7 / 60

7

* * * 「……あ、してない」  空っぽの弁当箱を抱え、教室に戻ったところではたと気付く。  鴻と二人きりであったのに、何もしなかった。今までなら時間とタイミングが合えば合っただけ、自分は喘がされてきたと言うのに。 「――あっ、みっちゃん〜どこ行ってたの?」 「あ、あぁ、りっちゃん……ごめんね、ちょっと、色々あって……」 「そうなの……?」 「う、うん、明日は必ず一緒に食べるから」 「うん、それはいいけど……。大丈夫? どこか悪いの?」 「ううんっ、平気。心配かけてごめん。……あー、やっぱり保健室行ってくる。悪いけど先生に言っておいて」 「僕も行こうか?」 「いい。大丈夫。一人で行けるから」 「……わかった」  ――初めて隠し事をしてしまった。そして里津を遠ざけるような真似をしてしまった。 「……なんで」  だが、それ以上に。湊の心中に影が落ちたのである。  ――鴻はどうして手を出してこなかった?  どこか期待している自分がいたことに、本来の契約の意図を必死で手繰り寄せた。 * * *  その日の放課後は流夏と鴻共に用事があるらしく、久し振りに里津と二人きり。 「今日はどこか寄って行く?」 「う〜ん、どうしようかなぁ」  湊の問いかけに、里津は悩んだ素振りを見せ、次には最初からその答えしかなかったように、けろりと答えるのであった。 「僕の家に行こう」  里津は一人っ子の鍵っ子で、両親が帰ってくるのはごく稀だ。それは両親の職業に起因しているのだが、里津本人はあまり気にしていないらしい。 『別に親からの愛情求めてるってわけじゃないし。あの人達は僕に何も求めてないから楽だよ』  家族を“あの人達”と表すところを鑑みるに、里津もただ表に出さないだけで心の中では何かしら思っていることは想像に難くないだろう。  しかし、好都合なのには間違いなかった。  何でもないような会話で帰り道を盛り上げ、早々に里津の部屋へ上がり込んで。鞄を放り込んでから二人で隣り合ってラグの上に座った。  自然と手を繋ぐ。それから見つめ合って、唇を触れさせた。 「みっちゃんの唇、柔らかくてきもちー」 「りっちゃんのも。もっかい」 「うん……ん」 「んっ……ぅ」  感触を楽しむように何度も優しく触れ、どちらからともなく舌を出して舐める。 「むっ、みっ、ひゃん」 「ふ、ぁ……ぅ、ん」  いつの間にか二人は太ももを重ねるように足を伸ばして向き合い、キスに夢中になった。  ゆっくり探る咥内はぬるぬるとしていて、時折絡み付いてくる舌が良いところを突く。吸い付かれれば吸い付いて、吐息を混じり合わせるのだ。 「みっちゃん……僕、」 「うん、俺も」 「ふふっ、ぶつけあいする?」 「ん……いいよ」  湊が頷いたのを合図に距離を詰め、布を押し上げる部分を互いに押し付ける。そして好きなように腰を動かすのだった。まさにぶつけあいである。  先走りが服の中で身にまとわりついて、滑りがよくなれば、口から漏れるのは気持ちのいい溜め息。 「はぅ、りっちゃん……!」 「ん、ん! もぅ……いきそう」 「あっん」 「えっち、みっちゃんっンンッ」 「やだ、かたい……っ、脱いでいい?」 「うん、脱ごう」  制服を洗うことがどんなに困難か。身を持って知っている二人は徐に離れ、邪魔なそれらを脱ぐ。  この家には今、部屋の扉を開ける者は誰一人としていない。そんな現状が、湊を、そして里津を大胆にさせた。 「みっちゃん、おっぱい見せて」 「……ん」  上着を放り、ワイシャツをたくしあげる。眼下に晒された小さな粒は、ぴんっと立ち上がって健気に主張している。 「触ってくれるの?」 「舐めてあげる」  言うなり頭を下げた里津がそこへ口付けてきた。 「ぁっ、ぁ」  キスみたいに、何度も何度も唇で愛撫してくる。ちろちろと舌先で弄られる様は何とも言えぬいやらしさで、湊は思わず視界を塞いで里津を呼んだ。 「かわいい、みっちゃんのおっぱい。