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* * *
毎年年末は家で過ごし、今年お世話になった漫画やアニメなどを見返して、お正月は美味しいものを食べながらこれからも美味しい話に出会えますようにとの思いで萌え補給に勤しむ。
つまり、世間一般で言う食っちゃ寝をしているわけなのだが。
どうしてか今年は違った。
「奥寺くん、寒くない? 大丈夫?」
これで三度目。道端で会った時と、目的地までの道中と、たった今。
奥寺真崎は何故か、贔屓にしている書店の店員と初詣に向かうべく並んで歩いていた。
『初詣、行こうよ』
同級生の白石にそう話を持ちかけられたのは、いつだったか。目の前に白石がいることに囚われて、あまりよく覚えていないのだが、その誘い文句だけは鮮明に焼き付いている。
しれに、白石、という名前だけでも引きつる顔が、その時ばかりは見れたものではなかっただろう。同じ空間にいた母親に注意されたぐらいだ。実の親に言われるぐらいなのだから、相当だったのだろう。かなりなぐらいに。
話は逸れたが、白石と約束し、待ち合わせを目的地にした。現地集合というやつだ。
その行き掛けに偶然、書店員の柏木に出会ったのである。
柔らかな笑みは普段と一緒ながら、僅かに驚いて目を見張る姿は子供のように思えてしまった。聞けば、彼も初詣に向かうのだと言う。目的地が同じならば別れる理由もなく、こうして二人で歩いているわけなのだが……。
「あ、そうだ柏木さん」
「うん?」
「柏木さんのお陰で、友達と仲直りできました」
「本当? よかった、頑張ったんだね」
偉いね、と自分のことのようにふわっと笑う柏木に瞬時に癒された奥寺は破顔した。
「ありがとうございます、柏木さん」
「ううん。僕なんかが役に立てたのどうか怪しいよ。それに頑張ったのは奥寺くんの方でしょう?」
「……ありがとうございますっ」
あんまりにも褒めるから、恥ずかしくて目を逸らす。
彼のその美貌と相俟 って、落ち着かない気分になった。こんな風に歩きながら話すのは初めてで。いつもは店内で、柏木は勤務中の店員ということもあり、長く会話することがないのだ。優しい笑顔で話してくれる普段に不満はないが、この偶然の出会いに感謝した方がいいのかもしれない。
「奥寺くん、もしよかったら――」
その時、上着のポケットに入れていた携帯端末が震えるのを感じた。反射的に取り出し、慌てて柏木を見る。
「電話? 僕に構わず出て」
「はいっ」
――やっぱり柏木さんは優しい。
画面に指の表面を押し当て、耳に当てる。
「もしもし?」
《――あ、俺。奥寺今どこにいる?》
がやがやとした喧騒を背景に鮮明に聞こえた友人の声に、奥寺は内心呆れる。
――俺、って名前ぐらい名乗ればいいのに。詐欺みたい。
「今向かってるよ」
《そっか。俺、早く着きすぎたみたいだな。……奥寺に早く会いたい》
「ぅえっ……」
唐突。まさに突然。
恋人に愛を囁くような甘い言い方にどきりと心臓が音を立てると共に、奥寺の心中を表しきった声が漏れる。
《なんだよ、その声》
「えッ? あ、いや〜……?」
仲直りをしに行ったあの日、好きだと言われキスまでされて、当時は何が何だか分からず白石に別れを告げたのだが。それ以来、白石はずっとこんな調子なのだ。好きだと言って、恋しいと触れてくる。
しかし、付き合ってはいない。奥寺は返事をしていないし、白石のことは何とも思っていない、はずだ。
自分は、誰かとどうこうなるより、他人がその誰かと幸せになっていく過程や仲の良い様を見るのが好きなのだ。その方が合ってる。
自分の恋人など、最早どうでもいい。
傍観者でいたい。叶うなら、男同士の恋路を見守るような立場で。
――自分にフラグはいらない!
