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23.恋するアイドル
陽仁 side
「はると」
「っ、」
そうやって僕の名前を呼んだのは春日野瑛翔、僕の本物の父親で突然の事に何の言葉も出て来なかった僕に構うことなく目の前の人物はゆったりとした歩調で近づいてくる。
距離が近くなって来た途端ツンッと鼻を掠めたのは
お酒の匂い……?
その匂いをかぎ取って、思わず眉間にシワが寄る。
そんな僕の反応が気に食わなかったのか
「なんだその目は」
だなんて言って睨んでくる顔は完全に据わっていて、相手が相当な量お酒を飲んでいることは一目瞭然だった。
「父親が会いに来てやったんだぞ、もっと喜ぶこともできないのか!そもそも父親が困っているのに助けないなんて人としてどうなんだ!!わざわざ会いに来てやったのに、事務所の人間を使って追い払うだなんて酷いことだと思わんのか!?」
そんな風に脈絡もなくただ怒鳴るだけの言葉に何の感情も湧いてこない。
そうしてただ目の前で吐かれる暴言に対し、何の反応も示さず立ち尽くしていれば不意に拳が振り上げられた。
あ、殴られる
だなんて他人事のように思ったものの身体は動くことなく、衝撃に備えるように目を瞑った瞬間
「っ、何してんだよ!!」
僕の耳に飛び込んできたのは柊真の声だった。
その声に目を開ければ、焦った顔をした柊真が振り上げられた腕を強く掴んでいた。
「はな、っせ!!」
柊真に掴まれている手を振りほどこうと勢いよく腕を振ろうとした父親から素早く柊真が距離をとる。
その行動によって父親はたたらを踏む。
父親が再び口を開こうとしたがそれを遮ったのは父親を力強く睨みつけた柊真だった。
「何しようとしてたんだよ」
「……」
「ただ好き勝手怒鳴り散らすだけ散らして挙句の果てに拳まで振り上げて」
「お、俺はそいつの父親だ、親に反抗的な態度をとった子どもに対して躾を行うのは当然の行為だろ、例え息子が成人していたとしても、なぁ陽仁!」
突然話を振られて反応が遅れる。
けれどその父親の言葉に対して何も言葉が出て来ない。
「っ~!捨てたくせに!勝手なんだよ親だからって今更突然現れて父親面すんな!勝手に自分から手を離したくせに!!陽仁の気持ちをなんも考えてねぇあんたに陽仁の父親を名乗る資格はねぇ!!」
何も言えない僕の代わりだとでも言うように柊真が声を荒げる。
「陽仁くん!柊真くん!」
「しょうごさん……」
僕らの名前を呼んで駆け寄ってくる菖吾さんの姿を目の端に捉えてやっと僕の口から言葉が零れた。
そんな僕に一瞬だけ意識を向けた柊真と目が合う。
けれど直ぐに僕から視線を外して再び目の前の父親を睨みつけて
「例えお前が陽仁の本当の父親だったとしても、一度手を離したお前に陽仁の人生に関わる資格はねえよ、俺が絶対ぇ許さねえ」
と、言い放った。
そんな柊真に続いてこちらにやってきた菖吾さんも僕を背に隠すように立ち、凛とした態度で言い放った。
「これ以上騒ぎを大きくなさるならこちらも事務所の勢力を上げて法的手段を取らせていただきます」
その言葉に己の不利な立場を感じ取ったのか、小さく舌打ちをし、おぼつかない足取りで去っていく。
そんな父親の後ろ姿をじっと眺めていても僕の心には何の感情も湧いてこなかった。
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