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* * *
「一番の被害者は俺だ」
鴻が先導して無言の三人を連れて行ったのは、彼の家であった。
両親、特に父親の頑張りで手に入れたという温もりを感じさせる外観の一戸建て。茜色に染まる外壁は更に温かさを周囲に与え、どうして鴻が不良になったのかよく分からない。一度会ったことのある両親は非常に優しく、鴻にだって思い遣りをもって接していた。
その彼らは不在のようだ。
しーんと静まり返った鴻の自室に、冒頭の言葉が意外にも白石の口から吐き出された。
「お、お前達はTPOも考えられない子供か?」
「……」
それに湊は否定の言葉も思い付かない。
ただただ正確に的を射ていて、ずばり図星 なのである。
だが一方で、今回の元凶であろう鴻は平静として白石を見つめていた。
「ひ、人通りの多い場所で……誰が来るかも分からない……っ、すごく腹が立っているぞ! 俺は!」
「そんなん宣言されなくたって伝わってるっつーの」
「な、な、夏々城……っ、お、俺はっもう!」
瞬間、奥寺が慌てたように割って入ってきた。
「ちょーっ、白石、落ち着こう。ひとまず落ち着こう? はい、深呼吸」
「ふ、フーーッ」
じろりと鴻を睨みながら白石は奥寺に従い、浮かした腰を下ろす。
すれば少し安堵した様子で奥寺は言いにくそうに口を開けた。
「ごめん」
「謝ってやる必要なんかっ、」
「はい、はい、白石? 落ち着こう、深呼吸、ね」
「フーーーーッ!!」
再度奥寺はごめんと謝罪の言葉を口にし、続きを紡ぐ。
「えっと、ひとまず言いたいのは、すごく驚いた。まさか現実にこんなことがあるなんて思ってもなくて……」
ぎりぎりと奥歯を噛み締めているらしい白石の腕を強く引きながら。
「興奮しております」
「え」
「あ?」
「あっいえいえ、お構い無く。少し心の声が……。……で、すごく聞きにくいんだけど、夏々城。俺達をここに連れてきたからには無事じゃ帰してくれないんだろう?」
「え、」
紡がれた奥寺の言葉に、誰よりも早く湊の胸がざわついた。
あのあと、ついてこいとの一言でここまで導いた鴻だったが、目的はそういえば分からない。
あの場は逃げるが勝ちだと思ってしまうのだけれど。
「どうしてそう思う?」
鴻は一言、そう疑問を同じ問いで返す。
「そうだね、だってそれは君達の秘密じゃないか。誰にも言えない、秘めた、恋っ……ああっ! なんてことだろう! 俺は、もぅ……もう!」
どこか大仰に、興奮しているという少し前の言葉通り、奥寺が何故か悶えている。まさか、鴻の態度にときめいているわけではあるまい。
その場の三人を置いてけぼりに奥寺は興奮覚めやらぬといった風に、鼻息荒く、捲し立てる。
「これが夢だったら一生呪って根に持ってやるって言うぐらいっ、ものすごく美味しい展開だよ! 君達とこうして喋って知人というカテゴリーに入れたこと! こんなにも神様に感謝したことはない!」
「……俺達、友達じゃ……?」
あまりのことにそう言ってしまうと、奥寺はまるで神々しいものを見ているように目を細めた。
「はあああぁぁっ、なんてことを! 高宮、好きだ」
「え、……えっ」
「奥寺、」
奥寺によって柔らかくなってきた空気が一瞬で凍るような鴻の一声。
興奮していた奥寺も瞬く間に背筋をぴしっと正して、そのあまりの冷たさに生唾を飲み込んだようだった。
「勘違いしているようだが、俺と湊は恋人同士じゃない」
「……え?」
「!」
「それと、ここに連れてきたのは無駄に人を増やしたくなかったからだ。あの場にとどまっていたら白石、お前ずっと騒いでいたろ」
「当たり前だ、バカ野郎ッ!」
「だからだ。大した理由はない」
