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第4話
心霊現象の類は昔から苦手だ。お化け屋敷やホラーハウスは恐くない。人の手が作り出したものは、そこに職人の仕事があるから、割と冷静に見られる。
それよりも説明がつかない、たとえばなぜ、珠洲は今一瞬で消えたのか。絡繰りやタネのない現象にはチキンだ。男だろうが、恐いものは恐い。鳥肌が立つ。
関所を通り抜けた先に見える道に、珠洲の姿はない。ファンタジー設定だからなんでもありとはいえ、いきなり消えたら夢でも驚く。
夢の中でも変わらないチキンぶりに、そろそろ目覚めないものかと怯えを誤魔化すように頬を抓ってみたら、夢なのに痛いだけだった。
ひりひりする頬を撫でていると、珠洲がフッと姿を現した。
――だから、いきなり現れたらビビるから!
「亮太さん。お待たせしました。この通行証を首から提げてください」
「わ、わかった」
大人のくせに、怖がっていると悟られるのはなんとなく決まりが悪い。バクバク煩い心臓を落ち着かせるように深呼吸をしながら、珠洲から手渡された通行証を受け取った。
定期券くらいの青いカードには、なにやら文字が書かれていた。
言われた通り、ループ状の紐に頭を通して、首から提げる。
「これでいい?」
「はい。では行きましょう」
そう言って、おずおずと手に触れてくる珠洲の気持ちを察して手を繋げば、はにかんだ表情を浮かべた。
子供らしくて可愛い。手を繋ぐのが好きなのか、離さないようしっかりと握る。
「なんかドキドキしてきた。ここを通ったら、今見えてる道じゃないんだよね?」
「はい。都はとても賑やかです」
夢の中限定とはいえ、わくわくする気持ちは加速する一方、「せーのでジャンプして通ってもいい?」なんて童心に返ったようにはしゃいでしまう。
「そしたら僕も一緒にジャンプします」
「いちにのさん、でジャンプしようか」
「はい!」
珠洲の手を今一度ギュッと握り、カウントを始める。
「いーち、にーの……」
さん! で同時にジャンプした。
関所をくぐり抜ければ、道しか見えなかった景色が一変した。
「すごい……タイムスリップしたみたいだ……」
目の前に広がる光景に、気持ちが躍る。時代がかった建物も人の多さも、いろいろな情報が視界いっぱいに飛び込んでくる。
とにかく人が多い。右を見ても左を見ても、人、人、人。パッと見、人間に見えるが、注意深く観察すれば、歯が尖っていたり、鉤爪だったり、珠洲のようにケモミミに尻尾の半獣もいる。中には角が生えていたり、額に触角があったりと、半獣といっても様々だ。
服装もいろいろ。男性は短い袍に長い袴を着ている人もいれば、胸元が広く開いた法被に膝丈のズボンだったり、襟のある長い衣を帯で締めている人もいる。
女性もいろいろだ。着丈の長い裾がゆったりした服や、鮮やかな色の短い上着とスカートを組み合わせていたり、筒袖の上着にズボンといったシンプルな服だったりと、服装ひとつとっても、現代とは違う時代なのがわかる。
男性の大半は、髪の毛がお団子ヘアで、布でくるりと巻いてある。上等な布の長衣を着ている人は烏帽子を被り、着ている服も漢服だ。
聞こえてくる言葉はおなじだけれど、目につく店先の看板文字は行書体のようだ。
――時代的には、中世の中国っぽい?
行き交う行商人は背中に大きな籠や箱を背負い、荷車を引いた人もいる。
珠洲と手を繋ぎ、右に左へ首を忙しなく動かす亮太の方が、まるで子供みたいだ。
建物は二階建ての木造建築が目立つ。今歩いている場所は店が連なり、簪や櫛が並べられた店や、その隣は紙屋、さらに隣はカラフルな刺繍がきれいな鞠が売られていた。
「宮廷はあそこです」
珠洲が指を差す方向には、遠く離れていてもその高さがわかる城壁がある。奥には、黄瑠璃瓦の大きな屋根も見えた。
「宮廷はものすごく広い?」
「はい。宮廷は大きくわけて、廓城、宮城、皇城の三つからなっています」
廓城は城とそれを囲む外囲いで、中央部には太極宮と、正殿には太極殿、東には皇帝陛下が暮らす東宮があり、西には宮人が住む西の宮が主要な宮だという。
この城内には坊と市があり、里坊は住宅区で、市は商業区。坊と市はそれぞれ区画整理されているらしい。ここは市のひとつだという。
――なんか、進むほど夢のスケールが大きくなってるような……。
これで最後にラスボスでも登場すれば、まさにRPGだ。
――そのラスボスが、皇帝陛下とか……。
「詳しいんだね」
宮廷というからには、誰でも自由に出入りできる場所ではないだろう。けれども珠洲は内部に詳しい。
「珠洲って、もしかして皇族?」
目をまん丸にする珠洲はよほど驚いたのか、硬直したあと、ハッと我に返り首を大きく振った。
「皇族なんてとんでもないです! 両親は農民ですし、僕は宮廷で学んでいるだけです」
「宮廷で学ぶってすごいね。優秀なんだ」
「僕には能力があるので、通えているだけです」
自慢と取られてしまう言い方だが、学力をひけらかす性格ではないというのは、短時間のやり取りでも感じられた。
――人獣って言ってたっけ。
半獣よりも、人獣の方がこの世界では位が高いのだろうか?
祖先の姿にもなれるし、半獣の姿にもなれるということは、変身する力があるということだ。
――能力って、魔法とか、力がある系のこと?
ファンタジー要素が満載すぎて、情報を整理して理解するまでの思考に時間がかかる。
両親は農民で、珠洲は人獣で力があるから、宮廷で学んでいる。亮太が得た珠洲の情報はそれだけだ。珠洲の両親は人獣なのか、それとも半獣なのか、いろいろ気になるものの、根掘り葉掘り質問するのはさすがに無遠慮すぎるのでやめておく。
「ところで、俺はなんで皇帝陛下のところに案内されるんだろう?」
珠洲のことはとりあえず置いておいて、宮廷に案内されたところで、なにがあるのだろうか。それも気になる。
「すみません。説明していませんでしたね。この国で人間が暮らすには、まず皇帝陛下に挨拶をして、住まいと仕事を与えていただくんです」
わかりやすい説明だが、納得するのと了承はまた別の話だ。
なぜか珠洲の中では、亮太がこの国で暮らすこと前提で話が進んでいる。
――珠洲の中で俺の設定は、いったいどうなってるんだろう……?
それにいくら住まいと仕事が必要だからって、皇帝陛下に直接挨拶をするのは、ちょっと大袈裟すぎやしないだろうか。その場面になったら、緊張を強いられるのは確実だ。平静を保とうにも気持ちの問題なので、亮太にそんな自信はない。
「俺がこの国で暮らさないといけない理由ってあるのかな」
どうにか皇帝陛下と対面するのを避けたいがばかりに口にした。途端、珠洲の表情が曇り、今にも〝すみません……〟と口にしそうな雰囲気だ。
「そうだ、珠洲は皇帝陛下に会ったことある?」
珠洲の返事を待たずに質問を重ねて話題を逸らすが、小声で「あります……」と答えたきり、黙り込んでしまった。
――えっと……この話題は避けた方がいいかも。
珠洲は亮太を皇帝陛下のところへ連れていくと言った。まるでそれが珠洲の使命であるかのように。その理由を訊けば、微妙な空気になる。
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