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現在 -18
カイトがまたつらそうな声を出す。
額ににじむ汗。
口からこぼれるしずくは、高揚した頬に透明な筋を描く。
「あ…ぁ…っ、はあっはあっ… …っく…ぅ…んっ」
カイトは少し大人らしさを増した、青年の声で喘ぐ。
「ふふっ…。とてもいい声だよカイトくん。声変わりが終わりかけているのかな…。初めての大人の声が、そんなに色っぽくて甘い声だなんて、なかなか経験できないよ。よかったね。」
からかうと、カイトは悔しそうに僕を見た。その眼が、また、たまらなく愛らしい。
「…めろ…、れは、……ちゃじゃ…」
「うん?」
カイトが何かを言いたげなので、添い寝をするようにシートの上で体を伸ばし、すぐそばまで顔を近づけて覗き込む。潤んだ瞳が目の前だ。
「なんて?聞こえなかった。」
頬につたうしずくを、手袋の上からそっとなぞる。
「ぅ、うッく…」
カイトは額に汗を光らせ、歯を噛み締めてせつなそうに目をつぶる。
「ね、なんて言いたかったの?さっき。」
親指でカイトの頬を撫でた後、額に張り付いたうぶ毛を指先で何度か撫でつけていると、カイトはまた口を開いた。
「やめろ!俺は、あんたらのオモチャじゃないっ!」
青い声で言い切ったあと、カイトは大きく息を吸い込みながら引きつったような細い悲鳴をあげた。気づくと首元まで汗だくだ。
自我の限界が近いのか、呼吸はますます荒く、早くなり、喉の奥から出る色めいた喘ぎ声を止めることができずにいる。
――『オモチャ』、か。
なるほど。子どもにひどい遊ばれ方をして、ようやく飽きてくれたと思ったら順番待ちをしていた次の子どもにまたもてあそばれる。(うまいことを言う。) …でも、
「オモチャだなんてそんなこと思ってないよ、カイト。…キミは、愛されているんだ。僕からも、もちろん、キミの叔父さんからもね。」
「やあぅ…うッ、うそだ…」
「カイト…」
わからせてあげたい。そうすればきっと、キミも、この状況を楽しめる――
きれいな、穢れのない魂。
そう。カイトは汚れてなどいない。
今まで見てきたどんな人間より、美しく、気高い――
―― カイトに引き寄せられていく。
―― つややかなカイトの舌に、僕の舌が、絡まる。
咬まれないことはわかっていた。咬んだらもっと痛くされる。暴力の恐怖に抑え込まれて、学んでいるから。そこも、小さい頃の僕と同じ。
甘いカイトの舌。
―― ほらね。
キミに対してならいやな感じはしない。きっと、僕の体にも悪いことは起きない。
僕の舌に触れるあたたかな温もりに、僕はひどく嬉しくなった。
人と接することが、こんなにも気持ちの良いことだったなんて。
首筋を、胸の滑らかな肌を、唇と舌で愛する。
ふと、小さい頃の僕にしてあげているような、不思議な気分になった。
…僕も気づいていれば良かった。
そうすれば、こんなに苦しまずにすんだかもしれない。人間に対する“アレルギー”だって、きっと発症しやしなかっただろう。
いや、本当は気づいていたのかもしれない。
気づいてもなお、認めたくなかったのだ。
奴らの舌や指先に、僕が、悦んでいた事実など。
きっと今のカイトも同じ。
心の底では、悦んでいるんだ。
解放してあげなければ。
そうすれば、きっと、苦痛じゃなくなる。
キミの世界は、歓びと快楽に満たされた、素晴らしい世界へと変貌するに違いない。
―― そうか。
僕は、キミを解放してあげるためにいるんだ。
キミが僕を救うんじゃない。
僕が、キミを、救うんだ。
僕とは違う歩み方が出来る。
―― キミは、きっと、幸せになれる。
「…んっ…や…やあ…」
カイトは震えている。楽園が、彼のすぐそばまで来ている。
