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現在 -10
「ううう!」
カイトが僕らの真ん中で暴れ出す。
佐東 がおもしろがってカイトを離すと、カイトは横向きに倒れ込んで僕らの嘲笑を逃れた。
そのままバタバタと激しく暴れながらベッドの上を這い進む。その様子を、二人で見守る。
ヘッドボードまでたどりつくと、カイトは動きまわるのをやめた。縛られたまま上体を起こし、ボードを背にして座り込んで、正面を向いて激しく息をする。
呼吸さえしていなければ、カイトの小さな体は、さながらベッドの中央に配置された美しい人形のように見えていたことだろう。
涙で濡れ、屈辱にゆがむその表情に、僕はまたみとれている。佐東はどうだろうか。
カイトは、僕たちの視線から逃れようとするように天井を仰ぎ見た。
嗚咽しながら声を漏らす。
「なんで…こんな、ことに…っ…たすけて…父さん…母さんッ…」
カイトは事故で両親を一度に亡くして佐東のところに来た。
その端正な容姿と純粋な心ゆえに、今のこの境遇にあることの残酷さは、僕の心の琴線に異常なまでに甘く触れ、さらに僕を酔わせる。
「…俺だって姉貴が死んだときは悲しかったさカイト…。2人で力を合わせて乗り越えるって、あのとき約束しただろ?…ほら、カイト。来いよ、忘れさせてやるから。何もかも。」
きっと佐東も同じ気持ちなのだろう。低く甘い、優しげな声を出し、無責任かつ最悪なことを言う。
カイトがこちらに来るはずもない。がっくりとうなだれると、瞳のあたりから、透明なしずくがひとつ落ちた。
「カイトくん、ほら。」
カイトは少し顔を動かし、疲れきった、だが強い目で僕をにらんだ。
静かにベッドの上に乗り、ゆっくりと動いて、ウサギのぬいぐるみを差し出しながらつづける。
「がんばったら、さっきのミルキー、返してあげるよ。」
カイトの瞳が一瞬鈍く光った。
いぶかるような上目使いで僕を見る。
「嘘じゃないよ、ホラ。」
ぬいぐるみを持ってないほうの手で、ポケットから先ほどのミルキーの包み紙をつかんで見せてあげると、カイトはそれを目で追った。
「だから。ね?」
さらに一歩、静かに進んで、ぬいぐるみを顔に近づける。
まるで、警戒心の強い小動物に接しているみたいだ。
僕が思わず笑いそうになると、佐東が不思議そうな声を出す。
「なんだそりゃ。お前、そんなにミルキーが好きなのか?…さてはお前ら、なんか企んでんな…?」
こいつにバレたら少しめんどくさいな、そう思って佐東を見たとき、ぬいぐるみが少し重くなった。
確認すると、カイトがぬいぐるみをくわえているので、すこし驚く。
殺気立った眼をしていたが、僕が手を離すと、ぬいぐるみをくわえたまま静かに僕を見た。
その目が、とてもいいと思った。怒りや屈辱といった感情はすでに削げ落ちていて、そこに映っていたのは、ただ、張り裂けそうなほどの悲哀と、絶望。
カイトはそのまままたうなだれて、手を縛られたままの上半身を起こし、膝を動かしながらシーツの上を這って佐東のほうへと向かう。
そして、ついに佐東の目の前まで来ると、静かに腰を下ろした。
自らを佐東に差し出す覚悟を決めたのだ。
その姿は実にけなげで純粋で、口にくわえたぬいぐるみがカイトのあどけなさをさらに際立たせていて、僕の目には余計、甘美に映った。
だが、この“飴”のことを佐東にますます怪しまれるのではないか。
カイトの姿にみとれながらもそれを少し危惧したが、佐東は鼻でふん、と笑い、「まあいいけどな。中毒にはなるなよ、めんどくせえ。」とだけ言った。
(…ああ、ただのミルキーじゃないことはわかったようだけど、『精神安定剤』のほうだと思ってるんだな。)
カイトの様子を見守りながら、椅子に戻る。
「後ろを向け。」
佐東の命令に、カイトは、今度は素直に従う。
だがぬいぐるみの足の先が小さく震えている。あごも、肩も、細かく震えていることがわかった。
――そのときが来た。ついに。
自分がこの世でもっともきらいな叔父に、繋がれてしまう。
そして、完全に、汚される。
心なしかカイトの呼吸は早くなってきているように思えた。
佐東にはもっと顕著だろう、目の前で震えるカイトの様子が。
佐東はカイトの腰につかみかかるかと思いきや、ニヤニヤと笑いながら、マットの上をそっと撫でた。
手を上げると、そこにはアイマスクが握られている。それをゆっくりカイトの正面に落とす。
カイトからは何の反応もない。うつむき加減のうえ前髪が邪魔でよく見えないが、目を閉じているようだ。すっかり観念して、佐東を受け入れる準備をしている。
カイトが目を閉じていることを察して、佐東はいきなりアイマスクをカイトにかぶせた。相手を驚かせたくて仕方がない子供のようだ。その期待どおり、予想外の行動にカイトは思わず震える。
そして突然、佐東はカイトを乱暴に引き寄せ、体を後ろ向きに倒すようにして膝に乗せた。
「ッン」
無理やり引き倒されて、カイトは一瞬悲鳴のような怯えた声を出したが、ぬいぐるみを落とすことはしなかった。
「すっかり冷えきったなあカイト。準備運動からもう一回やり直しなあ?」
言いながら佐東は早速カイトの体の中心に手を伸ばす。カイトの体がびくん、と反応する。
佐東の腕のなか、無念でたまらないだろうのに、カイトは表情を押し殺し、平静を保とうとしている。アイマスクとぬいぐるみのせいもあるかもしれない。感情が推し量れないのは残念だ。
「どれがいい?泉水 。」
「ンっ…」
カイトが少しのけぞる。カイトにとって一番“効果的な”場所を攻められたようだ。仕方ない。(体の反応は正直だからね。)
調子にのった佐東が同じ場所を執拗にいじるので、カイトはついに佐東の胸の中に完全に沈みこんだ。反射的に膝を閉じて丸くなろうとする。
「ウウッ!」
佐東はカイトの足を大きく広げた。
両手の使えないカイトの、佐東の胸のなかで必死にしつらえていた冷静な自我は、その瞬間、簡単に崩壊してしまう。
恐怖に怯える“本体”は佐東の行動をいやがってぐにゃぐにゃともがいたが、縛られているうえに力だって及ばないので、佐東にとっては無抵抗も同然だ。佐東は膝を立て、カイトの体全体を抱え込むようにして座り直し、両腕でカイトの足を支えて体の向きを変える。…僕に見え易いように。
「いい眺めだろ。」
カイトはぬいぐるみをくわえたまま、佐東の腕のなかで、じっとうつむく。
顔を上げたくないのだ。細い肩が上下する。屈辱に耐えながら、必死に息を吸って、吐く。
…顔が見たい。
「よく見えないんで、化粧台の明かりをつけますね。」
「っ…」
カイトが小さく震えた。
ね?いやだよね?
カイトの様子に、佐東もまた嬉しそうに顔を歪める。
-------------------→つづく
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