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13.恋するアイドル
陽仁 side
そうして再び沈黙が続いた後、先に口を開いたのは目の前の人物だった。
「……君のお母さんの話をしても良いかな」
「聞かせてください」
即答だった。
そんな僕の返答に軽く笑って、そうして小さく眉を下げて男の人は語りだした。
「君のお母さんはね、元々身体の弱い人で君を授かった時、周囲の人間は産むことに反対していたんだ。けれどそんな周囲の反対を押し切って君を産むことを選んだ。身体は弱かったけれど芯のあるとても心の強い女性だったんだよ。けれど神様は残酷だね、どれだけ心が強くとも、どれだけ周囲の人間が無事を祈ったとしてもいとも簡単にその願いを蹴り飛ばしてしまう。彼女は君を産んですぐ亡くなってしまった。生まれた君をその手で抱くこともできず天国へと連れていかれてしまったんだ。そうして残された君の事をきちんと育てていけるのか急に不安になって施設に預けた。」
そう言って一度小さく息を吐き出して、男の人は再び言葉を続ける。
「こんなことを言っても信じてもらえないだろうけれど君の事を忘れたことは無かったよ。意を決して、一度迎えに行ったこともあるんだ。だけどね、君の幸せそうな顔を見て今更保護者面するのも躊躇われた……いや、言い訳だね。怖かったんだ。君に拒絶されることが」
そこで言葉を区切って小さく眉を下げて笑うその人に
「だったら、何で今になって突然声をかけてきたんですか」
なんて至極当然の疑問が口をついて出ていた。
そんな僕の言葉に対して躊躇いながら男の人は口を開く。
「……テレビに映った君を見て驚くと同時に嬉しく思った。これでいつでも君の近況が分かるって。けれど自ら会いに行くつもりは無かったんだ、本当だよ。けれどテレビの中で幸せそうに笑いながらもどこか寂し気な君を見ていると段々心配する気持ちが蓄積されてね、そんな資格無いとは分かっていてもそれでもずっと気がかりだった。特に最近元気がなさそうだなって感じることが増えてそれで居ても立っても居られなくなって昔、まだ君がそこまで有名でなくて鍵もかけていなかった趣味のSNSを見つけていたことを思い出してね、思わずコンタクトを取ってしまったんだ。ただ、送ってしまった後に随分不審なメッセージを送ってしまったな、と後悔も反省もしたし、まさかこうして君が会いに来てくれるだなんて思ってもいなかったから実は今物凄く驚いているんだ」
その話を聞いて色々な情報が一気に頭の中に入ってきてどう処理していいのか、どんな感情を出せば良いのか分からなくて黙ってしまう。
男の人は一通り自分の伝えたいことは伝え終わったのかそれ以上何か言いだすことは無く、黙ったままの僕に言葉を促すこともせず、いつの間に頼んでいたのか店員さんが運んでくれた紅茶を口に含んでいる。
母親が亡くなっているってことも結構大きなことだし、趣味のアカウントを特定されていたってのもどうやってとかよくできたなとか色々思うこともあるし、確かに考え無しにあんな不審なメッセージでホイホイ呼び出された僕って結構危機管理能力無いのかなとか反省することもあるけれどでも、それよりもなによりも
幸せそうなのに寂しそう
最近元気が無い
そんな言葉を言われたことに驚いた。
アイドルは見てくれている人達に笑顔を届ける職業だって僕は思っている。
その為には自分自身が常に笑顔でいることが大切だって。
あくまで僕の中のアイドル像はそうなっている。
だからどんな時もいつでもアイドル春日野陽仁は笑顔でいた。
周りの人はそんな僕を見て明るく元気な人間だって思ってくれたし、笑顔になってくれた。
それなのにこの人は僕のちょっとした感情の変化に気づいていたって言うんだ……
そんなの柊真以外初めてだ。
父親だから分かるのかな……
そう、考えた瞬間、心の奥底にじんわりと温かい何かが広がった。
初めて感じた親の愛……
両親に興味が無い、柊真さえいれば良いと思っていた。
今でもその気持ちに嘘は無い。
無いはずなのに何でだろう、この心に広がる温かさを心地よく感じてしまったんだ。
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