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8.恋する有名人

 龍  side 「急に呼び出してごめんね」 「いえ、嬉しかったです。笹原先生にお食事に誘ってもらえて」  あの後、思い立ったら吉日と言うか、自分の気持ちを自覚してしまったらいても立ってもいられなくなってケジメをつけるべく、忙しいであろう九条君にダメ元で食事の誘いをしてみたら次の月末なら空いてるとの返信をもらいそうして以前行ったお店で会う約束を取り付けた。 「懐かしいです。ここ笹原先生が初めて連れてきてくださったお店ですよね。もうあれから1年近く経つんだなって思うと月日が経つのは早いなって思いますね」 「それは俺も思う。学生の頃はあんなに遅かった時の流れが今ではもうすっかり早くなってあぁ、歳取ったなぁって最近よく感じるようになったよ」 「何だかそれおじさんくさいですよ、笹原先生。まだまだわかいじゃないですか」  そう言って笑う彼の顔を見て心臓が跳ねる。  あぁ、本当に好きなんだな、俺。  そう思ったら何だかこの二人だけの空間にそわそわしてしまう。  俺ってこんなキャラじゃないだろ...... 「笹原先生?」 「あぁ、いや、はは、そうかなぁ。でも昔からよく弟にはジジくさいって言われるんだけどね」 「笹原先生にも弟さんがいらっしゃるんですね」 「うん、歳の離れた可愛い弟がね」 「兄弟仲、良さそうですね」 「どうだろ?自分では良いつもりなんだけど最近は結構、鬱陶しがられたりするんだよなぁ……」 「きっと照れ隠しですよ」 「そうかなぁ?」 「そうですよ」  そうやって当たり障りのない会話を続ける。  そうして食事が一段落した所で、いよいよ本題を口から出そうとした瞬間、 「「あの」」  俺と九条君の声が重なった。 「あ、ごめんなさい」 「いや、こっちこそ......」  若干の沈黙。  先に沈黙を破ったのは彼の方だった。 「あの、実は俺笹原先生に言いたいことがあって、」  こ、これは!?  よくある物語の展開......!  いやいやいや、ないないない。  小説家だからって夢見すぎだわ。  ひくわー。  自分の考えに引くわー。  そんな俺の脳内の葛藤を知ってか知らずか九条君が真面目な顔で口を開く。 「笹原先生......いや、笹原先輩。俺ね、俺あなたに会ったことあるんですよ」 「え、」  全く予期していなかった言葉に思わず間抜けな声が零れた。  そんな俺に苦笑しながら彼は続ける。 「たった一度だったけれどあなたはもう忘れてしまっているだろうけれどあなたにとってあの時俺に言ってくれた事は多分何気ない事でもしかしたら俺とあなたを重ねて自分自身に言い聞かせていただけの言葉だったかもしれないけれどそれでも、それでも俺は……!おれは、あなたのその言葉で約束で救われた。今の、今の俳優としての九条彰がいるのはあなたのお陰なんです。俺にとってあなたは神様みたいな、いや、神様なんです。あの頃からずっと......!」 「っ......」 『神様みたいですね』  九条君のそう言って涙をこらえるように笑おうとする下手くそな笑顔を見た瞬間、ずっと九条と初めて会った時感じた胸の突っかかりが取れて、瞬間、思い出した。

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