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第21話

 俺は女の子と逃げた。  だが、人がいそうなところまではそう簡単にたどり着けない。  だけど、連中はあの陸橋に閉じ込めているわけだし、脚を折ったヤツを見たのなら、他のヤツらも飛び降りようとはしないだろう。  安心してもいいか。  そう思って、走るのをゆっくりにした。  女の子ももう限界だろう。  その時だった。  向こうから車がやってきた。    このあたりはめったに車が通らない。  地元の人が使う道だからだ。  俺達みたいな自転車乗りは抜け道として使うけど。  本来なら助けを求められると喜ぶところだが。  こちらに来ている車は、とても地元の人達の車とは思えないものだった。  鳴り響く爆音の音楽。   派手に装飾された車。  中が見えないフィルムが貼られた窓。  俺は反射的に女の子を背中に庇った。  その車から隠すために。  だけど、車はオレ達を見つけると急ブレーキで止まった。  ドアが乱暴に開く。  中から3人男が出てきた。  オレ達の行く手をはばむように。  陸橋の上に閉じ込めた連中に良く似た格好の連中。  手にバットや角材なんかを持っていた  良く似た薄ら笑いを貼り付けた。  弱い者への暴力を楽しむ連中だ。  一人が持っていた携帯に向かって言う。  「見つけた」  俺と女の子を見つけたことの意味なのはわかった。  奴らはライトバンの中にいただけじゃなかったのだ。  別の車にのった仲間もいたのだ。  そして、どこかでこの女の子に全員で酷いことをして楽しむつもりだったのだ。    オレと女の子はやって来る連中に押されるようにして、ガードレール際に追い詰められていく。  男達は手にバットやパイプを持っていた。  使いなれているのだろうことがなんかわかる。  俺はガードレール下を見る。  斜面は急だけど、草が多いし、柔らかそうな枝もある。  これなら。  「いい?山の中に逃げるんだ」  俺は声を潜めて女の子に言った。  「連中は人がいる方に逃げると思って君を探す。だから、山の中に逃げるんだ。大丈夫、警察には連絡しておある。絶対に見つけてもらえるから!!」  俺は女の子に言い聞かせた。  この言葉の意味がちゃんと女の子に届いていますように。  川の方にでたりしたらすぐに見つかる。  ちゃんとした助けが来るまでは、山の中に逃げていた方がいい。  ここからは、もう、俺はついていてやれないから。  ジリジリと男たちが俺達に迫ってくる。  薄ら笑いを浮かべながら。    俺は覚悟を決めた。  「逃げてね。絶対助けが来る。警察には連絡してあるから」  俺は女の子に囁くと、女の子を担ぎ上げ、斜面の方に放り投げた。  女の子は悲鳴をあげながら、草や枝をバウンドしていく。  でも、立ち上がって、言った通りに山の方へ逃げるのを俺は確認した。  男達は呆然としていた。  俺が女の子を投げたから。  だが、その驚きは怒りに変わり、俺の方に向けられた。  鉄パイプやバットをふりかぶって、俺の方へ突進してくる。  俺は喧嘩が出来ないわけじゃない。  下町育ちだ。  だけど、多勢に無勢だし、俺は素手だ。    でも、やれるだけ。  最後まで、抵抗してやる。   俺は拳を握って、親父や店の常連さん達から教えられたように身体を半身に切って腰を落とし、構えた。  自転車用のヘルメットでも、被っていて良かったと思った。  致命傷は免れるかもしれない。  「来いよ!!」  俺は怒鳴った。  最初のバットが頭を狙いに来た時、俺はそれを外して腹に拳をめりこませようと・・・。  俺の拳が届かなかったのは、ソイツの身体が宙に浮かんでいたからだ。  正しくはデカい手がソイツの頭を掴んで持ち上げていたからだ。  片手で。  ミシミシと頭蓋骨が軋む音がした。  その手には燃える炎のような、どこかの国の文字のような記号のような文様が真っ赤に刻まれていた。  怒りに燃えるオレンジ色の炎。  これが人間の目だと誰が思うのだろうか。  持ち上げられたソイツの背後からその目が光る。  「コイツに手を出したな」  低いバリトンボイスは地獄の底から響くようだった。  いつの間にか、気配もなく。  あの男が現れていたのだ。  地面から生えたのか。  空から舞い降りたのか。  どちらでもおかしくなかった。  やりそうだし。  頭を片手で掴んだまま、男はぬいぐるみを犬が咥えて振り回すように、ソイツをふりまわし、アスファルトの道路に何度も叩きつけた。  手足が面白いくらい違う方向に向いていく。   ガンガンに折られているのだ。    悲鳴をあげて、手足を折られていく仲間を見て、残りの二人は硬直していた。  おそらく。  陰惨な現場を見慣れているコイツらでも、見たことのない光景だった。  顔にまで赤いタトゥーが入った大男に片手で地面に叩きつけられ、身体中の骨が折られるショーなんて。  そして、自分達がそうされることはコイツらの発想にはなかったのだ。  コイツらは魂を抜かれたような顔で、ぼんやりそれを見ていた。  だか、俺はコイツらと違った。  この男には慣れているのだ。  「何でお前がここにいるんだよ!!何で、俺がここにいるってわかったんだよ!!」  俺は怒鳴った。  男は地面にソイツをたたきつけるのを止めた。    困ったような顔で俺を振り返る。  犬がイタズラを見つけられた時の顔に似てた。  「それは・・。GP・S・・違う、お前が困ってるとわかったからだ」  男はボソボソ言いながら、焦ったのか掴んでいたヤツを放り投げた。    GPS、GPSって言ったな!!!  お前俺の何にそんなもの仕込んでんだ。  それにどうやって現れ・・・。  ふと男が着ている服に気付く。   奇妙な色合いの服だ。  灰色と言うか、灰青色と言うか。  ザラザラした奇妙な柄で。  そう、使い込まれたアスファルトを思わせる色をつなぎのような服にしてまとってた。  そして、男の背後にはまだエンジンが切られていない、見たこともない形のスクーターが倒れてた。    そのスクーターも、古いアスファルトのような色に塗られていた。  エンジンは切られてないはずなのに駆動音がしない・・・。  違う。  ガソリンエンジンじゃないモーターだ。  電動の!!  元走り屋の息子が言うんだから間違いない。    俺は親父達の旧車と言われる古いバイクやクルマの集まりにも参加させられたことがあるんだ。  元ヤンの息子だからな!!  古いアスファルトの道路に溶けこむような色合いのスクーターと服。  音が極力しないスクーター。  これが遥か背後に走っていたら存在に気付かないかもしれない。  「お前!!俺をつけてきてたんだな!!」  僕は男に向かって怒鳴った。  コイツ、ストーカーしてやがった。  GPS俺に仕込んで、こちらからはバレないように監視してたんだ!!  「・・・・・・」  男はうなだれた。  しかられた犬みたいに!!!    でも、まあ、この男がしそうなことではある、とは思った。        

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