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第12話

 「自分で喰ってみたのか」  呆れた声。  「いや」  深いバリトンボイス。  「・・・料理の経験は?」  呆れ声。  「あるわけないだろ」  バリトンボイス。  「・・・・」  「・・・・」  沈黙が続いた。   俺は布団の中で寝返りをうつ。  あれ、俺起きたんじゃなかったのかな?  それともこれも夢?  どこから夢?    この夢では不法侵入者がもう一人増えてる・・・。  俺はそこで飛び起きた。  これ以上増やされてたまるか!!  一人でもどうすればいいのかわからないのに!!  飛び起きた俺のすぐそばに二人の男がいた。  一人は半身タトゥー男。  そして、俺の手は男に握りしめてられていた。  何これ。  もう一人は高そうなスーツを着たチャラそうな男。    タトゥーこそ入ってないが、長い髪にパーマをあてて、軽く結わえてる自由っぷりと、どこか隠しきれない荒んだ臭いと、金があることを隠そうともしない身なりから「ヤバい世界」の臭いがしていた。  でも、着ているスーツは明らかに夜の町や裏の人達か着るモノではないのはわかる。  俺の育った街はどちらの人達もいたからわかる。  「あ、目さめた?気分大丈夫?」  チャラい感じで聴かれた。  チャラいけど、話し聴かせることになれた声だ。  昔詐欺師だったという常連さんがこんな声をしてた。  俺は警戒信号を受信機する。  「夢を聴かせてたんだよ。聴きたくなるような声をね」  俺の実家の食堂で、その常連さんは昔を思い出して楽しそうに笑った。    肉体労働者や男子学生達がターゲットであるウチの食堂は安くて旨い、そして沢山食べれる、ご飯と味噌汁おかわり自由な食堂だった。  ご飯と味噌汁と玉子焼きだけの定食、400円からあるような店だ。  子供の俺や赤ちゃんだった妹が騒いでいようが、泣いていようか誰もクレームなんか言わないような店だった。    働く両親の側で、常連さんたちに可愛がられ、俺は育った。   宿題だって店でしてた。  そして、俺の足元には犬がいた。  食べ物屋に犬がいても誰も気にしない。  出所してからは、トラックの積み降ろしをしていたその常連さんは子供の俺に昔の思い出話をしてくれた。  その話に食堂中が聴き入った。  いけ好かない金持ちから架空の儲け話で、金を巻き上げる常連さんの話に、食堂は大いに盛り上がったものだった。  作業着でも気にせずはいれるこんな店では、すかした金持ちは嫌われモノだからだ。   請けた工事や仕事の報酬をケチり、なんだかんだともったいをつけ、偉そうな態度をとるそういう連中にこの店の客達は嫌気がさしていたわけで。  そして、両親もそういう連中が大嫌いだったし。  もと不良のウチの親達だってまぁまぁそれなりの不法行為をしていたわけなので、今ちゃんとしてるなら問題にしてなかったし。  その常連さんは人気ものだった。  金がある自分は賢いと思っている連中から、たっぷり騙しとっていた詐欺師。  騙された連中は騙されたことを認められなくて、訴えることもなかったらしい。  でも、最後の仕事でしくじったんだ。  最後の仕事の相手は、思っていたよりも賢くて、詐欺師が自分より賢いと認めることができたんだそうだ。  「それが敗因だよ。馬鹿に夢を見させるのが仕事なのに。馬鹿じゃないから夢から覚めてしまった」  常連さんの話は面白かった。  みんな聞きほれた。  人に「聴かせる」ことが仕事だった男の話は本当に面白かった。  だから。  俺はチャラ男を警戒した。  これは危険な男だ。  このタトゥー男とは別の意味で。  そのタトゥー男の方は黙って俺の手を強く握りしめてくる。  痛い。  「痛いんだけど」  と言ったら慌てて緩めてくれた。  「気分悪い?」  チャラ男に聞かれた。  「多少」  めちゃくちゃ勉強を詰め込んだ時みたいな感じだ。  限界まで脳を使ったような。    「僕は医者。コイツに呼ばれて来たの。君はコイツの料理を食べて気を失った、覚えてる?」  