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第7話
俺はすっかり日常を取り戻していた。
本来なら俺はヒーローになれるはすなんだけど、助けた男があまりに怪しすぎたのと、病院や警察が男についての情報を外に出すのを嫌がった。
病院は警備的な問題の責任。
警察も結は局男が誰なのかも行方も全くつかめないという能力不足。
それらを問われたくなかったのだ。
それに俺も忘れたかった。
ファーストキスまで奪われたあの出来事を。
ホラーだ。
ホラーでしかない。
おかげで事故のことはちょっとは話題になったけど
俺はヒーローになりそこねたけど、被害者として大きく取り上げられず、妙に注目されることなく日常に戻れたのだ。
いつも通りになった。
大学に行き勉強して、バイトをして、休みには趣味の自転車でアチコチに行く。
友達とはしゃいで遊んだり。
俺の日常に俺は十分満足していた。
まあ、まあ、女の子にはなんか縁がないのは相変わらずで・・・。
俺、そこそこ進学校である男子校に通ってて、勉強ついていくのに必死だったから、女の子と話すことなかったし、大学に入ってからはなんか気後れしちゃって、話しとかできないんだよね。
無害で良いヤツ認定されてもモテるタイプではないのは自覚している。
まあ、それでも友達はできたし、きっと良い出会いがあってきっと俺は可愛い彼女が出来るんだ、と俺はそれでも信じていた。
美人じゃなくてもいい。
気があって、楽しくて。
元気な女の子。
一緒に自転車で走りに行くのが好きなら良いなぁ・・・なんて思いながら俺は過ごしていたわけで。
だが、俺は取り憑かれてしまっていた。
あの日、あの山の中で、つい助けてしまったばっかりに、取り憑かれてしまっていたのだ。
俺はもう、呪われていたのだ。
その日家に帰った。
俺は驚く程家賃が安い長屋で一人暮らしをしているのだ。
大きな二階がある平屋を輪切りにするように区切った昔ながらの集合住宅。
築70年。
「どんな災害にも耐えてきたんだから」
と家主さんは胸を張って言うけど、次何かあったらもう駄目なのではないので俺は思っている。
薄すぎる壁に仕切られているので、隣りの家の音がめちゃくちゃよく聞こえる。
俺は毎朝、隣りの婆ちゃんがつけるテレビの音で目覚める位だ。
だが、部屋は広いし、二階もあるし、5部屋もあるし、小さな庭まである。
これで家賃が1万円。
しかも駅のすぐ側。
前に住んでた身寄りのない爺さんが、孤独死して、チーズみたいに溶けて発見されたらしい。
ヘンコな爺さんで、近所の誰とも関わらず、外出もめったにせず、静かに暮らしていたから、誰も爺さんが死んだことに気づかなかったようだ。
隣りの家の婆ちゃんが異臭にきづいて、家主さんに連絡、発覚、ということらしい。
なので、家賃が有り得ないくらい安い。
友達が家主さんの知り合いで紹介してもらったのだ。
親に学費を出して貰っている身としては、生活費位は自分でなんとかしたかった。
親父のやってる食堂は繁盛してると言えば繁盛してるが、儲けは気にしてないところもある。
妹の進学にも金がかかるだろうし、学費以外は自分でなんとかしたかった。
家賃が安ければ別に幽霊が出たとしてもいいかな、と。
畳や襖も全部変えてくれていたから、綺麗な古い和室にしか見えなかったし、たとえ幽霊がいたとしても俺には見えなかったから何の問題もなく暮らしてた。
だがその日、このアパートに住んで初めて俺は恐ろしい思いをしたのだった。
「疲れたぁ」
俺はぼやきながらドアを開けて部屋に入る。
暗いはずの部屋が明るい。
あれ?
俺、電気消し忘れてたっけ?
俺はそう思った。
まあ、朝慌ててたから、そんなに違和感はなく、昔ながらの大きな玄関で靴を脱ぎ、高い段差を上がって室内に入った。
階段の横を通り過ぎて、台所の前にある部屋、沢山部屋があっても結局ここしか使ってない部屋に襖を開けて入ろうと・・・。
俺は固まった。
ちゃぶ台の上にコップを灰皿代わりにして、煙草を吸っていたんだ。
小さなちゃぶ台にサイズがあっていない男が。
オレンジ色の目が俺をギラギラと見つめていた。
罠に獲物がかかるのを待っていた獣のように。
「遅かったな」
男はまるで俺が約束でも破ったかのように拗ねた口調で言った。
蔓延する煙と、コップに溢れる煙草の吸い殻の数が男がずっと待っていたことを表していた。
どうやってここを知った。
どうやってここに入った。
何故ここに。
どうする気だ。
色んな考えが頭をよぎったが、俺は叫んでいた。
「室内禁煙!!!!!」
他に言うべきことはあったとは思う。
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