「どうしたの? 大丈夫?」
《あ……? おい、奥寺。誰かそこにいんの? てか、その声あの本屋の……》
「うわあぁ、今すぐ行くから! 待ってて!」
思わず切ってしまい、会いたいと言われた時よりも跳ね上がった心音をそのままに、乱暴にポケットに仕舞い込んだ。
「……っ」
「奥寺くん?」
心配そうな柏木が様子を窺っているのが分かる。
一度大きく息を吐き出して、柏木のことを見上げた。
「ごめんなさい、友達からで。もうついたって」
「そっか、じゃあ早く行かなきゃね。ごめんね? だらだら僕が喋ってたから」
「そんな! 柏木さんのせいじゃありません。こんなに話せることお店じゃあまりないから……嬉しいですよ、俺」
「奥寺くん……」
「柏木さんを待ってる人にも悪いから早く行きましょう――」
「いないよ」
「え?」
柏木の足が止まり、眼鏡の向こう側でいつも柔和な色をしている瞳に影が落ちる。
振り仰いだ奥寺は、その異変に小首を傾げる。
「一緒に行く人なんて……、待ち合わせしてる人はいないんだ」
「あ……」
「僕一人。で初詣。やっぱり……浮くかな?」
そうかぁなんて小さく呟く。
クリスマスに一人なのは圧倒的に寂しく、幸せそうな周囲との差に疎外感を抱くのは奥寺でも理解できる。けれど、初詣も、それと同じなのだろうか。
あまり聞かないなと考え、いい案がすぐさま奥寺を笑顔にした。
「じゃあ、俺と一緒に行きましょう!」
「……え」
「友達も一人いるけど。こういう時は賑やかな方が幸せになれそうな感じがしませんか?」
「い、いの? 迷惑じゃない?」
「柏木さんがいいなら」
――これで白石と二人きりにならないで済む!
自分が招いた結果がどうなるのか予想もせず、奥寺はただ白石と二人きりにならない為に柏木を誘うことにしたのだった。
* * *
小さな神社といえどもみんな考えるのは一緒で。普段は閑古鳥 の住処になっていそうな境内は大勢の参拝客で賑わっていた。
「これは友達を探すの大変そうだね」
「入り口にいるって言ってたのに……。見逃したかなぁ」
電話を切った後、ご丁寧に居場所をメールで教えてくれた白石だったが見当たらない。神社の境内に入る前に十数の階段を上らなくてはいけないのだが、その前にも上った先にも見慣れた友達の姿はなかったのだ。
「もしかして……」
帰ってしまったのか。
一瞬浮かんだ考えを振り払うように四方に目を配った。
歩いて迷うようなだだっ広い場所ではない。きっと白石も自分達を探しているのだと思い直して、奥寺は爪先で立ち人混みを覗き込む。
が、平均身長に満たない高さの奥寺がどう頑張ろうと、不安しか生まれなかった。
「どういう格好してるのかな?」
人と肩がぶつかって謝っている奥寺を側に引き寄せ、柏木が言う。
「え、あ……」
「何か目印になればいいと思って。ほら僕、その子のこと知らないでしょう? あ、電話してみるのも一つの手じゃないかな」
「……」
焦る奥寺の横で、冷静に提案を出してくれた。
三十路は見えない、なんて外見で判断していたが……。
柏木は大人だ。何と言い表せばいいのか咄嗟に言葉が思い付かない。素敵。そんな飾った言葉よりも。
「……すき、だ」
――こんな人が好きだと、漠然と思った。
「奥寺!」
瞬間、聞き慣れた白石の声が空気を変えた。
声の方に顔を向け、やっと奥寺の視界は完全防備な白石を捉える。
紺のニット帽に落ち着いた白のダウンジャケット。細身パンツは黒で、靴は脛まである編み上げブーツだった。
普段目にしている学生服とは違いすぎるお洒落な格好に、呆気にとられる。
が、白石の視線はそんな奥寺を撫でただけで、その隣に熱く注がれていた。
対して柏木の格好は全体的に落ち着いていて。シックな色で纏められたダッフルコート、マフラー、手袋、細身のパンツにブーツ。お洒落な、日曜日のお父さんが着ているような組み合わせだ。
奥寺は趣味で絵を描くということもあり服にも興味を持ってたりするのだが、二人共互いにひけをとらず、マネキンが着ているものを選んだだけではない、二人に似合った服装だと思えた。
しかし、二人は目を合わせたまま何も言わない。黙ったままである。
周囲は賑やかであるのに、自分達の空間だけが妙に張り詰めた空気を成していて、奥寺は息を飲んだ。飲んで、堪らず開口した。
「い、入り口にいるって言ったから探したよ? どこにいたの? 俺――」
「なんでこいつがいんの」
見逃しちゃったかな、と続くはずだった言葉が遮られる。
