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* * *
言い出しっぺの流夏が責任を持つ、ということで彼の家で暖を取ることになった。
家族の了承を得て一人暮らしをしているというその家はこじんまりとしているが、四人いても別段問題はなく、清潔感に満ちていて居心地のいい場所だ。
なんと言っても、どれだけいようと監視の目がないのが今回最適だろうと判断が下された最もな点である。
「すぐに暖房入れますね」
「うん、ありがとう」
「里津はここにいるとして、貴方達二人はどうしますか?」
「え、俺今日泊まるよ」
「一応、家主は私なので許可を得てほしいんですけど」
「いいよね?」
「いや、いいんですけど」
「じゃあ問題ないじゃん!」
「……」
「うそうそ、ごめんって流夏。皿洗いとかするから置いてくださいませー」
「……鴻はどうします?」
仕方ないとばかりに溜め息を吐いた流夏がそう問いかけると、一人ずつ顔を確認したらしい鴻が無愛想に視線を外す。
「今更帰れっかよ」
「じゃあ、みんなでお泊まり会ですね」
「そんなにはしゃぐことか?」
「久し振りじゃないですか。こういう時でも楽しいものは楽しいんですよ」
「……わからん」
興味も殊更無いように呟いて、上着を脱ぐ鴻。
「そうだ。制服じゃ寛げないですよね? 私のでよければ楽なの貸しますよ」
「やったー」
「あ、でも鴻に合うサイズありますかね」
「下があればいい」
「ははっ、わざとちっちゃいの着せてよ、流夏! 絶対面白いッ」
「……何笑ってんだよ」
「ぶはっ」
「想像してんじゃねぇ馬鹿湊」
……会話に加わらない里津は今、どんな表情 をしているだろう。わざと明るくしているのがバレていなければいいと思いながら、無理な話だろうかとちらりと窺ってみる。
「……ふふ」
小さく笑みを浮かべてはいるものの、やはりどこか無理しているようだった。
「そうだ、もうお風呂にも入っちゃいましょう、そうしましょう!」
「……? ……流夏お前、俺らを汚いって遠回しに言ってるだろ?」
「そんなことないですよ、別に。ふふっ」
親切に服を貸してくれると言った流夏。丁寧にお風呂までも入っていいと。
厚い待遇に少しばかり感激し、本当にお泊まり会みたいだと思ってしまった。
「その笑い方、認めてるのと同じだから!」
湊達三人は早めの入浴となった。
* * *
「ふぁー気持ちよかったぁ」
「さっぱりした。ありがとう流夏くん」
「……三人纏めてとか鬼畜か」
げんなりした顔の鴻は上下スウェットだ。何の変哲もない、サイズもぴったりな普通さである。
「これで綺麗になりましたね」
にこにこと嬉しそうな流夏に迎えられ、一同苦い表情を湛えた。
てっきり一人ずつ入らせてくれるのかと思いきや、流夏はその間に夕食の用意をしておくからともっともらしいことを挙げて、三人纏めて浴室に放り込んだのだった。
じっくり逡巡してみれば脱衣所で一人が洗うのを待っていればいいのだが全く思い至らず、苦心の末、三人で狭い思いをする羽目になったのである。艶っぽいことなんて起きやしない。あっちいけだのくっつくなだの、終始うるさかったのは何を隠そう、鴻だ。鴻がそんな態度なものだから浴室は一時、ある種の殺伐とした戦場であった。
――唯一分かったことは、流夏が結構な綺麗好きということであろう。……思った以上に、である。
それでもさっぱりしたことには変わりない。
流夏に借りた服に袖を通してしまえば、浴室での鬱憤など忘れてしまうのだった。
「ご飯、炊いてるのでもう少し待っててください」
「やっぱり自炊するんだ?」
湊がそう問うと、彼は頷く。
「はい。お金は出してもらってる身なので。少しでも節約しないとダメな気がするんです。本当ならバイトでもしないと、でもそれがなかなか……」
「学校が終わったらバイト、って辛そうだよね」
「わがまま言ってる場合じゃないんですけどねぇ」
微かに笑って、流夏は話題を変えた。
「ご飯ができるまで。少し話し合っておきませんか?」
「あ、ああ、そうだよね。これからのこと話す為に呼び出されたんだった」
「いえ、里津。貴方のことですよ」
「……え?」
「私達のことなんて二の次です。貴方がいなくなってしまったら元も子もないんですよ? この状況をどう上手い方向へ持っていくか、知恵を出し合いましょう?」
「知恵って……」
「このままなわけにはいかないだろ。お前も、流夏も」
「鴻くん……」
友情と呼ぶには程遠い関係だと思っていた。しかし、今の状況を友情が故に、と言わなければ何と表すことができるだろうか。
本当に意外にも、鴻がそれを表しているような気がして湊は心が温かくなるのと同時にきゅっと痛むのを感じた。それはあまい、甘い痛み。いとおしい、なんて感情に似ているのかもしれない。
「そうですね。里津がいると二人も居続けると言いかねませんからね」
「だって流夏と一つ屋根の下だよ? なんか心配」
「どういう意味です?」
「ほら、最初の頃、結構ラブラブでさ。俺……やきもちやいてたんだ」
「そう言えば、そんなことも言ってましたね」
「分かってると思うけど、里津と付き合ってるのは俺だからねっ」
「十分承知してますよ、湊」
「あ……ぁ、ごめん、そういうつもりじゃなくて」
