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第4話

 病院で目覚めた時、何故か側にいたのは男だった。  ギプスで固めた脚。  松葉杖を椅子の脇に置き、椅子に座って俺を見下ろしていた。  獣の目。   食い入るように俺を見ていて、正直、ビビった。  「目が覚めたか」  その声は優しかった。  というより、めちゃくちゃ頑張って優しくしようとしているのが伝わる。  引きつるような唇が笑おうとしているのがわかった。  なんか、昔飼ってた犬を思い出した。  野良犬だったせいか、甘えたりするのが苦手で。  それでも、俺の周りをウロウロしていたっけ。  凶暴な目も、飼い始めたころには何度も見せていたな。    そう思うと、なんか笑えた。    俺が笑うと、何故か男は目を見開いた。  何、その顔。  感情が読めない表情だ。  驚いたような、困ったような顔。  厳つい男には似つかわしくない顔で。  良く見たら男はまだ若くて、俺よりは年上だろうけど、まだ20代じゃないかな、と。  学生のオレと、そんなに変わらないかもしれない。  真っ赤なタトゥーに目を奪われがちだけど、男はとても整った顔をしていることにも気付いた。  「・・・」  何か言おうと思ったけれど、男にかける言葉がなかった。  どんな言葉がある?  この男と俺の間に。    「お互い助かって・・・良かった、です、ね」  やっと引っ張り出した言葉がこれだった。  男は目を見開いたまま俺の言葉を聞いていた。  穴があくんじゃないかと思う位に見つめられて、困惑した。  でも、この男がここにいる理由はなんとなくわかった。  「お前はオレを助けてくれた」  男は絞り出すような声で言った。  やはりその声は響くバリトンで。  凶暴な外見とは違って理知的だった。  ほら、お礼を言いに来てくれたんだよ。  人間か外見じゃないよね。  絶対ヤバイ人だけど  でも、まあ、お礼の気持ち位はあるんだよね。    俺はまあ、見捨てる勇気がなかっただけだけど、見捨てなくて良かったな、とは思ったし。   良くやったよな、俺、とも思ったから機嫌よくお礼の言葉を受け取ることに決めた。  男の手が俺の手を握った。  赤いタトゥーに手の甲まで覆われた手は、大きくて形がよかった。   だけど、明らかに拳にタコがあって・・・殴り慣れている手なことがわかって・・・。って、なんで俺手を握られてるの?  「あの」  俺はそっと手を振り切ろうとしたけどだめで、両手でしっかり握られてしまって。  男のオレンジ味が強い瞳が俺を食い入るように見つめる。  視線だけで殺されそうだ。  「オレは・・・お前のモノだ」  男の声が宣言した。  「オレは・・・お前だけのモノだ」  男は俺の手を自分の頬に押し付けた。  タトゥーの入っていない頬は滑らかで。熱かった。  男は俺の手の甲に唇を押し付けさえした。  焼けるようにその唇が感じられた。  俺は  俺は。  俺は。  固まる以外に何が出来たというのだろう。  これは俺の予想をはるかにこえている。  「オレは一生お前のモノだ」  男は軽く俺の手を噛んだ。  犬が甘えるように。    手が熱い。  熱いけど。  「なんでだよ!!!」  俺は叫んでいた。        

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