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現在 -4

 奥の狭いほうの部屋を使わせてもらうことにする。  手前の部屋のほうが面積が広くてベッドも大きい。ベッドから隣室側の壁も離れていて、声も漏れにくそうだ。両サイドの隣室も借り上げておけばこんな心配もしなくてすむところだが、がさつな佐東(さとう)のことだ。そこまでしてはいないだろう。  自分の手荷物を置いて、中から薄手のシートなどを取り出し手前の部屋に戻る。  キングサイズのベッドの横、入り口に近い壁に配置されている小さめの化粧台に木製の椅子が置かれてあり、そこにシートを広げてから、振り返って部屋を見渡す。  壁紙は淡い白だが絨毯は濃い茶色でベッドカバーは薄いベージュ。ベッドの向こう側にはローテーブルを囲むようにソファが配置されている。家具も黒か濃い茶色を基調としていて、シンプルなデザインで悪くない。  壁にはところどころに銀色をした四角いオブジェが飾られていて、薄暗い部屋の明かりをうけ、背面の壁にその模様を影として映し出す仕組みになっている。  そのさらに向こうは一面がガラス窓になっていて、白いレースカーテンがかかっている。  ガラス窓まで進み、レースカーテンから何気に外を見ると、そこにはきれいな夜景が広がっていた。  先ほどまでの赤い月は今は漂白されたように青白くなっていて、ビル群の向こうにある小さな黒い海にほの白い光を落としている。  窓のはるか下では、家路を急ぐ車の列が、赤いテールランプを灯しながら静かに流れる。  暗い灰色をした厚いカーテンを引くと、部屋は、そんな凡庸な下界から一気に遮断された。  ポケットからカメラと転送用コネクタなどを取り出し、設置を開始する。  “お気に入り”の少年たちには、それっぽいビデオカメラをこれ見よがしにベッドの周りに配置して、さらなるプレッシャーを与えてあげる。ここで薬欲しさに喜んで脱いだりされるようになると、少し幻滅してしまう。僕は困惑したり恥じらったりする彼らの様子が好きなのだ。  最近では“一郎くん”がそうなってきて残念だ。本物の柴犬みたいに、命令されればなんでもするようになりつつある。  そういえば菖蒲くんのメールの内容からすると、彼もそうなりつつあるということなのだろうか。もし今度会うとしても、一郎くんのように喜んで指示に従ってきそうな感じがうかがえる。 (そんなキミは、見たくないな。) 『ア、…やっ!…』  シャワールームの声は、ときおり、こちらの客室までくぐもりながら届いていた。 『…な?…――…だろ?…――』  内容はわからないが、佐東の低く重たい声が、まるで子供をなだめすかすかのように響く。  ときおり、子供のような声で『ア』とか『や』とか聞こえているのが、カイトだ。体中をきれいに洗われているのだ…いや、荒らされている、のか。しゃくりあげるような息づかいも、かすかに混じる。  パソコンを起動させ無線カメラとつなぐと、4分割されたパソコンの画面にはそれぞれの角度からのベッドの様子が映し出された。画面を確認しながら角度や照度を微調整する。 (よし。)  いったんパソコンを化粧台に置き椅子に座ろうとしたところで、ちょうどシャワールームのドアが開き、壁からバスローブを羽織っただけのずぶ濡れの佐東がぬうっと現れた。長い腕には、同じくずぶ濡れの、カイトの裸体。  カイトは、泣きじゃくっているのかと思いきや、放心したような表情で、ただぼうっと宙を見ていた。すでにぐったりと疲れきった様子だ。  佐東は、僕が化粧台に置いたパソコンの画面にすぐ気づいた。 「お、なんだソレ。動画()ってどっかの投稿サイトにでも売る気かよ。」  ぼうっとしていたカイトも、はっとしたように顔を上げてパソコンを見る。  そう。今からここに、キミが映ることになる。 「えー?カメラどこだよ。」  佐東は気にしていない。それどころか、楽しそうにベッドの周りを見回し、カメラの設置場所を特定しようとしている。 「他人とあまり一緒に居たくないんで、しばらくしたら僕はコレを持ってあっちの部屋に行きますから。」  シャワールームの湿った空気が遅れて届き、顔にまとわる。 「それで二部屋以上ある部屋にしろっつったのか…。なんか、すげー手慣れてるな。