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6.恋する有名人

 龍 side 「お疲れ様でしたー!!」  現場に監督の声が響きその後まばらにお疲れ様でした。の声が上がる。  俺の手掛けた初脚本ドラマは順調に撮影が進みクランクアップを迎えた。  今日は全員で打ち上げだということで俺も脚本家としてお呼ばれされた訳だが、ワイワイ騒がしい居酒屋で監督やプロデューサーに揉みくちゃにされている九条君を見ていると何故か胸の奥からモヤモヤした感情が湧き上がる。  そんな感情を吹き飛ばそうと自然と酒を飲むペースも早くなる。  気づいた頃には深夜で解散の運びとなった。  ......結局九条君とは話せなかったな。 「笹原先生!」  そう思っていた俺の肩を掴んだのは正しく俺が今頭の中で思い描いていた人物で 「よろしければもう1件だけ二人で行きませんか?」  俺はその言葉に思わず頷いていた。  ■□■ 「笹原先生覚えてますか?初めて食事誘って下さった時、先生俺にそれ疲れないって聞いたこと」  今日は酒がよく進む。  それは九条くんも同じようでそう口を開く九条君の顔は若干赤くなっていてぽやーっとしている。 「したねそんな話」 「俺、本当にびっくりしましたよ。だってその前まで普通に話していたのに突然そんなこと言うんですもん」 「はは、ごめんごめん。気になったらすぐ聞いちゃうから」 「それ、前の時にも言ってましたね」  そうして笑えば九条君が何か言おうと口を開いては噤んでを繰り返す。  俺はそれに対し急かすこともせずただ彼の言いたいことが纏まるのを静かに待った。 「笹原先生、俺、おれね、自分の気持ちがよく分からないんです。小さい頃から周りは九条彰じゃない、その後ろにある九条コーポレーションを見ていた。誰も俺なんて見ていない俺の性格や言動なんて聞いちゃいない。だから、俺周りが望む俺でいようって自分で仮面をつけたんです。皆が望む九条彰。そうしたら全部全部上手くいってだから色んな仮面をつけるようになったんです。人当たりが良くて明るくて優しい、そんな九条彰を皆望んでいたから」  そうぽつぽつ話す九条君に俺は短く相槌を打つことしかできない。 「そうしていくうちにどんどん本当の自分ってものが分からなくなってきて自分がつけた仮面で雁字搦めになって、あ、俺の意思って、感情ってなんだろうって、そんな時あの人は言ってくれたんです。そうやって考えるのも君の気持ちだろって。もっと物事をシンプルに考えて自由に生きればいいんだって。そう言われて目の前が晴れてく気がしたんです。だから、だから俺自分の身につけた特技を活かそうってそう思って役者になったんです。いつか本当に自分の気持ちと向き合えるようになって自由になれるんじゃないかって、でも現実はそんなに甘くなくてむしろ学生の頃より芸能界に入ってからの方が仮面をつけることが増えちゃって......だからあの時疲れないかって聞かれた時本当は結構疲れててそういう態度を見抜かれたのがちょっと悔しかったんですけどでも、嬉しかったんです」 「九条君も自由に憧れているんだね」 「笹原先生は自由じゃないんですか?」 「おれ、は......」 「俺、先生には失礼かもしれないですけどちょっと先生のこと似てるかもって思ってしまいました。自由になる為に今の世界に飛び込んだのに色んなものに雁字搦めになって結局自由なんてもの無くてどうしようも無くてどうしていいか分からなくて......はは、ちょっと俺酔ってますね。こんな事誰にも話したことないのに......。今日はありがとうございました。帰ります」  何も、何も言えなかった。  彼に対して感じた衝動的な感情。  そう、自分も似てると思ったんだ。

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