「え」
「本屋の店員だよね? なんで?」
そう言う白石の声音は剣呑としている。
柏木と一緒にいることに、怒っているのだと分かった。
約束してない人が急に加わっていれば、誰だって嫌だろう。
奥寺は途中で会ったこと、話して柏木が一人で祈願するつもりだったこと、それを奥寺自身が誘いここまで連れてきたことを何とか伝えたが、それでも白石の表情は晴れなかった。
「一人より大勢の方が幸せになれそうでしょっ?」
いつの間にか奥寺も必死になってしまい――。
更に彼の不機嫌さは加速していく。
「柏木さん、って言いましたっけ? 家族と行けばいいじゃないですか」
「あ……ごめんね? 家族と言っても母は秋田で、結婚もしてないんだ」
「……ちっ」
舌打ちまでする始末だ。
それに折れたのは誰でもない、優しさの塊である柏木だった。
「奥寺くん、今日はここで」
お暇すると言うような口調。
「え……?」
「やっぱり悪いよ。白石くんと約束してたんだもんね? 急に変なおじさんが加わったらだめだよ」
「そんな……っ」
「誘ってくれてありがとう。機会があったら、また」
「あ……!」
食い下がる暇も与えず、柏木は人混みの中へと消えていってしまった。その方角は神社とは正反対で……帰ってしまったのだろうか。せっかく目の前まで来たと言うのに、祈願もせず……。
「早く行こうぜ」
「なんであんなこと言ったの」
放った声が険を帯びるのは仕方のないことであった。
それに驚いたように目を大きくさせた白石は眉間にシワを寄せる。
「あんなことって?」
「家族と行けって」
「正論だろ」
「好きで一人で来る人いないよっ」
「……何。奥寺はあの人と一緒にいたかったの?」
「……柏木さん、優しいよ? 白石が思ってるような嫌な人じゃない」
「それ俺が望んでる答えじゃないよ、奥寺」
「だって!」
すると、白石の表情が苦虫を噛み締めたような苦渋になった。
「奥寺と来たいって思ってたのは俺だけなの?」
はっきり耳朶 を打った呟きにとうとう奥寺は言葉に詰まった。
白石は、自分のことが好きなのだろうか。
せっかく仲直りをしたばかりだというのに、一触即発一歩手前といったような雰囲気に黙り込むことしかできなかった。
「……」
謝るべきか。二人で、という条件に内心不安になりながらも了承したのは自分で。約束を破ってしまったのも自分だ。
いいと思ってした行動が、誰の為にもなっていない。白石とは喧嘩しそうで、柏木には嫌な思いをさせたかもしれない。去っていくその背中が見えなくなるのが早すぎて、引き留めることもできなかったのである。
ぐらぐらと視界が揺れだした。鼻の奥が、つんと痛む。
「奥寺、人も多いからもうちょっとこっちに」
腕を引かれた。
――ごめん。と、謝れば……でも、それは少し違う気がして。
雨も降っていないのに、乾いた石畳に黒い斑点が描かれた。
「おい、奥寺……っ」
呼ぶ声にぱっと顔を上げると、白石の表情がみるみるうちに驚いたものに変わっていく。
「なに泣いて、」
「ないてないっ」
「お前……」
「ちがう、違うから……っ」
何を否定したかったのか、奥寺は自分でも分からなかった。
ただ確かなのは、白石を困らせたくなくて、ずっと仲良くいたいと思ったのだ。
その涙は全て逆効果だと分かっていたけれど、奥寺の意思とは反対にぽろぽろと流れ落ちて止められない。
「白石ぃ」
「げっ。お、おい奥寺、この前みたいに――」
「お、おれ、白石とずっと……っずっと仲良くいたいっ」
「お、おおぅ」
「ケンカすんの、もうやだぁあぁ」
「うおぉちょっと待て! ここではやばい!」
「しらいしいぃぃ」
「あ〜ッこっち来いッ!」
途中で、どうして自分は泣いてるんだろう。周りの人にたくさん見られてる。
だんだん冷えていく頭でそんなことを考えながらも、手を引く白石のそれが温かくて、繋いだ右手だけが異様に熱かった。
* * *
「ほら、ここなら泣いたって構わない。座りなよ」
気遣わしげな言葉をかけられたが、そこへ連れてこられた時にはもう涙は止まっていて。鼻水を啜っていた。
「ここ、どこ」
「神社の裏。ここなら平気だと思って。……落ち着いたか?」
「……うん」
三百六十度木々に囲まれ、冬でも緑が生い茂るところであった。
まるで用意でもされていたかのような切り株に揃って腰を下ろす。
喧騒とはほど遠い場所にあるのか、自然にしか目が入らない。
二人きりの世界。
「いきなり泣くから……奥寺って意外に泣き虫なんだな」
