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現在 -2

「すぐ連絡いれるから、そしたら上がって来い。」  佐東はそう言い残して、地下駐車場からエレベーターでフロントへと上がって行った。かわいいカイトくんと、しばしの間2人きりだ。カイトは後部座席でへばって倒れこんでいる。 「…絶対…許さないからな…」  声変わり直前の、少しハスキーなその声は、内容もさることながら彼のあどけなさを余計に強調してくる。笑いそうになるのをこらえながら、 「だって、君、死にたいなんて言い出すから。普通は保護者に連絡するものでしょう?」 とからかう。 「嘘つき!言ってないって言ったじゃん!」 「『嘘つき』って! 久々に聞いたなあ!」  僕が思わず吹き出してしまったので、カイトはさらに憤慨した。 「あんたとはもう口も聞きたくない!喋るな耳が腐る!」  『耳が』!? え、なんて!? 「ぷっ…」 …なんてかわいいんだ。どうにも顔がにやけて仕方がないので、手持ち無沙汰げに手前のハンドルへそっと顔をうずめてみた。  あれから1年、ということは、今現在、カイトは中学2か、3年生。僕はこんな感じだったかな。カイトの言動は少し子どもじみている気もするが、まあ、それほど頭にきてるんだろう。  携帯が鳴る。 『上がって来い。今、23階のエレベーターホールにいる。』 「無理ですね。カイトくんを引っ張るのが面倒くさい。迎えに来てくださいよ。」  電話の向こうでケラケラと笑う声。  電話が切れると、次の瞬間、カイトはいきなり僕のシートを蹴った。 「あー悪い子。モノに当たっちゃダメだよ、お母さんに怒られなかった?」  やがてカイトは、うっ、うっ、と、それこそ、子どものようにしゃくりあげながら泣き始めた。 (……。) 「…ねえ、キミ、まだ死にたい?」  泣き声が少しおさまった。 「僕、実は薬を持ってるんだ。…楽園行きの。…欲しい?」  返事は無い。勘ぐっているんだろうか。泣き声は、荒い呼吸にときおり嗚咽が混じる程度になった。 「ほらこれ。奥歯で噛んでカプセルを割ってから、中から出てくる液体をカプセルごと飲み込むんだ。少し苦しいけど、長続きはしない。」  後ろを見ないように、手だけ伸ばして薬の入ったビニールをこすってみせると、そのビニールは僕の指先をすり抜けた。カイトが掴んで取ったのだ。  スリスリと、ビニールを触る音がする。 「まだ駄目だよ。すぐに佐東が来る。無理やり吐かされるのがオチだ。枕元とかに隠しておいて、ここぞというときに使いなさい。」  すると音はピタリと止んだ。  がらんとした駐車場の、遠くのほうからこっちに向かって、だんだんと革靴の音が近づいてくる。  大股で早足で、迷いもなくまっすぐに歩く。佐東の足音だ。  後部座席から歯ぎしりが聞こえる。  憤りと、そう、諦めの音。  今は猛烈に後悔しているのだろう。  僕なんかのところに迷い込んでしまった、自分の愚かさを。 -----------→つづく

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