「分かってます。――なので里津、私達に話してもらえませんか? できることなら協力したいんです。微々たるものですけど、私達の力、使ってくれませんか?」
「……本当に、いいの? 面倒じゃない?」
「はなっから面倒なんてついて回ってんだろ」
「……!」
「夏々城、なんだか今日は妙に素直で普通の高校生っぽいですね」
「あ?」
ぴくり、と鴻の眉が真ん中に寄る。
湊も感じていた違和感には満たない新たな発見を流夏もしていたようだ。同様に嬉しそうでもある。
「りっちゃん」
「みっちゃん……?」
「りっちゃんが好き、一緒にいたい。俺にはそれが充分な理由になる。家族の中に和って入ることはできないけど、相談とか……なにかいい方法を考えることはできると思うんだ。りっちゃんが嫌じゃないなら、お願い……っ!」
頭を下げる。
と、温もりに包まれた。言うまでもなく、里津に抱き締められたのだ。
部屋の中で聞こえていた悲しそうなそれとは違う、嗚咽。
「ふ……ぅ、ありがとうっ」
* * *
「まずは状況を整理したいんですけど」
そうして始まった、作戦会議。
流夏の服に身を包み、一つの小さな台を囲むようにして湊から右に流夏、鴻、里津と座る。
暖房のお陰で快適な温度、キッチンでは白米が炊かれている音がしている。
「うん。きっかけは僕の親が離婚するって決まってからで、それまで興味のなかった僕を二人は自分の方が優位だって相手に知らしめたいが為に親権争いをし始めたんだ。二人とも離婚した後は海外に住むって言ってた。僕に与えられたのはどっちかについていくってことだけ……。お父さんは強行手段に出たみたいで僕を無理矢理連れて帰って、あの部屋を見せてきたんだ。全部持ってけば僕がついてくるしかないって思ったんだろうけど……」
「里津はどうしたいんですか」
「どっちにもついていきたくないっ」
ふるふると首を振って否定する。
「叶うなら、だけど」
「ではどちらがまだマシか、という質問はなしにしましょう。二人の元を離れる方法、ですね」
「でもそんなことって可能なのかな?」
里津が不安そうに呟く。
「一人で暮らすってこと?」
後を続けるように湊。が、流夏は首を横に振った。
「いえ、現実的に難しいですよ。親の助けが望めないとなると、金銭的に困る羽目になります」
「そっか……じゃあ、」
「じいちゃんばあちゃんは」
鴻も案を出す。
「あ、それ考えてなかった」
「どうですか?」
「お母さんの方のおじいちゃんおばあちゃんならこの近くに住んでるよ。すっごく優しいから本気で話せば分かってくれるかもしれない!」
会議から数分も経たない内に希望の光が見えはじめた。自ずと声色も明るくなる。
「ひとまず居場所を得たとして。問題は説得ですね」
「……う、ん」
「母方であるなら、お母さんの協力は得られないのでしょうか?」
「お母さんの?」
「お父さんに対抗できるのは、お母さんなのでは? という単純な理由なんですけど」
「……どうかな」
「まずは里津の思いを伝えてみてどんな答えが返ってくるかですよ。一応は母方なんですから、軍配はお母さんの方に……って強引ですけど」
「…………」
「里津?」
「え、あいや。流夏くん、なんかすごいなって」
「私が? どうしてそうなるんですか。完全に夏々城の手柄でしょう」
「は? 俺に押し付けんなよ」
「いやいや夏々城、貴方――」
「……」
――俺、役に立ってないや。
湊はふと自分の無力さを思い知ってしまった。できることと言えば言葉を吐くことと質問するぐらいで。鴻や流夏は的確な案を出しているというのに。
「ねぇ、みっちゃん?」
「ぁ……え?」
「だから、ありがとうって」
「……なんで俺に? 俺、何も……」
「……? 湊、今度は貴方が落ち込みモードですか?」
「みっちゃん」
何て言ったらいいか分からずにいると、里津が体を寄せ、首に手を回してくる。
流夏の言葉通り、先程までの落ち込みが乗り移ってしまったような変化だった。
「みっちゃんはいるだけで僕の支えになってるよ?」
「……っごめ、」
「みっちゃんってえっちしないと不安になるの?」
「…………うん?」
思いもよらぬ単語が聞こえた気がして沈んだ気分がある種、浮上する。
流夏との体格差を思い知らされるだろう、余った裾を捲った四肢は里津の華奢さを半減させていた。
「僕達、最近してないよね?」
「あぅ……あ、え?」
鴻と流夏の視線を感じる。それも居心地の悪い視線だ。
「り、りりりっちゃん! いきなりなに」
「四人で集まるとさ、疼くよね」
「は、はぁ? 今、大事な話をしてたんじゃ――」
「明日、おじいちゃんとおばあちゃんのところへ行って話してくる。許可もらったらお母さんに連絡して、意地でも“うん”って言ってもらう。そういう結論が出たから、勝負は明日。今日はもう休もうって話になった。……全然聞いてなかったの?」
「う……そんなつもりはなかったんだけど」
そんなに話できるほど時間が経っていたのだろうか。
とことん自分のことしか考えていないのだと分かる。大変なのは里津なのだ。
「あ、ご飯炊けた」
けれど、不意に間を入って割り込んできたそんな暢気な声がおかしくって、里津も自然に笑っていたようだった。
しかし、困難は大きな口を開けて、今か今かと待ち受けていたのだ。
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