手袋を外した。
カイトの肌に、直接触れてみる。
あたたかい、なめらかな皮膚。
―― きれいだ…
「カイト…」
カイトの足の間で震える温かい果肉に、右手をまとわす。
そこは、びくびくと怯えながらも、…欲しがっていた、僕からの、愛情を。
「…あ…っ!イ…ズミ…」
右手でカイトを愛撫してあげながら、左手で、カイトの形のよい小さな頭を包み込んで、僕が見てあげていることを教えてあげる。
カイトの濡れた目がかすかに開いて僕を見る。
「ぁあ…あ…」
ふと、カイトの腰が、小刻みに震えながらも僕の手の動きを探っているふうであることに気づく。
手を動かすのをやめると、荒く呼吸を繰り返していたカイトはゆっくりとのけぞりはじめた。
はっ はっ はっ はっ … …
吐息がまるで仔犬のようだ。マットに置かれていた左腕が伸びてきて、僕の二の腕をつかむ。右手は、僕のシャツの胸のあたりをねじるように握った。
「…ア…ア、や…め…」
「…いいんだよ。僕が解放してあげるから。」
僕を見上げるカイトのきれいな黒い瞳。
そして次に、カイトは、これまでの彼からすれば信じがたい言葉を、僕に放った。
「…やめないでぇ…っ…」
(…――!)
薬のせいだ。
きっと自我が振り切れて、自分でも抑制が効かなくなったのだ。
…いや。
薬なんか関係なく、たんに、彼の本能が、求め始めているのだとしたら…
「…もっと触って欲しいの?」
「欲しい…苦しいっ…」
カイトの言葉にとろけそうになる。
もう少しで彼は気づくことができるのだ。
理性に逆らい、本能に従うことは、悪いことじゃない。
これは、こんな境遇にある美しいキミを、闇のなかから救うただひとつの方法でもあるのだ。
カイトの目尻からは未だ透明な涙が次々とこぼれ続けていた。
あごが小さく震えている。
きっと、カイトの頭のなかには、いまだ、『こんなのは自分じゃない』と絶叫し続けている自分もいる。
「…じゃあ、続けてあげる。」
「…んっ、ん…そ…ア…いや…だ…」
「…叔父さんより上手でしょう。」
カイトが肩で息をするたび、汗ばんだ鎖骨がきれいに浮かび上がってなまめかしく動いた。
「あ、あんっ、ん、あ、あっ、いずみ、さ…」
たまらなくなり、再びカイトの舌を求めた。
すると今度は、むさぼるように僕の舌を求めてくる。
「うぅ、うう、うっウ…!」
やがて舌の動きは鈍くなり、僕の舌の上で小刻みに跳ねあがるようになった。
舌を離し、カイトを眺める。
カイトの細い腰が、薄い胸が、僕の下で強く跳ねる。何度も。
…さあ、…見せてくれ、カイト。
キミの楽園は、どんなところ?
「ひ……っ」
カイトがまたあの素晴らしい表情をした。
地上の、すべての汚らわしいものたちから解き放たれたかのような、それでいて、屈辱も、絶望も、すべてを淘汰し、受けとめて飲み込んだかのような。
なにもない。
カイトは今、この世で最も美しく、暗い、虚無を見ている ――
大きな瞳が見開かれ、…そこに映ったのは…
不思議そうにこちらをのぞき込む、僕だった。
刹那、カイトがぎゅうっ、と目を閉じた。
「…いくっ…」
小さくそう漏らすと、その瞬間、極限に達した若い果肉が僕の右手のなかで強くはじけた。
何度かびくびくと僕の手の中で暴れ、その動きは徐々に終息し、やがて、柔らかく、静かになった。
もう蜜は出なかった。
カイトは、腰から全身に向かって何かが走り抜けたかのように一度小刻みに痙攣し、それからようやく、何かを探るように息を吐いた。
目を開き、ふわふわとさまよわせる。
その顔は、笑っているように見えた。
---------------→つづく
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