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現在 -3

 ホテルの部屋をとってきた佐東(さとう)は、駐車場まで戻ってくると、まだ裸でいたカイトをおもしろがり、そのまま車から引きずりおろそうとする。 「…や…」  醜態を晒す覚悟で飛び出してみれば誰かに保護される可能性だってあるというのに、さすがにそれも出来ないようで、カイトは小さく悲鳴を上げて体を車内に留めようと必死に踏ん張って佐東に抵抗した。 「あっ」  佐東から急に手を離され、バランスを失った体は後部座席から車の床に半身を落とす。 「早く着ろ、服くらい。」  カイトのその無様な様子を見て、佐東が笑う。  僕が最後に部屋に入り、ドアを締め切らないうちに佐東はいきなりカイトを後ろから蹴り倒した。  ただでさえふらふらとおぼつかない足取りで前を歩いていたカイトは、後ろからの攻撃に声を出す間も無く倒れこむ。勢いが強過ぎて、小さな体は絨毯のうえを少し滑って止まった。 「ちょっと、やめてくださいよ。」 「なんだよ?」 「暴力は嫌いです。痕が残るじゃないですか。」  言っても無駄だろうが、言っておくべきだと思った。カイトのきれいな顔や体に傷がつくのは、実に惜しい。  と、佐東は、長い腕を突然こちらによこして、僕の頭をぽん、ぽんと叩きながら、 「わかった。お前の前では、やめる。」 と言った。全否定はされなかったが、いきなり触られたので不愉快な気分になる。 「僕の前だけじゃ…ん(!)」  頭に置かれた手はそのまま滑るように僕の顔まで下りて、ふいに僕の頬をつまんで引っ張った。 「怒った顔もかわいいよなあ泉水(いずみ)ちゃん。――って、あッぶね!」  急所を狙って出し抜けに蹴りこもうとしたのだが、佐東はでかい体を素早く振って笑いながらそれをよけた。  忌々しい奴。舌打ちして睨みつけるが奴の笑顔は崩れない。カイトに暴力をふるってからのその笑顔は、不気味ですらもある。 「服脱がして風呂場で体洗うが、そこも付き合うか?」 「僕はいいです。ふた部屋あるんですよね?様子を見て来ます。」  ぴくりとも動かなかったカイトだが、佐東に乱暴に抱え起こされると、突如体をねじり、佐東をはねのけるようにして僕に向かって来た。  左手を握りしめ、拳を作って殴りかかってきたのだ。  が、佐東に襟首を掴まれて強く後ろへ引かれる。  その勢いは、大きな腕に羽交い締めにされて殺された。 「…おー。惜しかったねカイトくん。ちょっとビックリしたよ。」 「なにやってんだよ、カイト。」 「…ぶっ殺してやる!イズ、っ」  大きな手がカイトの口を覆う。 「大声出すな。また殴られたいのか。」  佐東が低い声を出す。僕の前では殴らないって、さっき約束したばかりだろ、あんたは。 「僕とは口を聞かないんじゃなかったの?カイトくん?」  佐東とは対照的に優しげな声で話しかけてあげると、カイトは佐東の腕の中で暴れ始めた。  片腕を振って懸命に佐東の腕から逃れようともがき、もう片方の手は大きな手を口からどけようとしている。  が、ままならないでいる姿はなんともいじらしい。地面から離れた両足で、必死に空をかいている。  かわいいな、と思って見ていると、顔色がどんどん赤くなっていく。 「もうしません、…言えるか?」 「…ん…ん」 「泉水には世話になったんだろ?ダメだろ、殺すとか言っちゃあ。」  カイトはおとなしくなり、身体中を震えさせ始めた。 「先輩。」  口と鼻を押さえつけて、呼吸を止めているのだ。まったく…意識が落ちるまでやめない気か? 「ぷ!…ア…っは、はあっ、はあ!」  佐東はようやくカイトの呼吸を遮っていた手をどけた。  カイトは自由になった口から必死に酸素を取り込もうとしていたが、佐東は気にもとめず、相変わらずカイトを腕に抱いたままでまたカイトに言った。 「もうしません、だ。泉水に謝れ。」  カイトは荒く呼吸を繰り返しながら一瞬僕を見た。悔しいのだろう、視線はすぐにそらされたが、その赤い目は、僕の心のうちにある加虐性愛をくすぐる。 「おい。」  細い体を揺さぶられて、カイトはようやく、息を整え、消え入りそうな声で、「もう、しません」 と言った。ぎり、と、奥歯を噛み締めるかわいい音。 「泉水、こいつになんかしてもらうか?なんでもさせるぞ。」 「…いいですから、早くシャワーでもなんでもしてきてくださいよ。」  この男は別に本気で僕に詫びさせたいわけじゃない。ただカイトが嫌がる様子を楽しみたいだけなのだ。  佐東はやたらニヤニヤしながらカイトの服を脱がせ始めた。  僕に見えるよう、小さい体を包み込むようにしてシャツのボタンを上から順番にはずしてゆく。  僕に裸を見られるのは初めてじゃないのに、やはりこういう形で見られるのは嫌なのだろう、カイトはきつく目を閉じたまま下を向いて震える。  やがてオレンジ色のライトの下にカイトの白い肌が露わになる。  カイトはやり場のない屈辱感をむき出しにして一瞬僕を見、顔をそらしてまたきつく目を閉じた。僕の笑顔が不愉快だったのだろう。 「あと、脱がしてくれよ。」  佐東に言われ、革手袋のうえから佐東に合わせてシャツを脱がす。 「…く…」  下の服を足から落とすと、全裸にされたカイトは小さく歯ぎしりをして震えた。 「恥ずかしがることないよ、カイトくん。キミの体の形は、とてもきれいだから。」 「――…やめろ…」  褒めてあげたのに、カイトは泣き出しそうだ。その気持ちは、よくわかる。僕は、だからこそキミに言ってあげたくなるのだ。 「殴らないでくださいね、先輩。好きなんだから、この顔も、体も。」 「やめ…アアっ!」  カイトは一瞬また暴れそうになったが、突然佐東から体の中心を握られ、あられもない声をあげた。 「暴れんなって。ここで一発ヌかれたいのか?」 「――…い、や…!」 「床が汚れますって、先輩。」  くすくす笑うと、佐東も満足そうににやりとして、カイトを連れてバスルームに消えた。 ------------→つづく

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