「え、じゃあ……。口止めはしないってこと? 大切な守秘義務を課せなくていいって言うの!?」
「守秘義務? 別にいらない」
「エ」
今度は湊がそのきっぱりとした鴻の返答に固まる番だった。
鴻の目的は彼ら二人の口止めではなかったのか。
「ち、ちょっと待ってよ……鴻!」
「言い触らされて困るようなことがあるのかよ?」
「だ、だって……っ」
間も空けずに白々しく返ってきた文句に適切な言葉が見つからず、口ごもる。奥寺と白石がいる今、何をどう口にすればいいのか分からないのだ。恋人同士と認めるのも、違う。しかしこの場では、奥寺を騙す為には嘘を吐くしか方法はないように思えて……――。
「……」
何も言えないでいる湊をどう思ったのか。鴻は言葉と同様に冷たく目を逸らすと、再び奥寺と目を合わせていた。
「好きにしろよ」
「や、そんな……俺達に言い触らす権利とかないけど……ていうか言わないよ!」
しかし、奥寺は首を左右に振る。意外にも、白石もそれに同調を示していた。
「えっと、そういうの、理解ある方だし……」
「これ以上、被害者を増やしてどうする!」
「白石っ落ち着いて。……もっと大切にしようよ。色々あるだろうけど、互いに好きなんだろう?」
「……」
「……」
――なんて奥寺は純粋なのだろう。
鴻もさすがに黙るしかないようで。
ふと込み上げるのは、後ろめたさ。
奥寺に事の真相を悟られる訳にはいかない。もちろん、白石にも。決して。
「だったらその想いを大切にしてくれ」
「俺を巻き込まずにイチャイチャしてろ!」
「うん……よし、じゃあ、俺達はもう帰るよ。邪魔してごめんね」
圧倒的に悪いのはこちらなのに、何も知らない彼はあの場に居合わせてしまったことを謝ってくる始末なのである。
湊は心の中で謝り倒すしかなかった。
罪悪感しか生まれない、勝手に悲劇ぶってうちひしがれる心。そんな権利はないと思いつつも、痛む気持ちは本当であった。
見送る必要はないとばかりに去っていく二人の後を追いかけた湊は、
「お幸せに!」
何の毒気もなく笑顔でそう言った奥寺にとうとう何も返せず、虚しく閉まる玄関の扉をただただ見つめることしかできなかった。
* * *
引き返して鴻の自室に戻った湊は。
「ん、んぅっ」
道端でされた時と同じように、強引な口付けの餌食となっていた。
自分には鴻を糾問する権利はあるだろうかと考えていた湊だったが、部屋の敷居を跨いだとほぼ同時に近くに座っていた鴻に手を引っ張られ、胡座をかいた膝の上へ向かい合う形で座らされた。それから一呼吸も置かずに息をも奪うような現状へと誘われたのである。
「湊」
その時、不意に唇が離され、
「怒ってるか」
「…………ん?」
酔いも葛藤も吹き飛ぶような言葉が鴻から吐き出された気がした。
「?」
思わず首を傾げた湊にもう一度、同じ言葉が落ちてくる。
「……どういう、意味?」
すると、溜め息が湊の前髪を揺らした。
「俺が言ったこと、不満だったみたいじゃん」
「え……」
「でもあれ以上に適切な言葉ってあるか? まぁ、あいつらは誤解したままみたいだけど」
「……」
「なんだよ。罪悪感でも感じてんの?」
「あ、当たり前じゃんっ」
分からないように次は鴻が首を捻っていて、その衝撃に目を見開く。
「こ、鴻は何とも思ってないの?」
「……はぁ」
「な、なに」
「ベッド行けよ」
「え? あ、わっと」
雑に立ち上がらせられ――意外にも整えられている――ベッドに半ば放り投げられる。
「いきなり、ん」
そして、唐突な口付け。
これで三度目だ、なんて暢気にカウントした脳は正常だと言えるだろうか。
好きな人がいる、自分は里津が好きだ。
「んんっ」
しかし、欲望に忠実な体は鴻を求めて口を開き、受け入れる。
――これが正常だと言えるのだろうか?