気持ちいい?」 「ぅん。きもちいぃ、ぁ」 「ここも濡れ濡れだよ」 「やっ、うぅ」 「ごしごししてあげるから僕のおっぱいもして」 「んッんー……あぅ」  同じようにたくしあげられたワイシャツから覗く二つの突起を一直線を描くように舐め、吸う。 「ぁんっ」 「ん、ん、ん……は、りっちゃん……んん」  里津の昂りに触れ、交互に胸を舐めながら彼の動きに合わせ手を動かしていく。  そうするとやがて、温かい白濁とした液体が互いの肌を汚すのであった。 「ん、いっちゃった」 「いっぱい、でた……。りっちゃん」 「みっちゃん、好き」 「俺も……大好き、うわっ」  瞬間、首に手が回り体重がかけられたと思えば、里津は後ろに寝転がり、上にいる湊をくすくすと笑う。 「急に危ないよ」 「へーき、僕が支えたから」 「少しふらついたくせに」 「あはっ。ねぇ、キスマークつけてい?」 「いいよ」 「やった」  ――鴻や流夏がいないといつもこんな感じで放課後を過ごす。いや、鴻達と関わる前からこうであった。  体は互いに貫けないが、えろいことはする。  口付けを乞い、触れ合うことを覚えて、足りない刺激を二人で補う。中が満たされなくても、不満はなかった。  鴻や流夏から与えられる強烈なまでの快楽を知っても尚、それは変わらない。 「あのさ、みっちゃん」 「う、ん?」  幾つのキスマークが付けられただろう。不意に口を開いた里津が急に真面目な顔つきで言う。 「みっちゃんは、やっぱり僕には挿入()れてくれないよね?」 「……え」  ただただ快楽の頂点へ上り詰めようとしていた湊に、突如浴びせられた冷や水のごとき、言葉。たちまち自分達がしている行為が滑稽に見え、冷静になっていく。 「いきなり、どうしたの……?」 「みっちゃんは流夏くん達と契約して何もかも解決したって思ってる?」 「……りっちゃん」  ――痛いところを突かれた気がした。 「本当は僕とみっちゃんの問題なんだ。それが鴻くんにバレて、口止めみたいに契約したけど……。僕はね、みっちゃん。このまま卒業を迎えたくない」 「……」 「やっぱり嫉妬しちゃうんだ。鴻くんや流夏くんに喘がされてるみっちゃんを見てると、なんでそこでみっちゃんを気持ちよくさせているのが僕じゃないんだろうって」 「…………」 「それに確かめたいことがあるの。みっちゃんさ、契約通り、僕とも卒業したら会わないつもりでいる?」 「え」 「そうでしょ? 考えていなかった、って言った方が正しいのかな……。僕はそんなの嫌だと思う。あの契約にはみんなが会わないって関係を断つっていうのが前提だから、鴻くんと流夏くんとは卒業まで。だから僕とみっちゃんが離れなくても、バレることはないんだよ」 「、……」  あ、と声が漏れそうになる。  そう言えばそうだ、なんて。それは後を考えず、里津とのことをうやむやにして現在に陶酔していた証拠だ。  湊は自分自身に失望する。 「最初からそのつもりだった。契約はただ鴻くんにバレちゃったからその代償。あのね、みっちゃんを誰かにあげようと思ったこと一度もないよ?」  宣言するように微笑まれる。それが可愛くて、綺麗で。  目を奪われている湊に、里津は静かに口付けをし深く塞いできた。 「んっ、ふ」 「ふぅ……は」  銀の糸が二人の想いのように間で繋がる。 「考えたの。僕、みっちゃんに挿入()れてみる」 「……! そんな、りっちゃん、」 「やっぱり誰かに頼るなんて。少しずつだけど、見てきて変わったんだ。もしかしたら、僕はただきっかけがほしかったのかもしれない」 「……りっちゃん……」 「頑張るから……いれさせて」  囁かれ、湊は何も言えなかった。本当は、頑張ると言うなら頑張らなくていいと里津を否定したかった。だが、できない。  どうしてなのか。言うまでもないだろう。――期待しているからだ。それが、湊自身、望んでいたことだったから。  そうなればいいのに、と。

ともだちにシェアしよう!