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* * *
それは些細なことだった。
が、二人にしてみればなんとなく大問題で、気まずいものであった。
『俺、挿入 れられたい派』
『ぼ、僕も……』
夕暮れ迫る教室で。端から会話を聞いた者は首を傾げるだろう、一体何の話かと。しかし、とっくに放課後の時分に入り、湊と里津以外の人影は特に見えない。
――一世一代の告白は上手くいった。里津も好きだと答えてくれた。女の子みたいな可愛らしさ、けれど歴とした自分と同じ性別で。葛藤がなかったわけではない。自分を否定したりもした。だが最後には、この想いを忘れ去ることなどできなかったのだ。
そしてそれは里津も同じだったようで。
想いは通じた。しかし、大問題なのは、いかにも煩悩を忘れられないといった誰に相談できるはずもない事柄である。
『それは……絶対?』
『う、うん。僕、みっちゃんと同じなんだ……。ごめんね』
『な、なんで謝るんだよ……? おっ、俺がやればいいだけの話だろっ』
そう言いつつも、湊は内心焦った。
きっとこの世の中を上手に渡り歩く人はこの場合も、上手く立ち回るのだろう。しかし、本音を言えば、湊には無理であった。
――喪失。無くすことはある時、ステータスにもなって、経験値を積む為の準備でもある。それは理解しているつもりだ。
だが、いざとなると抵抗感がぽつねんと生まれてしまう。たぶん、なんて確証のない不確かな予感ではない。曖昧ではないのだ。
――“絶対”に必ず自分は里津を組み敷けない。
その日、確かに想いを繋げ合ったというのに妙な雰囲気で別れ、翌日。
ネットワークという荒波で得た情報では、所謂攻めと受けどちらかしか出来ないという人間がいるらしい。
それをまさかの互いが調べてきており、ふっと二人で笑い合った。
偶然好きになった人が同じ属性だっただけ。好きに変わりはないのだ。一生、体を繋げなくとももっと深い部分、心が繋がっているなら……。
そう、綺麗に収まったはずであった。あの時、までは。
* * *
『みっちゃん』
『りっちゃん』
誰もいない教室。合わせ鏡のように手を握り合って向かい合う二人は、口付けを楽しんでいた。
単なる好奇心。普段はみんながいる教室で、キスをしたらどうなるかな、という刺激欲しさ。後々、悔いることになる遊びにいつの間にか熱中してしまっていた。
故に、その声を聞くまで、“見られていた”ことなど知りようもなかったのだ。
『――イイコトしてんじゃん、変態』
クラスメイトの、しかも不良なのに成績優秀で、そのせいで教師も下手な説教が出来ないと噂の問題児、夏々城鴻。
壁にもたれ掛かる彼を視認した瞬間、湊と里津の顔は蒼白くなっていたに違いない。
鴻はにやにやとした笑みを隠すことなく教室内に堂々と入ってきて、目の前までやって来る。
――あぁ、終わりだ。明日になったらこの事がみんなに知れ渡って、不幸な三年間を過ごすことになるんだ。
二人が思ったことは同じであっただろう。
だが、鴻が口に出した言葉は少し違っていた。
『俺も交ぜろよ』
『え……』
里津が困ったように鴻を見上げる。
湊もそうすると、彼が一直線に自分だけを見ていた。
『いいだろ? 一人増えたぐらい、別に困らないよな?』
『……え、いやあの夏々城くん――』
『お前に聞いてねぇ。なぁ、高宮。俺も交ぜろ。聞いてたぜ? お前ら、セックスも出来ないらしいじゃん』
『そ、それをどこで……』
『はっ、大事な会話をする時は気を付けろ? 誰が聞いてるか分からねぇからさ』
意地悪に笑い、くつくつと喉を鳴らす。その様はまさに猛獣だった。餌になるしかない獲物を目の前にし、捕食に失敗するはずがないという絶対的な自信。
そんな彼の指が一本、ゆっくりと立てられるのがはっきり分かった。
『一つ、提案』
ゆっくりと喰らわれる、そんな感覚が湊を襲った。
『俺が入れてやるからさ。お前らは互いだけを見て、互いにヤられてるって思えばいいだろ? 利害は一致、これは飲むしかない提案だよなぁ?』
『み、みっちゃん……っ』
背後に隠れるように立っていた里津の手が震えていた。
それに気付くと同時に、湊は見た。
里津の両の瞳が、爛々と輝いた光を放っていることに。
――何もかもが、揺らいだ一瞬だった。
『なぁ、どうする? ……あーつっても選択肢をやるつもりはないがな。俺の口止めをしたかったら条件を飲むしかない、よな?』
鴻の言葉は、正に悪魔の囁きだったのだ。
後に考えてみても、鴻がどうしてそんな提案をしてきたのか分からない。彼にとってみれば、見たことありのままを流布して二人を良いようにしてしまえば、楽しめるのではないかと思うのに。
* * *
『──んっん』
『気持ちいいかよ?』
『ん、いぃ……っ、あ、りっちゃん』
『みっちゃんっ』
初めて訪れた鴻の部屋で、彼の不良的な見た目とは正反対にゆっくり揺さぶられ、湊は隣に寝っ転がって鴻の指を甘んじて受けている里津を見つめる。
今、自分の中で暴れているのは里津。里津が気持ち良さそうに顔を歪めているのは、自分のせい。
鴻が提案してきたことは、つまりそういうことで。きっと里津も同様に思っているのだろう。
どちらからともなく顔を寄せ、何度目とも知れないキスをする。指は互いの胸元をまさぐって。
――あぁ、どうして融通の利かない体なのだろうか。自分が挿入する側に転身すれば済む話であったのに。
そんな考えは瞬く間に消えていった。だって堪らなく気持ち良かったから。
そうしてもう一つ。何故かこの時ばかりは、鴻は、決して里津の体を穿つことをしなかった。
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