チャラ男は言った。  医者?  医者だと?  そんなはずはない。  こんな声の男は医者じゃない。  確信はあった。  「・・・疑ってるね」   男は感心したように言った。  俺は喋らない。  騙されない秘訣はソイツと話さないことだ。  俺はそう教えられている。  「・・・・・・へぇ。僕が何か【わかって】るのか。情報通りの坊やじゃないね」  チャラ男は薄く笑った。  冷酷な素顔が少し見えた。  情報通りって?  どんな俺の情報にぎってんの?  「コイツに何かしたら殺す」  タトゥー男が唸る。  「しないよ。僕はお前関わるのは心の底から嫌なんだ。お前が来ないと殺すからなって脅すから仕方なくきてやったんじゃないか」  チャラ男が面倒くさそうに言った。  隠そうともしない面倒くさそうな感じと、タトゥー男への怯えは本物で、それは本当らしいと俺は思った。  「大丈夫、本当に医者だから。闇医者だから免許はないけど、経験と技術と知識はあるよ。今は医者じゃない仕事をしてるけど」  チャラ男は俺に言った。    俺は黙ったままだ。  それのどこに安心できる情報がある。  チャラ男は溜息をついた。  早く帰りたそうに高そうな腕時計を見る。    「この子は大丈夫。お前の飯が不味すぎて、意識を失っただけだ。何故アレを完食したのかは不思議すぎるけど」  チャラ男は男に言った。  「不味すぎるだと?」  男は不思議そうにいった。  「台所に行って自分で食って来いよ」  チャラ男は言った。  男は俺の手をはなし、素直に立ち上がり台所へと向かう。  しばらくすると、食器が床に落ちる音と、咳き込む声と、えづいてうめく声が聞こえた。  「あれを何故食えると思ったんだ。見たらわかるだろう。あれは食物ではない」  チャラ男のつぶやきは俺の想いと一緒だったから思わず見てしまった。    チャラ男と目が合い慌ててそらす。  「【詐欺師】とは話すな、を知ってるとはね。そう話たらいけない。話をきいてはいけない。その通り。聞いてしまいたくなるからね、君は賢い。話を聞いても【騙されない】なんて思うと餌食になる。でも、医者なのは本当。そっちの仕事はほとんど今はしてないけどね。でも大丈夫。君の男を敵に回してまで君を獲物にはしないから」  チャラ男は言った。  スーツの内ポケットからタバコを取り出し、俺が文句を言うより先に元に戻した。  「禁煙って言われたんだよね」  溜息をつく。  「室内禁煙を守るあの男なんて、初めて見たよ」  俺に向かって笑った。  その笑顔は人が良さそうで。  信じてはいけない、と思った。  男が這うようにして戻ってきた。  赤いタトゥーさえ青ざめて見える。  チャラ男が下をむいて、顔を隠して笑っていた。  めちゃくちゃ嬉しそうで、これもウソじゃないと思った。    しかし、チャラ男の笑顔は驚愕に変わった。  「すまない」  男が俺に土下座したからだった。  俺にしてみれは不味い料理を食べさせられたことより、そもそも不法侵入したり、色々されたことの方が謝って欲しいのだが(許さないけど)、チャラ男は目を見開き口をぽかんととあけて、これ以上もないほどウソのない顔をして驚いていた。  「なんなんだ?この子、お前の何なんだ!!」  チャラ男は叫んだ。  「お前はお前の所有物のためにそんなことする男じゃないだろ!!何があっても手に入れるけど!!」  チャラ男の言葉が気に障った。  「誰が・・・」  誰が所有物だ!!と怒鳴ろうとした。  「違う。オレがコイツの所有物だ。間違えるな」  低いバリトンボイスが鳴り響いた。  チャラ男の整っていると言うよりは親しみやすそうな顔が、目みひらき過ぎるほど見開き、口が歪んで大きく開かれて、デタラメなラクガキみたいな表情になっている。  驚きすぎて顔面崩壊してるのだ。  「要らないっていってる!!」  怒鳴り返す俺。  「意味わかんねえよ!!」  チャラ男の言葉は俺の言葉でもあった。         

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