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夕刻 -1
「…玄関の空の容器の山、ナニ?」
「うああビックリしたあ」
寝転んで昼寝をしていたらしいカイトは、僕から声をかけられて慌てて飛び起きた。硬いのに、このソファの寝心地は気にならないらしい。少しキョロキョロとして、「もう夕方?」と言った。
「いや、早めに帰ってきたんだ。」
寝起きのカイトは、ぱっとこちらをみて満面の笑顔を作る。次に、“照れ臭そうに” 「ありがと。」 と言い、さらに 「やっぱり、泉水さんは優しいね。」 と笑顔のまま付け加えた。
僕はすでにキミのその態度に対してですら疑心暗鬼だというのに。
「…キミは、アレか?胃袋に底がないタイプの人間なの?」
玄関には、きれいに洗われたラーメンの器が2杯、平皿が1枚、さらに宅配寿司らしい桶が置かれてあった。
「成長期だよ泉水さん、普通食うって、あれぐらい。」
「…チビのくせに。」
「これから伸びるの!」
カイトの弁明によると、僕が仕事に行ってからすぐに宅配寿司を注文したらしい。
「だって足りないっすよ!食パン1枚とサラダだけっすよ!?」
お昼のラーメンは、1000円未満は配達しないとのことだったので、「いけると思って」チャーシューと味噌を1杯ずつ。食べられれば食べようと思って注文したチャーハンは、半分食べたところで「鼻からごはんが出そうになってやめた。」「下品。」「ごめん。」
チャーハンは別の皿に入れ替えて冷蔵庫に入れてあるとのこと。
「夕ご飯か明日の朝にまた食べられるでしょ?空の容器、どこに置けばいいかわかんなかったから、泉水さんが帰って来たら聞こうと思っ…」
へくしゅ!
「…で、それからひたすら昼寝してたの?」
「ひひっ」
「…自由奔放だな、人の家で…」
「はい!ごめん!トイレ行ってきます!」
反省の色などまったく見せずに、カイトは立ち上がると同時にバタバタとトイレへ向かっていった。
――ん?
スケッチブックだ。ソファに無造作に置かれている。
ソファに腰かけて中を見てみると、紙面いっぱいに人の顔や手が書き散らされてある。
デッサンか何かの練習でもしてるのか。どれも、写実的、というのだろうか、やけにリアルだ。中学生にしては、なかなか上手だな、と思う。
パラ、パラとめくっていて、
(…おや?)
これ、僕か?
おそらく僕であろう男性が、うつむき加減で座っている。手にはフォーク。今朝の朝食の場面らしい。
(…いつの間に?)
「ふは~。スッキリしたあ~。」
「…手、ちゃんと洗っ 「はうあ!」
カイトは突然僕に向かって来ると、ひったくるようにスケッチブックを奪った。
「見ないでよ勝手に!」
「…上手なんだから恥ずかしがることないじゃん。」
カイトはスケッチブックを両手で抱え込んで、本当に照れ臭いのか憮然としたまま
「…泉水さんに見られるのは恥ずかしいんだよ。」
とモゴモゴ言う。顔がみるみる赤くなっていくところを見ると、これは演技ではないのらしい。
「…でも、誉めてくれて、ありがと。」
と、ようやくひきつった笑顔を浮かべ、それだけ言った。
+++
カイトはテレビゲームをしている。
僕が帰ったら一緒にネットでいろいろ調べる約束だったが、『仕事が残っている』と伝えると、カイトは聞き分けよく了解してくれたのだ。
カイトからは時折、「うお」とか、「やべ」などという声がゲーム音声に混じって漏れ聞こえてきていた。
「う~むずかっし!超こえー。なんだよこのゲーム~。」
ついにカイトはコントローラを投げ出したようだ。
――ばふっ!
ため息をつきながらクッションの上にひっくり返る気配。
振り返ると、テレビの前で仰向けに倒れこんだカイトが逆さまのままでこちらを見ている。
両手を床に広げて、黒目をまっすぐ上に向けたその様子は、悔しいがやはりかわいいと思った。
メールの返信を打つ指を止めて、カイトに話しかけてあげることにする。
「…“どうあがいても、絶望”。」
「え?」
「…っていうんだ、そのゲームのキャッチコピー。かなり前のゲームだけど、コアなファンは多くて、シリーズは全部で3作出たんだ。初代のそれは“無印”と呼ばれていて、一番難易度が高いので有名。」
「ふうん…」
カイトは寝転んだまま、顔だけ上げて “retry?” と表示された画面を一度見、それから静かに天井を見た。
「…“どうあがいても、絶望”…」
そうひとりごとをつぶやくと、そのまま動かなくなった。
あきらめて寝るんだろう、そう思い、パソコンに向かおうとすると、
「あのひとがもしここを見つけてやって来たらさぁ、」
カイトが話し始めたので、改めてまた振り返る。
カイトは、ややあってから、
「…ころしてくれる?僕も手伝う。」
と言った。
(……。)
そんなこと言ったら、佐東の返信メールに書き込んじゃうぞ。(しないけど。そんな、佐東が喜びそうなこと。)
「…2人くらいで出来るかな。あいつ、めちゃくちゃ強いからね。」
そう答えると、カイトは少し笑った。
「だね。じゃあさあ、…」
今度は、しばらく黙って、
「――ころしてくれない?僕のこと。」
と言った。返信を打つ手が止まる。
…本気だろうか。
「…どうやって?」
カイトはまたしばらく黙って、
「――…あまり、痛くないのがいいなあ…。」
とだけ言った。
覚悟まではないようので、少し安心する。
一瞬、脳裏にひらめいたのだ、カイトの、美しい死に顔が。
もし今カイトが「方法」を選んでいたら、僕は、それを本当に実行していたかもしれない。
「ねー泉水さん、一緒にしようよ、これじゃなくて、こっちのゲームならコープ出来るし、俺もやり方、わかるから。」
「コントローラはひとつしかありません。」
「まじ!えーじゃあ見ててよこのゲーム。アドバイスとかちょうだい!」
「…はいはい。…このメールを送り終わったらね。」
「やった!」
佐東にメールを送り終え、しばらくカイトとゲームに興じた。
カイトはすぐにコツを覚え、「こわいけど、いろんな人になれておもしろい。」と言って笑っていた。
-----------→つづく
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