォグ』で当分揺るがないと思ってたっていうのに、まさかここにきてこんな永久ナンバー1に輝きそうな最上級カプが現れるだなんてっ、ああっ神よ貴方様に感謝の意を示します…!!」
「な、奈々が壊れた……」
「……上杉さん」
怒涛の勢いで口早に今の心境について神に感謝と膝までおり祈りのポーズを取り始めた上杉さんの姿に、唖然とする疾風くんと萌えキャラについて語ってる時のオレともっちーにしか見えないな……と、今までの上杉さんに対して抱いていたクールビューティーさがガラガラと崩れていく音を感じるオレ。
っていうか今っブルーとかフォグ指令とかって単語サラッと出してなかった!?
オレたちの住んでるこの向井霞市むかいかすみしのローカルヒーロー『お向かい戦隊ミストルジャー(おむかいせんたいみすとるじゃー)』のブルーとフォグ指令でまでBLカップリング妄想してんのこの人っ守備範囲広いなおいっ!? オレともっちーだって存在を知ってるだけでそこまで詳しくないってのに……な、なんか上杉さんとは、仲良くなれそうな気がしてきたぞ…ゴクリ。
そう、未だ何が起きたかわかってなさそうな疾風くんの隣で、オレが勝手に上杉さんに親近感を覚え始めていると。
「あははっ奈々ちゃんどしたのどしたのっ? ほんとに壊れちゃったの? ふふっこんな奈々ちゃん初めて見た~おもしろんだ~、ねっはやてくん♡♡」
「!」
「亜里沙……」
明るいきゃぴきゃぴとした可愛い声と仕草をさせながら、神に祈りを捧げている上杉さんの頬をツンツンと突っつきつつ、くるりと中垣さんが疾風くんの方へと笑顔を向けてきた。
疾風くんが、申し訳なさそうな声で彼女の名を呼ぶ。
すると中垣さんはスッと彼の目の前でその小さな身体を起こし。
「んとねぇ、亜里沙としてははやてくんのことを亜里沙の『運命の王子様♡』だって信じて疑ってなかったから、疾風くんが自分から初めて亜里沙たちに付き合ってる恋人がいるって、わざわざみんな集めて宣言したのにはかなりショックもあって驚いてるの……しかもまさかの相手が男の子なんだもん、驚き二十倍ぐらいだよっ」
「っ、そう…だな、俺だってまさかこうなるとは思いもしなかった…」
「そうなんだぁ、一緒だね♡ ……でもまぁ、藤枝くん?」
「えっ、あ、はいっ」
「はやてくんが、君に胸キュンラブパワ全開なら仕方ないよねっ! ふふっしょうがないから、亜里沙はこれから亜里沙だけのほんとの運命の王子様見つけよ~っと♡」
「! 亜里沙…ああ、オマエなら絶対に見つかる」
「ありがとう、中垣さん」
「お幸せにってね♡」
にこりっ、そう言ってオレと疾風くんに美少女スマイルを見せてくれた中垣さんに、小さくて可愛らしい外見でいつも子供っぽい感じの喋り方をしていた彼女の中の、すごく大人な女の人の部分を見た気がして、オレたち二人は互いに顔を見合わせ笑みをこぼした。
そして、「それにね、奈々ちゃんや亜里沙はともかくとして…」
言いながら、中垣さんが振り向いた先には
「うっ、ううっ…ふぅ、あ、ぐすっ…ううぅぅあぅぅぅっ…」
「!!」
「……っ、麻美…」
――綺麗な顔を、これでもかと涙でぐしゃぐしゃにさせた、大石さんの姿があって。
「うあっ、ううっ…なんかぁ、最近ハヤテの様子、おかしぃなってずっど思ってでぇ…まさか、まさかって焦りも出てたけどもぉ…こんな、まさか男に獲られるなんてっ、聞いでないんですけどぉぉぉっうえぇぇぇんっ」
「麻美、」
「こんなのっ、ぅえ、いまっ今までの元カノなんか比べられないほどのガチ恋じゃんかぁ…アタシの勝てる要素っ、全然無いじゃんかぁふえぇぇっ…」
喉をつっかえさせながら、それでも紡ぎだされていく彼女の言葉に…涙でボロボロの表情には、疾風くんを本気で『好き』だったんだという想いが、これでもかと詰まっているのが痛いほどにわかった。
そんな大石さんをジッと静かに見つめていた疾風くんは、スッと彼女の前まで歩き出し。
「っ、」
「……ごめんな、麻美。でも、俺のこと本気で好きになってくれてありがとな。恋にはなれなかったけど…俺の中で、奈々や亜里沙、オマエが…麻美が『特別』な存在だったことは本当、だからよ」
「!! …っうわあぁぁぁんっハヤテのバカぁっこんな優しい笑い方でありがとうなんて言うハヤテアタシ知らないぃぃ…!! うっうう、地味男くんのアホぉぉぉっ…」
「!? ごっ、ごめんなさい大石さんっ…でもオレ、疾風くんのこと本気でっ…」
「わかってるわよそんなことっ!! アンタが本気でハヤテのこと好きなのなんて、目ぇ見ればわかるもんっ……ぐすっ、地味男くん…ううん、藤枝いつぐくん」
「はっ、はいっ…」
「ハヤテは、『誰に何を言われようが、俺はいつぐと離れる気なんてないっ』って、そう言ってるんだから…藤枝くんも、ちゃんとハヤテのこと幸せにしないと許さないんだからねっ!」