「は、こう……っ」
性急に肩から胸、太ももへと流れていった彼の両手は少し戻り、ベルトを外していく。そうしてあっという間にスラックスを寛げると、下着の中に片手を忍ばせ、僅かに反応をしていた部分に触れた。
「っ……」
「濡れてる」
「! な、なな……なんっ」
「何赤くなってんの? 今更純情ぶんなよ、淫乱」
「いっ……――ひゃあっ」
いつに増して乱暴な言い方に言葉を失った瞬間、ずるっと下衣を引っ張るように脱がされてしまい、湊はひっくり返る。慌てて下半身を守ろうにも、伸ばしたワイシャツでは事足りなかった。
「や、やだ……鴻」
「うるせぇ」
「ま、待って」
「嫌だ」
「鴻――」
「可愛くおねだりしろよ?」
「え」
ぱくん。音で表すなら、そんなもの。
だが、湊の脊髄をかけあがり、尾てい骨の根元のような場所が何と言えぬ甘い疼きに犯されたのはそんなものでは足りず、凄まじいものであった。
今日の鴻は唐突に何かをすることを信条としているのか。
完全には立ち上がっていなかった湊の昂りを何の躊躇いもなく、咥内に招き入れたのである。
「ん、ぁ……や、だ鴻」
ちゅ、ちゅ、と恥ずかしい音が下方から聞こえる。鴻の染められた髪が俯けば目の前にあって、その毛先がちくちくと晒された肌の表面を引っ掻くのだ。否応にも、されていることが全感覚を通じて伝わってくる。
「ぁ、あ……んっ」
鴻がこうするのは珍しく、されたことがないわけではないからその分、威力を知っている。
どこで覚えたのか見当もつかない巧みな舌遣いでこちらを高まらせ、そっとだが確かに添えられた指が絶え間なく動かされていて追い詰められてしまう。
同じ男だからいい場所を知っている、なんて思えないほどなのだ。
「くぅ……んん」
「は、犬かよ」
「あっ、喋んな……ぃは」
「あ? 俺に命令すんな、馬鹿」
「ちがっ、あぁっ……ぁ、ぁ」
強く吸われ、危うく飛び出そうになった。寸でのところで堪えた湊は、ぎゅっとシーツを握りしめていた手を鴻の頭の上に移動させた。
「鴻……っ」
「……、……」
可愛がるみたいに、まるでそうだ。見せつけるように舌を出して舐める鴻の姿は鮮烈で。
「ん、んっ……ふ、あぅ」
「いきそ?」
「ぅん、うん……いく……ぁ」
素直に認めたというのに、鴻は躊躇いもなければ未練もないのか、口を離してしまう。
「物足りなさそうだな」
あ、と声を出した様を笑って、濡れた指をワイシャツのボタンにかけてきた。
「自分で弄れよ。俺をその気にできたらいかせてやる」
「そん、な」
「ほら」
前を開かれ、陽に焼けていない白い肌と、つんっと主張する淡い色の突起が丸見えになる。
「このままでもいいのかよ」
「……ゃ」
「じゃあ、ほら」
「鴻を、やる気にすればいいの?」
「さっきからそう言ってるだろ?」
「うー……」
そろそろと手を伸ばしていくと、辿り着く前に退けられた。
「え、なに」
「馬鹿、ちげぇよ。お前が弄るのはこっち」
と正された先は、晒されたばかりの胸であった。
「は」
なんて鬼畜だろう、この男は。達する必要がないと言わんばかりの命令だ。
「早くやれ」
こういう時ばかり、不良の威力を使うのである。そうされれば逆らえないと理解しているところが、さらに質悪いのだ。
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