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現在 -7

「…あンッ ぁああぁ…」  カイトは泣き出しそうな、しかし色のある声を出した。  と、佐東が静かに顔を上げる。 「カイト、俺を見ろ。」  カイトは、荒い息のままゆっくりと佐東を見た。  佐東もカイトを見たまま、大きな右手を興奮状態にあるカイトの中心に巻き付かせ、動かす。 「…う、くう…っ!ん…アッ!」  カイトはせつなそうに顔をゆがませ、まるで始めて自分のそこを見るかのように、一度大きく目を開けた。 「…―― あ!ァア…ア…、ア」 「…どうした?気持ちいいんだろ?こんなに悦びやがって。」 「はっ…や…やァ…だ、め…!…ア…」  その目はすぐに強く結ばれ、目尻からは、ついにきれいな雫が流れた。 「…よし、いいぞ…。いけ。」 「ア…ッ、――!!」  カイトの柔らかな髪が、細い肩が、枕に沈む。  胸をのけぞらせて白い首筋を見せたカイトは、びくびくと腰を痙攣させ、そして佐東に言われたとおり、次の瞬間、佐東の指の合間から白濁した液を吐き出した。  カイトが顔をそらしてしまったので、佐東からは見えなかっただろう。…だがパソコンの画面からは、その表情がありありと確認できた。  それまでの切なく苦しげにゆがんでいた顔から、なにかがふうっと抜け落ち、刹那、カイトは、なんともいえない魅力的な表情をした。  目がとろりと宙をさまよい、わずかに開いたくちびるから流れ落ちる雫が、薄暗い部屋の照明のなかで、実に艶かしく浮き上がった。  それからぎゅっと目をつぶると、ひときわ大きく口を開け、そしてようやく耐えられなくなったそこから、自身の悦楽の証を放出したのだ。 ―― いい顔するぜこいつ。  いつかの佐東のセリフ。…なるほどね、確かに。 「…ふふっ。」  意地悪く笑う佐東とは対照的に、カイトは、ふう、う、と息を震わせて静かに泣き始めた。  透明な涙が澄んだ瞳からつぎつぎとこぼれ出る。  その顔を見て愛くるしいなどと思う僕は、確実にまともじゃない。 「なに泣いてんだ。気持ちよかったんだろ…?」  突然、佐東は再びカイトのそこを強く握って動かした。 「あ!あンっ!」  すっかり果てきっていたカイトだったが、再び佐東から急所を攻撃され、体を跳ねさせ声を裏返す。  そして体を折り曲げると、両手で必死に佐東の手をつかんだ。 「やめぇっ、やめ、て、ください…!」  佐東はようやく手を離した。 「ふふふっ。」  佐東の低く無情な笑い声はカイトをさらなる深い闇の底へと突き落としていることだろう。  悔しくてたまらない。情けなくて仕方ない。…でも、自分にはどうすることもできない、どこまでも続く無限の闇――  僕もあそこにいたから、よくわかる。 …奴らは、こんな気分だったんだな…。 「じゃ、次は俺の番でいいよな?泉水。」 「――うううっ!」  佐東が僕を見たとき、カイトが豹変した。  なにかを低くうなりながらうつぶせになり、自分の体を素早く佐東から離すと顔をあげ、そのまま四つん這いになってベッドの上を這い、あっという間に、ベッドから転がり落ちるように下へと降りた。 「あ、」  出口に向かうのかと思いきや、信じがたいことに部屋の奥へと走って行く。  佐東を見ると、佐東のほうも不思議そうにその様子を眺めている。 「なんだ?あいつ。」  カイトはとうとう窓ぎわまで行くと、厚い灰色のカーテンの向こうに消えた。 (…ああ、そういうことか。) 「なにやってんだ?」  佐東はいまだ怪訝そうだ。  カーテンは、カイトの動きにそって右から左へとせわしなく動く。 ――ドン! 「――くそっ…」  窓ガラスを叩いたカイトが苦しそうにうめく。 「え?ぇえ?あそこから逃げるつもりだったのかよ、ここ23階だぞ?」  佐東が無邪気で素直な反応を示す。 