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突然だが、奥寺 真崎 は腐男子である。腐男子が何であるか、説明は不要だろう。何がきっかけであったのかも、今は重要ではない。それよりも大事なのは、とある人物間に漂う違和感、である。
一部の女子に“まっきー”との愛称で呼ばれ、一定の距離感を築き上げている真崎は日課のように彼女達と情報を取り交わす。漫画や小説といった二次元的な話から、学内に至る三次元の話まで多種様々だ。
中でも仲間内で熱い話題と言えば、突如交流が生まれたクラスメイト四人の話だった。
言葉は悪いが平凡極まりない高宮と。クラスの長、学級委員長の朔瀬。かわいいと評判、真崎も受けとして太鼓判を押す宗田。残るは、畏怖の対象である不良の夏々城。
一見、共通点など見えないこれら四人が、ある時期を境に友好関係を築き出した。
これは、と腐男子特有のセンサーが働き、動向を窺っていたのだが……。
「最近、ギクシャクしてるよねぇ?」
いつもの放課後。薔薇園の集会もといマルチメディア部の部室にて。
部員でもない真崎は神妙な面持ちで定例報告にその話題を提供した。
マルチメディア部は代々女子だけの花園であり、真崎自身も趣味を秘匿する為に、ただ参加するだけの形となっている。この地位を築くまで、幾度彼女達に垂涎 のネタを提供したことか。仲間だと認められてしまえば、その関係は強固なものとなったが、ここに来るまで少しながら苦労したものだ。
話が脱線してしまったが、活動の始まりは、注目するカップリングの近況について語ることから。
長方形の机を囲むのは、真崎を除けば、女子のみ。しかし、それに気にした様子もない彼女達はうんうんと同意するように頷いた。
真崎が挙げた彼ら四人は、この薔薇園の集会――とは仲間内のこと、この集団の別称――の格好の餌食となっているからだ。
「――会話の数も減ってるよね」
「――うんうん。私も最近は三人で固まってるのも見ないかなー」
「喧嘩、とか?」
「共通点はなさそうだけど、喧嘩するようには見えなかったよ」
真崎と同じく、彼ら四人と同じクラスである女子二人が互いに印象を口にする。
真崎もそれには同意であった。
急接近した彼らの仲は、そうなるに値するほど睦まじく見え、誰の邪魔も許さない不変的なものまで感じさせていた。
「喧嘩じゃないとしたら……」
真崎は呟き、思考を巡らせる。
彼ら四人を見守ってきた者として、彼らの関係が崩壊してしまうのは悲しい。目の保養だった。妄想を繰り広げる脳への癒しであり、至極の薬であったのに。
今やそれが危ぶまれているなんて――。
もちろん、彼ら自身としては友人以外の何物でもないのだろうが。
色眼鏡ならぬ、腐りきるも素晴らしいものを魅せるレンズを意識せずともかけてしまう現在、何としてでも彼らの窮地を救わなければ、とあらぬ使命感に燃えてしまうのだ。
それが真崎の運命(さだめ)である。
と、自負している。
「うーん……少し整理をしよう。ボク達が思うカプは、高宮と夏々城。宗田と朔瀬。これにはみんなも同意してくれたよね?」
女子達が一様に首を縦に振る。
「もしかしたら、ボク達は大きな過ちを犯していたのかもしれない」
「過ち?」
「うん。最初から気付くべきだった。彼らは“四人”だ。二人ではない。どうして四人が同時に他の三人と仲良くなったのか。何か繋がることが四人にはあった、二人じゃダメなんだよ。四人でいることに意義がある――」
「でたっ。まっきーのあつあつ熱弁!」
「あやめさん!」
「はいはい?」
「これは、リバや複数である可能性も出てきたっ」
「――今更思いますけど、まっきーって残念な男ですわね」
「うるさい五条先輩!」
「先輩に怒鳴る後輩も早々いないってー、まっきー」
「まっきーはそれでいいの? 納得?」
「……最近、さんぴーやよんぴーといういやらしいのも好きなんです」
鼻の穴を膨らまし、ふんっと息を吐く。
それに引く彼女達ではなく、やはり同意を示すように頷くのだ。
何も知らない当人達はまさか自分達が変な妄想に登場させられているとは露知らず、ただただ仲違いをしているだけなのかもしれない。だが、一パーセント、僅かでも可能性があるから、妄想は止まらない。
やめろと言う前に、自分達の目の前でいちゃつくのをやめろ。見えるように仕向けるのが悪い。
それがこの活動を正当化する切り札である。
「そうだなー、ありがちなのは修羅場だよね」
「なるほど修羅場」
「最初は高宮が好きだったけど、宗田を好きになってしまった、朔瀬。とか?」
「高宮はそれに気付き、二人とギクシャク。そんな時、現れたのは孤高の王、夏々城!」
「いや、皆がギクシャクしてるんだって」
「う〜ん」
真崎の突っ込みに女子達が真面目に沈思する。
不思議なのは、急に距離が遠くなったことだった。
喧嘩、なのだろうか。
――これじゃあ、毎日の萌え補給ができなくなる……!
