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番外編:冬に青い春10

* * * 「――はあ」  普段の楽観的というような、軽々しくも明るい声色が失われ、冷たく尖った溜め息にさすがの白石も息を飲んだ。 「白石、お節介だって人に言われたことない?」  続けざまに放たれた言葉は絶対零度の凍てつきを孕んでいる。瞳も同じように冷徹さを宿し、それ以上の踏み込みを拒んでいた。 「……立林先輩」  しかし、怯んでばかりはいられないだろう。  思い直して、もう一度先程と同じ問いを投げ掛けた。 「咲麻先輩のこと、このままうやむやにする気ですか?」 「白石……オレは怒ってるよ? 伝わってないかな?」 「伝わってます、感じてます。それでも俺はその問いの答えを聞かなきゃならないんです」  部活が終わった放課後。雨続きでなかなか活動もできなかったが今日は快晴で。鈍っていた体を動かし、疲労を蓄えた部員は終わると同時に即刻着替え、寄り道の算段をつけながら各自帰っていった。  相変わらず咲麻は顔を出し、見学する最中、奥寺との距離を着実に深いものへとしているようだ。が、今回は待てども白石も立林も去らないので、部室でも戯れは諦めたらしかった。二人の姿は既にない。  いつもは早く帰る他の部員に混じって帰路につくだろう立林が、何故今日に限って施錠係を自ら言い出したのかは分からないが、白石にとっては好都合だった。今日の彼の行動が、白石に確信を与えたからだ。 「先輩、もしかしなくとも気付いてますよね……? あの二人のこと」 「ちょぉっ、こっち来て!」  部室では誰に聞かれるか分からない、と危惧したのだろう。部屋を出る立林を追い、一度校舎に入った白石は足を運んだことがない屋上へと続く階段に案内された。 「先輩、鍵かかって――」 「じゃーん。これは何でしょう?」  得意気に銀の、紛れもない鍵を取り出した立林が鍵穴にそれを差し込む。と、間もなく、かちゃりと音を立て、扉が開いた。 「どうしたんですか、それ。生徒には貸し出し禁止のはずじゃ……」 「このオレが屋上の鍵を持ってないわけないじゃなーい。こっそり合鍵作っちゃった、あはっ」  にっこりな笑顔を浮かべる立林を目の前に、呆気に取られそうになるが寸でのところで口を真一文字に結ぶ。  屋上の使い道は女の子との逢瀬の為なのだろうと容易に推測できる。 「……今度先生に報告しておきます」 「それはヒドイ! ……ここなら誰も来ないことは保証できるでしょ? あまり端に行かないでね、周りから見えちゃうから」  そう言って白石を屋上に出すと、鍵を差し込み直して締めてしまった。  白石は内心呆れていた気を取り直し、立林が切り出すのを待つことにした。完全に二人っきりになったということは、ある程度の本音を語ってくれるのだろうと思えたからだ。  しばらくもしない内に、その話は始まった。 「まさか、白石にバレてるとは思ってなかったな」 「……分かっちゃった自分を恨みたいぐらいですよ」 「はは、そっか……そうだよねぇ。オレだってまさか男から告白されるなんて思ってないよ。まぁ、サクちゃんは顔がとてもうつくしーけど」 「立林、ある時を境に女遊びが激しくなりましたよね」 「ううーん、痛いところついてくるね、白石。何、探偵でも目指してるの? オレはとっくに線引きしてるのに」  二人の間に見えない線が、灰色のコンクリートに引かれる。  もう、立林は笑っていなかった。 「咲麻先輩に返事はしたんですか?」 「……」  冷たい眼差しが飛ばされる。  本当に立林は、この話題を掘り下げられるのが嫌らしい。話す覚悟をしても、どこかで逃げ道を探しているのだろうことが窺えた。 「返事なんて欲しい?」 「……」 「そんな怖い顔しないでよ。ほら、いつも言ってるでしょ? 物事は捉え方次第で善にも悪にもなるって。……ごめんなさいの返事なんて、オレはわざわざ聞きたくないね」 「……」 「サクちゃんもそれを望んでる。だから今も“友達”でいられるんだよ」  くすりとした笑みを向け、立林は白石に背を見せた。  今、隠した顔はどんなふうに歪んでいるのか。  知りたくなって追撃した。 「捉え方次第なら、咲麻先輩の態度は立林先輩に返事をもらえない苦しみをあえて隠そうとしてる、そう見ることもできますよね?」 「……ほんと、白石はいいところ突く……将来、弁護士とか向いてそうね」 「話を逸らさないでください」 「……ははっ。で、何。白石はさ、結局オレに何が言いたいの?」  ――このままでは無理矢理、話を終わらされてしまう。 「俺を、助けてください」  ――賭けに出る。 「うん?」 「俺は奥寺が好きです。でも奥寺は咲麻先輩にとらわれてて……このままじゃ咲麻先輩に良いように使われてポイです。だから、協力してください。二人の関係を断ち切りたいんです」 「……うん? えぇっと、なんだか妙な話になってない?」 「いえ、俺は最初からこの話をしてます」 「あ、そう」  一度でも立林を見た人はかっこいいという外見に惹かれた後、必ず軽薄そうな印象を抱く。その軽薄さは立林を形成する一つの要素だが、この時ばかりは、打ち明けるしかなかった。  目的のすり替え。  本来は立林と咲麻の関係に焦点を当てていたが、思ったよりも立林が頑なだった為、白石が置かれている現状を話す他なくなったのだ。無論、事実と異なる部分はあるが。  しかし、あれだけ会話をしたくなかっただろう立林の様子が瞬く間に変わったようだった。  彼は主将であるが故、他人から頼られるとどうも喜ぶ節がある。  それを利用したのだが、成功したらしい。 「奥寺って、マネージャーのことだよね? やっぱりあの二人って……」 「不純な交遊中です」 「アァッ!」  瞬間、立林が膝から崩れる。 「サクちゃんがキスした時からロックオンされたんだろうと思ってたけど! 奥寺って貞操観念ないの!?」 「いやぁ……どうでしょう?」 「ううん、いいや。奥寺はサクちゃんの毒牙にかかったんだ、そうだ、そうに違いない! いたいけな後輩に淫らなことをするなんてっ!」 「なんか……先輩がそんなふうにしてると、演技してるみたいで……不自然です」  演劇界にもいないだろうと思うような身振り手振りで話す立林を見る目は、自ずと冷たいものになってしまう。 「うるさいよ、白石。早く奥寺を救いに行こう」  だが、それを一蹴した立林が扉を開錠する。 「せっかくマネージャーになってもらったんだから。大切にしないと」  その切り替えの早さについていくしかなかった白石だったが、急に立ち止まった立林の背中へ危うく衝突しかけた。 「あ、あぶな」 「――白石」 「は、はい?」 「白石の言いたいことは分かる。逃げるな、って言いたいんだろ?」  立林の声音は真剣で。  だからこそ白石は神妙に肯定した。 「はい」 「白石は策士だな。オレが奥寺をどれだけ大切に思ってるか分かってるだろ?」 「……俺にだって大切なマネージャーには変わりないですから。じゃないと先輩のせいでいなくなった女子マネージャーの穴が空きっぱなしでしょうから」 「白石……っ、ほんとにピンポイントで突くよね。もうオレのヒットポイントはゼロに近いよ」 「そんなに褒められると照れます」 「褒めてないよ! 一ミリたりともっ。で! オレはどうすればいいのさ?」 「あ、少し時間をください」 「え?」 「待ち合わせをしたい人がいるんで――

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