まさか、いつもやってんのか?こんなこと。」 「まさか。」(いつもなら部屋を2つ以上とってやりますよ。)  僕が化粧台の前の椅子の上に座ると、佐東はまた面白いものを発見したというふうに声をあげた。 「椅子の上になに敷いてんだよ!」「消毒された僕用のシートです。触らないでくださいね。」  これを面白がられることはたいがい予想できていたので、少し被せ気味に言い返す。透明なビニールシート。消毒用シート、と、僕が勝手に命名した。佐東が、僕の生半可な潔癖症をあざ笑う。 「だから、こんなん意味ないって泉水(いずみ)ちゃん!」  そんなことはわかっている。僕は、僕自身に対してこういう細かい気配りをしてあげることで、あたかも、僕自身を見えない保護膜で覆えてあげられているといった、少しの安心感を得ている気分になりたいのだ。  まっとうな愛情を受け、手厚く保護されて育ち、世界に生身を平気で晒せるような人間にはとうてい理解できないだろう。 「変わってるよなあー泉水は。な、カイト?…ん?どした?お前、顔色悪いな。」 「…っ…」  ふと気づくと、佐東の腕の中のカイトの顔色が最悪だ。震えながらも、目はふらふらと必死に一定区間を往復している。パソコンとベッドとを見比べて、僕が取り付けたカメラの位置を探っているのだ。佐東も気づいて、そしてすぐにその理由を見抜く。 「よかったなあ。今日のお前のロストバージンを、カメラに収めてもらえるってさ。」 「あ、そうだったんですか。今日、初めてなんだ、カイトくん。」 「それがいやで逃げ出したんだろ?なあカイト。」  カイトは体中を震わせて怯えている。視線はまだくるくるとカメラたちの位置を探る。 「ほい、泉水くんの好きな清潔で若い男子ですよ。」  佐東はおどけて、カイトをわざと乱暴に大きなベッドの上に放った。 「ぁ、うっ」  カイトの濡れた体はベッドの上を跳ねて転がり、カイトは、一度起き上がりかけたが、はっとしたように素早く僕らに背を向けて体を折り曲げた。  成長期にある少年の、細くて小さな、だが、きれいな形をした背中。呼吸をするたびに肩甲骨が細かく震えながら動き、そのまわりの、未発達の筋肉を動かす。  化粧台の上のパソコンの、4分割されたうちの右上の画面からは、目をきつく閉じて震えるカイトのかわいい顔をかろうじてうかがうことができた。そのパソコンを膝のうえに乗せる。 「これ、見てみ。」  佐東が近づいて手を差し出してくるので、いやだな、と思いながら手のひらを広げて出すと、佐東は僕の革手袋の上にミルキーを一つ置いた。 「なかなか手を広げないから、なに持ってるのかと思ったら、これだよ。お前の主食。」 (…おや。)  くすくすと笑っているが、佐東、この中身は飴じゃない。佐東はこの飴を舐めたことがないから知らないだろうが、実物はもう少し大きい。  おそらく、さっき僕があげた例のクスリが入っているのだ。  包み紙がポケットの中にでも入っていたんだろう。カイトは昨夜、ソファの上で包み紙を伸ばして遊んでいた。  そこにクスリを入れなおして、この部屋のどこかに隠すつもりだった。ところが隠す間もなく裸にされてシャワールームに連れていかれたから、とっさに手の中に握りしめて、…そうか、さきほどの佐東のくぐもった声は、優しく話しかけていたわけではなく、カイトが手をむすんだまま開かなかったからなかば怒って無理矢理開かせようとしていた声だったんだな。カイトは苦しそうな声を出していた。  包み紙を軽くつまんでみるが、特に異常は無い。“中身”が漏れ出したりはしていないようだ。  佐東にも気づかれていない。とっさにしてはうまいところに隠したな。上出来だよ、カイトくん。 「なにを大事に握りしめているのかと思ったら…なあ。カイト?」  びしょ濡れのカイトは、ベッドの上で、向こうにある暗いカーテンのほうを向き、小さく震えながら動かない。  右上の画面のなかで震えるカイトは、さきほどより少しうつむいてしまったので、前髪が邪魔で表情が確認できなくなっていた。 「…泉水。こいつな、お前に惚れてんだぜ。」  え?  佐東がにやにやしながらそう言うと、カイトが小さく動いた。 ------------→つづく

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