思うのはただそれだけ、学園生活を潤すものがなくなれば、それは死活問題に直結する。
ううむと頭を抱える真崎に、尋ね人がやって来たのはその時であった。
「――真崎、」
「え、白石?」
女子のものではない声色に、出入り口を見てみれば、そこにいたのは同じクラスの副委員長であった。白石とは友人関係でもあり、真崎の趣味に一応理解を示してくれる数少ない友達なのだが。
そんな彼の顔色は芳しくなかった。窶 れた顔がゾンビみたいだ。
「あれ、部活は? レギュラー入りしたって喜んでなかったっけ?」
席を立ち、近付いていくと、
「真崎……」
「うん?」
「リアルにもビーエルって存在するのか?」
「…………はい?」
よく分からない言葉がもたらされた。
「えっと……何? よく聞こえなかった」
「だから、現実にもお前が好きなようなことってあるのかって聞いてるんだよ」
「……え?」
「てっきり実在しないものとばかり……。でもちゃんとはい、……!!」
「し、白石? 何?」
「おおお前……っ、俺に何度も言わせる気か!? もういい、ちょっと来い! ――あー部長さん、ちょっとこいつ借りていきますのでッ」
「は、え……な、なんだよ、急に! 白石?」
「いいからっ。緊急事態なんだよ。もう俺の中じゃ処理しきれない!」
「えぇ?」
分からないまま白石に腕を引っ張られ、真崎は脳内に疑問符を並べる。
しかし、言いたいことはあった。
――部室で騒いでる女子達! 別に白石とは何もないから! 何も騒ぐ関係じゃないからああぁぁ!
* * *
部室から遠く離れた場所まで、手を引っ張られるがまま連れてこられて。
ふと歩みを止めた白石が振り向く。するとなんてことだろうか。彼の顔色は今にも真っ白になって倒れるのではないかと思うほど悪くなっていた。
あまりのことに真崎も焦った。
「ど、どうした? 何か、あったのか?」
「……、……」
しかし、言い澱んでいる様子で、口を開くが肝心の言葉が出てこないようでもある。普段ならズバズバ言うタイプである白石の変化に、とうとう真崎も真剣にならざるを得なくなった。
先ほど、白石は何と言って自分を訪ねてきただろうか。確かその時も焦燥に駆られていて、ひどく不安げで……――。
瞬間、彼が可哀想になって真崎は止めた。
本当は白石が何と言っていたか、理解していた。彼がそんなことをするとは思っていなかったものの、冗談か何かだと思っていたのだ。きっと、そういう話が大好物な自分をからかう為に、だと。
しかし、そんな馬鹿馬鹿しいことを思っている場合ではなく、彼の様子から悟るに、話の信憑性は高いようで。
――今までの言動を悔いる。ここまで白石が同性愛に嫌悪を抱いているとは思っていなかったのだ。
話を聞いてほしい一心で様々なことを聞かせたが、彼は本当に苦しかったのかもしれない。
真崎は自分の行いに後悔をした。
「ごめん、白石……白石がそんなに嫌なんて分かってなかった、ごめん。もう何も話さないから」
「……?」
自己嫌悪に耐えきれず言えば、当の白石は分からないようで首を傾げている。
――あ、かわい。
反射的にその考えを捨てて、付け足す。
「何か見て、すごく気持ち悪くなったんだろう? それを思ったら俺が白石に報告してることって酷なんじゃないかと思って、反省して……遅いと思うけど」
「いや……、」
自身の気持ちを確かめるように、辿々しく白石が言葉を紡ぐ。
「気持ち悪いとは、思っていない……うん、思ってない。ただ、びっくりして……。現実じゃそうそうないことだと思ってたし、まさか自分が目撃するなんて……」
「何を見たんだよ? 告白場面?」
興奮を悟られないように表情を引き締め、耳を寄せる。と、信じられない言葉が返ってきた。
「……せっ、せ……す」
「え」
一瞬、何が何だか分からなくなった。
白石は何と口にしただろう、いや分かってる。分かってるけど、あの白石の口から……。
次第に混乱していく脳内に歯止めをかけて、真崎は深呼吸を一度した。
ここで自分が取り乱してしまえば、白石は言い知れぬ不安に襲われるかもしれない。
まずは、自分が落ち着く。よし。
「で、それはどこで……?」
「資料室」
「資料室? またそんな埃溜めで……? ふふ」
「?」
「う、ううん、なんでも。でも白石はどうして資料室に?」
「先生に用事を頼まれたんだ。それで」
「ばっちり目撃した?」
「そう。できるなら忘れたい……」
「よしよし」
よほど衝撃的だったらしい。
真崎にとっては慣れたこと――で、その衝撃は遥か彼方に置いてきてしまったから慰めることしかできない。
白石の少し固い髪を撫でていると、柔くだが払われてしまった。
「ごめん。でも少し、放っておいてくれ」
「あ、うん。分かった。あっでも二つほど聞きたいんだけど」
「なに」
「先生の用事、どうするつもり?」
「それは……委員長に任せた」
「任せた?」
「うん」
「それって……」
「なんだよ」
「いいえ、なんでも」
「あと一つは?」
だんだんと苛つきを露にする白石に焦りつつ、最も重要な事を質問した。
「資料室にいたのは誰だったの? 俺が知ってる人?」
「……――」
禁断の、それ以上に興味をそそられる質問。その回答は。
「え……」
遥か彼方に置いてきたはずの衝撃が真崎の心に重く響き、真実となって一気に“彼ら”の現実感を増したのであった。
『高宮と夏々城だよ』
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