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12.恋するアイドル

 陽仁 side  席に座るよう促され、オーダーを取りに来た店員さんに珈琲を頼む。  店内に控えめに流れている音楽よりも時計の針が進む音の方がやけに気になってさっきからうるさいくらい鳴り響いている心臓の音は相も変わらず落ち着く様子は無く、小さく息を吸う。  そんな僕に対し、目の前に座る人物は特に何か話しかけてくるでもなくただ黙って眺めている。  そんな視線に耐え切れなくなったのと、DMが来た瞬間から僕の中にあった仮説が正しいのか早く証明したいという気持ちが湧きあがって 「貴方は、僕の父親なんですか」  なんて言葉が僕の口から飛び出ていた。  唐突すぎたかな、いやでも聞くなら早い方が良いし、何よりずっと沈黙のままなのも耐えられないし……  そんな風に葛藤しながらも目の前の人物の方へ視線を向ければ、その人は目を大きく開いて、そうして曖昧に笑って微笑んだ。  その表情の真意がくみ取れなくて、更に質問を重ねようとした僕の言葉を遮って 「君は、恨んでいるかい」  と、目の前の人物が突然そんな言葉を吐き出した。 「え」  一瞬、何を問われたのか理解が出来なくて思わず呆けた声を出してしまった。 「君の事を施設に置き去りにしてしまったこと、恨んでいるかい」  何も答えない僕に対し再びそう、問いかけてきたその内容にこれが先ほどの僕の質問に対する答えなのだと瞬時に理解する。  それと同時にその問いにどう答えるべきか分からず押し黙ってしまう。  恨んでいるか?  恨んでいるかだって?  そんなこと……考えたこともなかった。  僕にとって親と言う存在は顔も知らない存在で、生きているのか死んでいるのかさえ分からない状態だったから。  それに対してどうこう思ったこともなかったし、正直どうでもいいと思っていた。  そう、思っていたはずだったんだ。  けれど、今日、突然送られてきたDMに書かれていた家族の文字、その単語を見た瞬間、興味が湧いた。  今まで特に自ら知ろうとも、探そうともしていなかったくせにおかしな話だとは思うけれどそれでも知りたいって今朝の自分は強くそう思ったんだ。  だからここに来た。 「……恨んでいるかどうかと聞かれても正直特にそう言った感情はありません」  考えた結果、素直にそう、返す。  そんな僕の正直な言葉に男の人は苦笑して、「そっか」と呟き、再び重い沈黙が僕らの間を流れる。 「お待たせいたしました、ホット珈琲です」  そんな沈黙を破ったのは僕の注文した珈琲を届けてくれた店員さんで「ありがとうございます」と、小さくお礼を言って届けてもらったばかりの珈琲を口に含む。  あ、美味しい。  緊張で珈琲の味さえ分からないんじゃないのかと思っていた僕の予想は裏切られて思わず緊張の糸が緩んだ。  そんな僕の気持ちの変化に気づいたのか男の人が柔らかく微笑むものだからなんだか落ち着かなくて僕はもう一口珈琲を口に含んだ。

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