「ちがいますよ。」  あんたにはわからないだろう。 「…死ぬつもり、だったんです。あそこから飛び降りて。」  そうだ。僕も同じことをしたことがある。まだ初期のころだ。  ただ単純に自分の運命を悲観し、奴らから遊ばれるのがとにかくいやになった僕は、やけをおこして、あるとき発作的に死のうと思った。特別室の大きな一枚ガラスを肩で割って外に飛び出そうとしたのだ。…割れるわけがない。僕の覚悟を、奴らは笑った。 ―― ドン! ドン!  無駄だよ、カイト。最初は開き戸かと思って出口を探したんだね。でも、たとえ開いたとしても人が抜け落ちるような隙間なんか出来ない。ここは優良ホテルだからね。客に事故なんて起こさせないよ。 ――『ころしてくれる?僕のこと。』  僕の部屋での、カイトの甘い声。  カイトは僕に、佐東に捕まったら死なせて欲しいと言った。  死ぬほどいやだったのだ。佐東に凌辱されるのが。  佐東のものにされ、その体の一部により、女のように佐東と繋げられるのが。 …ああ、カイトくん。  キミは本当に、僕の好みのとおりに動いてくれるんだね。  キミのおかげで僕は、あのころの自分を奴らの側になって振り返り、自分の愚かさを改めて目の当たりにし、それを愛しいと思えている自分の感情に気づけた。 …こんな日が来るなんてね。…キミのおかげだよ。 「…ったく、しょうがないやつだな…。おい、裸でそんなとこいて恥ずかしくないのか?丸見えだぞ、外から。」  当の佐東は、僕からカイトの真意を伝えられてもまったく動じず、むしろ、その覚悟を楽しんですらいる口調だ。やはり奴らと同じ。圧倒的優位な立場に立って、自分の手の中の可愛い生き物が必死にあがくのを楽しんでいる。そして今は、僕も、そう。  いまだカーテンの向こうで割れないガラスに向かって八つ当たりしているカイトをよそに、佐東はいったんベッドを降り、投げ捨てたままだった自分の黒い革のビジネスバッグを取りに行く。  中を開くと、そこからさらに黒い革の大きめのセカンドバッグを取り出してゆっくりと戻ってきた。  佐東が横切るたびに、かすかにあの香水の香りがした。佐東はシャワーを浴びてきているので、体に染みこんでいるんだろう。  ときおり聞こえるカイトの嗚咽まじりの息づかいを気にかけながら、何気に、佐東の美しい筋肉が動き回るのを眺める。  佐東は、セカンドバッグのファスナーを開けると口を広げ、中身を一気にベッドに開けた。  ベッドの上に散乱したのは、卑猥な形をした、色とりどりの玩具や、拘束具。  佐東は僕と目が合うと、悪びれることもせず、端正な作りの口の端を上げてにやり、とした。 (…まったく。)  そんな下劣な道具、あんたのきれいな容姿には似つかわしくないんだがな。  だがその佐東の行動に、僕の期待が高まっているのもまた事実だ。  死に損なったあの子のうえに、いまやさらなる凌辱が、その小さな体に、繊細な心に、無残にも降り掛かろうとしている。実際、佐東が僕に笑いかけたのは、そういった僕の感情を察したからにほかならない。 「カイト、ほら来い。また気持ちいい声あげさせてやるから。」  佐東はカイトのほうを見て言った。 「――…来るな…」  涙まじりの声。カーテンの膨らみからして、床に座り込んでしまっている。 「ふふっ」  佐東は動かないカイトを迎えに、ゆっくりとカーテンに向かって進んで行く。 「…来る…な…ッ ――だれか…」  その気配を察し、カイトは、消え入りそうな声だけで必死に佐東に対する小さな抵抗を繰り返す。  逃げ出そうにも体に力が入らないのだ。さきほどまでの覚悟と行動に、すべてをかけていた。次にどうすればいいかなどという考えは、幼い彼の思考のなかにはなかった。 ---------→つづく

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