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朝 -1

 翌朝、何かが焼ける匂いで目が覚める。 「おはよう、泉水さん!」 「……。」  カイトがキッチンのテーブルに皿を並べていた。  匂いの正体は食パンだった。それにしても食パンなんかいつ買ったんだっけ。(いや、コンビニの景品でついて来たんだ、たしか。)  カイトがクスクス笑って僕に言う。 「…朝、苦手なの?すごいボーっとしてる。髪もボッサボサだし!」 「…お察しのとおり低血圧でね。…きみ、まだいたんだっけ。」 「ひっど!朝ごはん用意してやってるのに!何時に出勤するかわからなかったから早起きして準備したんですけど!」 …知らないし。いちいち多いんだよ僕の一言に対する“返し”が。 「出勤、何時?」 「…8時半。」 「じゃあまだ1時間以上あるね!」 「…いや、シャワーで目を覚ますのに45分はかかるから、もうギリ。朝ごはんはたぶん無理。」  うえええ!、いや、でえええ!か?  とにかくカイトが妙な声を上げるので耳が痛い。 「10分で終わるでしょシャワーなんか!」 「…低血圧ナメるなよ。じゃあね。」  ところが進行方向にいつの間にかカイトが立ちふさがっている。「…アレ?」 「低血圧には炭水化物が一番効果あるって!」  言いながらカイトは手のひらを伸ばしてきた。僕を押そうとしているのだ。 「…ちょいちょいちょいちょい。いやちょっと触んないでってマジで。」  やめろ。それでなくとも朝は機嫌がよろしくないのに。 「じゃあテーブルについておりこうにしてよ。」  ああもう。  これは確実に遅刻だな。やっぱり昨日のうちに追い出しておくべきだった。  苦々しく思いながら椅子に座る。 「牛乳買っといて良かった。バターが無いから、パンは砂糖と牛乳を混ぜたのに浸してから焼いてみたんだ。」  どうりで。パンはだいぶしっとりとしていて、横にナイフとフォークが置かれている。  テーブルの上には他にも、レタスと細切りにした人参で構成されたサラダがある。  あーもー! 「人参ダメって言ったじゃん!」 「煮込んだのがダメって言ったじゃん!」 (えぇえ?…) …切り返し、早。 …駄目だ。寝起きの頭ではこいつに勝てそうにない。 「ハイ、手、合わせてホラ。いただきます、して。」 「作る前ちゃんと手洗った…いっつー…」  テーブルの下から思い切りスネを蹴られた。 「…いただきます。」  カイトはクスクス笑った。弱っている僕を完全に面白がっている。 「あーやっぱバターが無いから駄目だパン。甘いだけで、そうとうマズいね、ゴメン。」 (…そうか?十分おいしいと思うけど。)  カイトは本当に、口に何かを入れているときだけ静かになった。死んだ両親のしつけが厳しかったのか?(佐東のしつけではないだろう。口にものを詰めたままでも、思いついたことはすぐ話さなければ気が済まない人間だ。) 「…――あのさ。」  カイトは僕より先に朝食を平らげて、人参と格闘する僕の様子をじっと見ながら、やけに静かに口を開いた。(しかし、口が空っぽになったとたん喋り始めるあたり、このコの口の使い方は喋るか食べるかの、どちらか。) 「…ネット使わせて欲しいんたけど。パソコンの。」 …なんだと。 「駄目。絶対。「お願い!」  僕が拒否することを見越していたらしい。カイトは、僕の返事にかぶせるように言い、じっと僕の目を見た。 「…お願いします。」  まあ、様子が尋常じゃないことだけはわかった。 「…絶対駄目だけど、目的はなんなの。」  カイトはちょっと考えていたが、観念したのか、それとも目的を話せばネットを使わせてもらえるとでも思ったのか、伏し目がちに言葉を紡ぎ始める。 「…探したいんだ。…住み込みで働けるようなとこ。」 「…は?」  児童保護施設とか警察とか、そういう相談機関の類を調べたいのかと思った。 「キミ、中学生だよね?この国では雇ってもらえないよ。労働基準法っていう法律があるから。」 「知ってる。15歳以下は働けないんでしょ。でも僕、もう14だし、1歳くらいサバ読み出来ると思う。」 「違法だね。詐称してもすぐバレるよ。」 「身分証明とか、そういうのも、…世の中には、お金さえ払えば作ってくれるひとがいると思う。…そういうとこも、調べたいんだ。」 「…あのさあ。昨日も言ったけど、そんなヤバいことするより、合法的に警察とかお役所に助けを求めたら?日本は法治国家で、キミら青少年はそういうのにやたら庇護されてるんだからさあ。」  カイトの顔が悲しげにゆがむ。 「…なにされたかとか、言えないし、…言いたくないし。でもそういう説明しないと、助けてくれないでしょ、そういうとこは…。」  それは昔試してみましたが、失敗したんですよ、といったくちぶり。  人参のお返しだ。  僕はすっかりおとなしくなって怯えたような様子を見せるカイトに、また意地悪をすることにした。(なにしろその様子も、たまらなく僕好みだったから。) 「佐東になにされてるの?」  カイトは悲しそうな顔のまま、上目遣いで僕をにらんだ。 「知らない人に相談する練習だよ。僕でしてみたら?」 ------------→つづく

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