「意外ってなに」
「なんか普段のイメージからするとたくましく生きてる感じがする」
「……なにそれ」
「はは、本当だから、これ」
なんだか普通に話せている。
背を押されるようにそろそろと彼を見れば、すぐに視線が混じり合った。ずっとこっちを見ていたらしい。
「あか」
目尻に指が触れてきて、ようやく目が赤いことに思い至る。
「今年初めて泣いた」
言うと、白石は小さく笑ってごめんと謝った。
「なんで白石が謝るの……?」
「奥寺を泣かせるつもりはなかったから」
「……俺が、ごめんって言わなきゃいけないのに……」
「どうして」
試すような口調だったが、素直に口を開く。
「だって二人で会おうって約束してたのに柏木さんを連れてきたから……ごめんって」
「じゃあ、分かってたのにどうして?」
「……ぁ……」
「……はぁ、うん、分かってる。分かってるよ、奥寺が優しくて、優しさであいつを誘ったんだろ?」
「うん……」
「でも俺はそれが嫌だ」
「……白石」
はっきり言われ、その言葉は静寂故に響いて、奥寺の顰蹙 した心を追撃した。
「奥寺は、あいつのことが好きなの?」
「……え」
「俺は奥寺が好きだ」
「ぅえっ」
「……やっぱり気持ち悪い?」
「え、ぁ」
「そういう漫画読んでたみたいだから大丈夫なのかなって思ってたけど、実際は違うよな、やっぱ……。しかも両思いじゃなさそうだし」
「……」
どんな顔をすればいいのか、分からない。
それだけではない。どんな言葉を口にすればいいのかさえ、見当がつかなかった。
だが、奥寺の混乱をよそに、彼は淡々と言の葉を紡いでいく。
「好きだよ、お前のこと。柏木さんに嫉妬するくらい。……好きなんだ。これっておかしい気持ちか?」
「ぁ……ぁ、ぇ」
「気持ち悪いって思う? 夏々城達のさ、見て、大騒ぎしたやつが今更なんだって思う……?」
「……」
「最近、俺といることが苦痛だろ、奥寺」
「!」
その瞬間、あからさまな反応をしてしまい後悔する。
白石がひどく傷付いた顔をした。
「もしかして柏木さんを誘ったのも、俺と二人きりにならなくて済むから?」
「……っ」
彼の言うこと一言が全て図星で、答えに窮する。探そうとしても後から後から言い訳という逃げ道を塞がれて、本当のことを白状するように仕向けられているようだった。
「奥寺」
呼ばれる。
「なぁ、奥寺」
頼むからこっちを向いてくれと言うような、すがる言い方に一度ぎゅっと目を瞑ってから白石を見た。
すると、安心したように目の前の表情が和らぐ。
――知っている、この顔。
「奥寺、」
好きな人に向ける顔だ。
「俺、振り向かせるよ」
「え……?」
「奥寺に俺を好きになってもらう。それまで柏木さんに嫉妬はするけど、さっきみたいに強く当たらない、善処する」
「……」
「奥寺が好きって、堪らなく好きだって俺のこと、言うまでアタックし続けるから。だから……奥寺が嫌だってことはしない。この前、いきなりキスしてごめん」
「……ぁ、うん……。でも最初は俺が、したから……」
「ああ、あれな。未だになんであの時お前にキスされたのか分からないけど、俺が好きでしたことじゃないのは分かってるよ。でも、あの時の自分にも嫉妬するほど、拒絶した自分自身が憎い。せっかく大好きな奥寺からのキスだったのに」
「っ……そうやって恥ずかしいこと、言わないでほしぃ……」
「それはダメだ。俺が奥寺に好きだって伝える術がなくなっちまう」
「……!」
「その顔、かわいい」
「な、ななな! 白石、いつからそんなチャラ男みたいな……っ」
高宮達の一件には動揺して、最終的には認めていたようだが、なかなか受け入れられずにいたというのに。
これでは甘言製造機だ。
「これが証拠だから。場は弁えるつもりだよ。二人きりの時にしか言わない。だから奥寺が二人きりになるのは嫌だと言ったら、もう俺は何も言えないんだ。分かる?」
「……ずるいよ、俺の気持ち知ってて! さっきも言ったけど、白石とはずっと仲良しでいたいっ」
「うん。だからそれを利用しようって。これぐらい許してよ、奥寺」
「…………」
繋いだ手、目尻に触れた指先の温度が蘇る。
眼前の白石の顔色を物語るように熱かった。
――本当に俺を好きなんだ。
思って奥寺は、
「BL同好会入る?」
「……え、なんて?」
場違いな言葉を返して濁すことしかしなかった。
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