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第3話
「さてと。じゃ、俺は目当てがあるんで」
先輩はどうも常連だったようだ。贔屓の子がいるのか、ひらりと手を振るとどこかへ行ってしままった。
年上の友人と二人残されて、オーダー表をとりあえず眺める。
ビールが数種類、そして安価なつまみが並んでいた。どれにするか考えていると、少し離れたテーブルから剣呑な雰囲気の声が届く。
「すみません……離してください」
「なんだよ、隣座ってくれたっていいだろ。一緒にのもうぜ」
細身ではあるが骨ばった腕が、客であろう中年サラリーマン風の男に引っ張られている。
「ちょっと。嫌がってるじゃないですか」
「なんだ? お前」
「ずいぶん飲まれてるみたいですね。救護スタッフさん呼びましょうか」
気付けば歩希はビアガール……ではなくビアボーイを背の後ろに庇っていた。
「チッ、分かったよ」
客の男達はやはり酔っていたのか、席を立つと千鳥足で去っていった。
「あ、あの、本当にありがとうございます……」
深々と頭を下げるビアボーイの後頭部で、鼈甲飴のような色合いのヘアクリップがきらりと光る。まるでビールを閉じ込めたような色にも見える。
ベアトップ型のワンピースから覗く肩は、やはり女性のような丸みはない。
「よかったら、こっちのテーブルにビール運んでくれないか? まだ来たばかりで」
「……! は、はい!」
友人を待たせたテーブルに戻れば、彼はにやにやと歩希を迎える。
「お前、やるな~」
「さすがに見てられなかっただけだ」
「好みだったか?」
「は? そういうんじゃ……」
友人と戯れていると、トレーにビールを載せた彼の姿が近付いてくる。ジョッキを二杯並べたトレーは重いのか、やや不安定な姿勢に見えた。
あえて黒く染めているのではないかと思うほど漆黒な髪は、変わらずあのビール飴のようなヘアクリップで軽くあげられており、浮き出る鎖骨に後れ毛が垂れている。
そのコントラストが、歩希の脳をちかちかと刺激する。
にこっと笑うビアボーイの右目には泣き黒子があった。一見、気弱そうに見える青年だが、それを見つけただけで妖艶なイメージが加えられていく。
「お待たせしました」
一つ、ことんとジョッキが置かれる。友人はすかさず手を伸ばした。
「あの、さっきはありがとうございま……あ!」
「うわっ!」
友人の手と、歩希の前に置こうとしたジョッキがかち合った。
傾いたその拍子にバランスを崩したジョッキからは、泡と琥珀色の液体が溢れて、歩希の胸元を濡らす。
「ああっ、ごめんなさい! 拭くもの……そうだ、バックルームにタオルがありますからっ」
ビアボーイは慌てて歩希の手を掴むと、そのまま連れ去っていく。
背後では歩希の友人がジョッキをすすりながら、手を振っていた。
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