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52.恋する幼馴染
颯希 side
「ただいま~」
「さっちゃんお帰りなさーい」
あの後、結局これ以上俺から言えることは無いよ。と言う、裕先輩にとりあえず付き合ってもらったお礼を述べてそのまま家に帰宅すればお母さんがリビングからパタパタと玄関までやってきた。
「丁度良かった。これ、バレンタインのチョコケーキ。奏ちゃんの分も作ってるから持って行って~」
そう言ってお母さんに渡されたチョコを見て、瞬時にあの時の光景が蘇り少し気分が落ちる。
「どうしたの、さっちゃん」
「あ、いや、何でもないよ。そうちゃん所行ってくるね」
そんな俺の気持ちの変化を察知したお母さんが今度は心配そうに顔を覗き込んできたもんだから慌てて取り繕い、その手に乗ったチョコケーキを引っ掴んで勢いよく外に出る。
「奏ちゃんによろしくね~」
何てこっちの気も知らないで呑気に言うお母さんが今は少しだけ恨めしい。
一歩外に出て、右に曲がって数歩進めばそうちゃんの家で、呼び鈴を鳴らそうとして躊躇してしまう。
何だろう、何だかすごく緊張する……
未だかつてそうちゃん家の呼び鈴を鳴らすのにこんなに緊張したことなんてないんじゃないかな。
いや、て言うかそもそも何で呼び鈴鳴らすだけでこんな緊張しなきゃいけないんだよ。
別に緊張するようなことじゃないよね、ね、ね。
そう、脳内で同意を求めていたら
「人の家の前で何してんだよ」
不意に後ろから声をかけられて思わず固まってしまった。
「颯希?」
声も出せず、後ろを振り返ることもできずにいる俺を不審に思ったのだろう、声の主であるそうちゃんが顔を覗き込みながら俺の名前を呼んだ。
「こ、これ、お母さんからそうちゃんにって」
そんなそうちゃんから咄嗟に距離を取りつつ、ずいっと小さな紙袋を突き出す。
「おー、バレンタインか。サンキュ、おばちゃんにもお礼言っといてくれ」
「う、うん」
「で、お前はさっきから難しい顔しながら人の家の前で何考えてたんだよ」
「え、あーいや~あはは、って、そうちゃんいつから俺の行動見てたの?」
「お前が自分家から勢いよく飛び出した所から」
「結構前じゃん!何ですぐ声かけてくれなかったのさ!!」
「いや、その時はまだ距離あったんだよ。そんでどんどん近づいてみれば、呼び鈴鳴らすでもなく、人の家の前で小難しい顔しながら立ってるもんだから、声かけるタイミング考えてたんだよ」
「う~、最悪だ」
思わず頭を抱えてしゃがみこみたい衝動に駆られたが、グッとこらえる。
そんな俺の態度に不思議そうにしながら、すっと、家の扉を開けてそうちゃんがこっちを真っ直ぐ見るもんだから俺もそのままそうちゃんの目を見返す。
暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはそうちゃんだった。
「入んねーのかよ」
「へ」
「家、まだ夕飯まで時間あんだろ、上がってかねーの」
「え、あ、うん、そだね」
当然のように家に上がるよう促されて、思わず肯定してしまっていた。
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