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第17話

 やはり自転車は最高だった!!  夜明け前に内藤と集合。  その頃ならさすがに車もいなくて。  俺達は一列になってまだ眠る街を脱出していく。  人がまだ寝ている街は、昼とは違う景色で、こういう静かさも俺は好きなのだ。  いくつかの川を越えた頃には、もう、いわゆる都会の景色は消えている。  今走る河原沿いの道は、田んぼが続く中にあり、小さな駅とレールも川沿いに走っている。  そう、2時間も走れば、いつも住む都会は消えてしまうのだ。  車両の数が二つととても少ない始発の列車。  無人駅。  広すぎて人が居なすぎて怖くなる河原。  すれ違う車の数も都会とは比べようがない。  流れる川。  木が揺れて、白い鳥が水の中に潜り、魚を咥えて飛び立つ。  広がる景色はパノラマで。  自転車で走っていると、その中に飛びこんでいるような気持ちになる。  内藤と俺は前後になって走り続ける。  ほぼしゃべらない。  でも、俺達はこの景色を共有してるし、俺達は自分の脚でどこへでもいくつのだ。  川沿いを走り、山を越えて。  この脚で。  自転車の良いところはそこ。  俺達は俺達の力でどこまでも行けるってこと。  やっぱり自転車は良かった。  上がり坂の苦しさや下り坂の恐怖(60キロくらい出るね、山なら)、向かい風の辛さも。  それもこれも全部好きだった。    走行して2時間半。  前を走る内藤が手を上げた。  休憩の合図だ。  俺達は止まり、河原沿いの道から、自転車を担いで河原に降りて、ちょっと寝転んだ。  水分も、簡単な食べ物(片手で食べられるカロリーメイトとかスポーツ羊羹とか)も走りながら取るんだけど、さすがにちょっと休憩することに。  俺達は笑いあった。  意味もなく。  やはり、内藤と走るのは好きだ、そう思った。  分け与えるんだよ。  何かわかんないけど。  「・・・犬は大丈夫なの?」  優しい内藤は家に置いてきた犬のことを心配してくれている。  犬が出かけるのを阻止しようとしたから最近一緒に行けなかったと説明しているからだ。    本当は犬じゃなくて、180以上もある半身タトゥーの男だけどな。  「出てくる時もなんか吠えてたけど、大丈夫。学校やバイトの時は待てるくせに、ロングライドだけは許さないんだよ」  俺は「俺の方が役に立つ。お前のためなら誰でも殺してやる」などと、狂った自己アピールをして、どうやってでも内藤と二人で出かけようとするのを止めさせようとする男を置いてきたのだ。  風呂からも布団からも男を締め出して一週間。   男は俺が入ってる間、風呂のドアをずっとノックしつづけ、夜は別の部屋に布団を用意してやったのにそれは無視して、俺の布団の足元にデカい身体を丸くして寝ていた。  毛布はかけてやったが、絶対に絆されない。   布団に入れたら最後なのはわかっている。  一応、【絶対】ダメだ、と言ったらそれは守ってくれるようだ。    一晩中枕元で顔を見下ろされていた夜もあったし、風呂のドアは出てくるまてまずっとノックし続けてたけど、無理強いはされてない。  本当の犬なら可哀想になって許しただろうけど、許したら最後、俺をイかせまくって、身体中に痕つけまくって、絶対に内藤と出かけられないようにするのがわかっていたから許さなかった。  ここは許したらダメなとこ。  そうじゃないとこれから先・・・。  ん、なんで俺、あの男がずっといる設定で考えてるんだ。  許すも許さないも、最初から全部ダメだろ、あの男の場合!!  ヤバいヤバい。  それが一番怖い。  「でも、こっちに出てきてからちょっと元気なかったもんね。良かったよ。犬が死んでから、どこか寂しそうだったから」  内藤が微笑む。  犬。   名前を【犬】という俺の犬は、高校最後の年に、とうとう亡くなった。  拾った頃にはもう、それなりの年だったわりには8 年生きた。  死ぬ前の数日は学校も予備校も休んで犬についていた。  両親は何も言わなかった。  うちの親は何が一番大切なのかを知っているから。  内藤は犬アレルギーだから、犬に会うことはなかったけれど、俺の話を良く聞いていた。    だから  「犬が死んだ」  と俺が全てを終えて内藤に電話した時も、受験勉強を放り出して俺の家に来て、焼かれて骨になった犬を綺麗な海に撒くのに付き合ってくれたのだ。  業者は骨壺に犬を入れてくれたけれど、犬は壺に収まるようなタイプではなかった。  犬は海が好きだった。  毎年盆には店を閉めて、両親と妹と行く田舎の海はクラゲだらけで泳ぐにはあれだったけど、犬には関係なかった。  波にはしゃいで。  鳥に吠えて。  常に何かに警戒しているような様子をその時だけはみせなかったから。  二人で夜通し遠くまで自転車で走って、綺麗な海に犬の骨を撒いて。   声を上げて泣く俺の側に内藤は黙っていてくれたのだ。  「俺、そんなに落ち込んでた?」  自分では普通なつもりだったけど。  「相棒だったんでしょ、ずっと寂しそうだったから」    内藤は正しく言い当てる。  そう、  そう。  10才で拾ってからずっと。     相棒だったのだ。  寂しかった。    「最近、寂しそうな顔しなくなった」  内藤は言う。  優しい男だから心配してくれていたのだろう。  寂しがる暇もなかった。  男が来てから、それどころじゃなかった。  もう、二月近くなるのか。  そんなにたってしまったのか。  あの男が来て。  いよいよヤバい。  「新しい犬が来てくれて、良かったかもね」  内藤の言葉に全力で反対したかった。  その時だった。  「誰か!!助けて!!」  叫び声がしたのだった       

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