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朝 -2

 かわいい顔でむくれるのかと思いきやカイトはゆっくりとうつむいて、何かを考えている様子。  それから僕を、不安げに仰ぎ見た。 「…わかった。やってみる…」 (あらら。)  意地悪、空振り。  だが面白そうな話が聞けそうだ。 「………。」 …『やってみる』の割りには、間が長い。 「――…っ…。」 ――げ。泣くつもりじゃないだろうな。 「おんなのこにするようなことされる!」  カイトは真っ直ぐ僕を見て、急にまくしたてるように声を出した。  油断したところに早口で言われたので、彼が何を言ったのかを把握するのに一拍要する。 (女の子にするようなことされる!) …なにそれ。  なにそのカタコト。小学生か。  だいたいキミは、“女の子にするようなこと”がどういうことなのか、理解したうえで言っているのか。 (…あ、笑いそう。)  こらえろ。ここで笑ってしまうと台無しになる。耳まで赤くなったカイトの、決死の告白。内容は、 “女の子にするようなことをされています。” ――グフっ…  しまった… 「…えっ…もしかして今、笑っ「もういいよ無理しなくて。」  いかん。  変なところでハマりかかった。僕のツボは一般人とは少しズレている。手元の人参をにらむふりで見つめて、必死にシラフを取り戻す。 「…で、救済策としてキミが行き着いた結論が、住み込みで働く、ってとこなんだ。」  テンションを鎮めてカイトを見る。  カイトは僕の様子を気にするふうでもなく、相変わらず深刻そうな顔をしている。(僕はまたここでハマりかかって、焦った。) 「…あるの?キミなんかを雇ってくれるようなとこ。」  まあ、キミの練った自身の救済策なんかどうでもいいんだけどね。万が一ここで行方をくらまされたら、いつか佐東(さとう)に殴られる。 「…ダムの建設現場とか」 ――え。 「っ、はははは!そんな弱っちいカラダで!? まず採用されないよ!」  真剣に考えてそれか!  あーもうダメだ完全にハマってしまった! 「笑わないでよ!やってみなきゃわかんないじゃん!」 「ほかにあるでしょ何か!もっと近場なところで。」 「近場だと、すぐに見つかるじゃん。とりあえずあのひとから離れて、お金貯めて、大検取って、大学には、行くの。」  近場ってそういうことじゃないんだけど。  だいたい、その前に中学を卒業する必要はあるんじゃないのか。  馬鹿馬鹿し過ぎて何も言えないでいると、 「…絶対ダメ…?」  またそういう、猫が擦り寄るような目をする。 「絶対だめ。」 「…――だよね…。」  カイトは 『とても残念だ』 『失望した』 といった、悲壮感丸出しの顔を見せてゆっくりとうつむいた。 「…勝手に起ち上げようとしても、パソコンにはパスワードかかってるからね。」 「…うん知ってる…。」  ため息混じりにカイトがつぶやく。 (……。)  あ。 …なあにいー! 「勝手に触ったな僕のパソコン!」 「あっ、ばれた!」  うつむいてしょげていたらしいカイトはビックリしたような顔で僕を見て、(なんでキミがビックリするんだ!?)と突っ込む間も無く、今度は何がおかしかったのかケタケタと笑い始めた。 「ごめん!まじで許して!」 …誰がそんな態度で謝られて許してやるんだ。 ――とはいえ、カイトは本当に可笑しくてたまらないようで、足をバタつかせてくうくう言っている。そういう姿を見ていると、つられてこちらまで笑いそうになるので困った。  実際、私物を触られたことに対する苛立ちや不快さはすでにどこかにいってしまっている。 …―― 変なコ。 …でも、僕の“お気に入り”にすることはしない。なぜならすでに、佐東のものだから。  ひとしきり笑い終えたカイトは、まだ少しニヤニヤと笑いながら、 「じゃあさあ、今日帰ったら一緒に探してよ?ならいいでしょ?」 と言った。 「…わかったから。かわりに、サラダは残させてもらうよ。」  カイトはニンマリした。 「それって、今晩もここにいていいってことだよね?」 ………。 ――やられた。 ----------→つづく

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