「! ――もちろん、オレが疾風くんを全力で幸せにするって約束するよ」
「っ……いつぐ、好きだ」
「へっ、あっ、うんオレも好きだよ疾風くんっ…」
「きぃあぁぁぁっキタコレっ!!」
「あらら~らぶらぶぅ」
「ああもうっ失恋したばっかの女の前でイチャイチャしだすなばかばかっバカカップルぅぅぅっ!!!」
涙をこぼす大石さんの瞳を優しく拭いながら告げた疾風くんの言葉に、大石さんはもっと涙を溢れさせ、それでも真剣な眼差しで、オレにそう言ってきた。
だからオレも姿勢を正し、疾風くんを幸せにするんだと声にするのと同時、自分の心に固く強く誓ったのだった。
神への祈りから帰ってきた上杉さんと中垣さんが、大石さんをぎゅっと抱きしめながらヨシヨシと頭を撫でていると、パチパチパチっと、傍らから軽い拍手をする音が聞こえだす。
疾風くんと二人そちらを振り向くと、満面の笑みでもって手を叩く東堂くんがいて。
「! 遼太郎…」
「よかったなぁ疾風、こんなに堂々と『恋人なんだ』って言える相手と出逢えて、ははっ何だかおれもめちゃくちゃ嬉しいよ!」
「っ、おう。オマエにも、色々助けてもらったし…感謝してる、ありがとな遼太郎」
「? おれ、別に何にもしてないぞ? それにしても、最近の疾風の変わりようには藤枝くんっていう好きな人の存在があったからだったんだなぁ…ってことはこの前のサッカー部の練習試合も……なるほど、うんっ納得納得だ。いつのまにそういう関係に発展したのかはわからないけど、でもあの疾風を人前で『好き』と言わせるほどにここまでメロメロにさせるだなんて、藤枝くん本当すごいなぁ~さすが望月の友達だっ」
「えっあ、いやそんなっそれほどでもっ……んっ?」
「め、メロメロって…っ、」
「え~だってそうだろう? 照れるなって疾風!」
「てっ照れてねぇよ!!」
ははははっと明るさたっぷりの爽やかイケメンな笑顔を見せながら、東堂くんは友人である疾風くんをすごく嬉しそうに祝福し。
まさかのオレのことまでもすごいなぁ~と感慨深げに言ってくれたことに対して、オレも思わず照れて上擦った声を気づけばあげてしまっていた。
……ん、あれ…でも今、望月がどうとかって言ったような? と、しかし少し何かがふと引っ掛かり。
オレは照れながらも、んん…望月ってもっちー…だよね? と頭の中で考え、
「って、そうだもっちー!!!」
ハッと、今の今まで一緒に疾風くんとの関係を伝えたはずのもっちーがまったくもって口を開いていなかったことに気づき。
バッ!! 勢いよく一番端にいたもっちーの方へと視線を向け、微動だにせずその場に立ち尽くしていたもっちーの肩に触れた
瞬間。
バターーーーンっ!!!!
「ひいいいいっももももっちー!!???」
ものすごい音をたてながら、もっちーが直立不動の状態のままその場に倒れたのだった。
「なっ何だ…!?」
「!? 望月っ!!」
「もっちー!? もっちーしっかりしてっ!!」
「……ぐっ、う…」
突然倒れたもっちーの頭を持ち上げて声をかけると、もっちーは真っ青な顔でこちらにゆっくりと顔を向ける。
同時に「望月っ大丈夫か…!?」と、血相を変えて東堂くんが駆け寄ってきたことに一瞬少し目を丸くするが、小さく声を出し始めたもっちーの口もとに耳を寄せると。
「…り、」
「り…?」
「――『リア充』の、ボクを置いて…リア充の仲間入りを果たしてしまったんですね、いっつん…」
「………へっ?」
「し、親友がリア充に……ぐっ、祝福したい気持ちは充分にあるのですけどっ……ううっ、ダメだもうボクはこの先ひとりぼっちになるんだ死んでしまうっ…ガクッ…」
「もっもっちーぃぃぃ…!!! 待って嫌だっ死んじゃダメだあぁぁっ、まだ『らぶば』のタスクの嫁が誰になるか判明してないじゃないかあぁぁ!!!」
「…うっ、タスクの嫁は…いおなです、からっ…ガクッ」
「いやタスクの嫁は絶対にうきだけどねっ!! でも死なないでもっちーーーーっ!!!」
「………おい、何だコレは。新手のコントか」
「あはははっ、なんかよくわかんないけど、望月が元気そうでほんと良かった良かった!」
……要するに、もっちーが突然倒れたのは、オレに恋人ができて所謂リア充というヤツになって、オレが離れていってしまうんじゃないかっていうショックからきたものだったらしく。
これは当初、彼にこの事を話そうと思った時にオレが不安視していた通りの展開でもあり。
確かにオレともっちーの立場が逆だった場合、きっと……いや絶対オレもこうなっていただろうなと、そのことを想像し、ははは…とガクッとなったもっちーを抱えながらも乾いた笑いをオレは浮かべるのであった。
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