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29.恋するアイドル
陽仁 side
「陽仁、明日仕事終わったら話がある」
だなんて言って柊真に呼び出されたのは桔平さんと初めて会ったカフェだった。
話があるなら同じ家に住んでるんだし、わざわざ外に出る必要もないんじゃないのかな、なんて考えがほんの少し浮かんだけれど真剣な柊真の表情の中に微かな緊張を感じ取って浮かんだ疑問は呑み込んだ。
けれどわざわざ指定してきた待ち合わせ場所が例のカフェだったこともありなんとなく、なんとなくだけど察しがついていたんだ。
向かったカフェの一番奥の席、初めて会った時と同じ場所。
仕事終わりの僕を待っていたのは柊真、ではなく少し眉を下げて困ったように笑う桔平さんだった。
「あまり驚かないんだね」
「柊真がここを待ち合わせに指定してきた時点でなんとなくだけど察しがついていたから」
そんな僕の言葉に小さく「そっか」と、呟いた桔平さんの声音は何故だか少し嬉しそうだった。
そうやって僕らの間に落ちた沈黙を先に破ったのは桔平さんだった。
「来てくれて嬉しいよ」
「僕も会って聞きたいことがあったから」
「うん、長くなるけれど聞いてくれるかい?今度はきちんと包み隠さず全て本当の事を伝えたいんだ」
「聞かせて、聞かせてよ桔平さん」
僕のその言葉に桔平さんは小さくはにかみながら頷いた。
■□■
「騙すつもりはなかったとはいえ結果的に核心的な事には触れず騙すような形になって本当に申し訳なかったと思っている。許してほしいとも言えない、けれど陽仁、君が僕の事を初めて柊真くんと会った時父親だと、言ってくれたことそれが例え勘違いからきた言葉だったとしても嬉しかったんだ」
全てを離し終えた桔平さんは心なしかスッキリとした表情でそう、言葉を区切った。
「……お母さんは」
「ん?」
「お母さんは僕の事どう思っていたのかな……」
「姉さんの訃報を知ってから仕事にかまけて読めていなかった姉さんの手紙を読んだんだ。その手紙にはね、君を宿してからどれだけ嬉しいか、早く会いたいか、君への愛情で溢れていたよ」
「そっかぁ」
それから桔平さんはお母さんとの昔話を色々してくれた。
お母さんの事、こんな形で知ることになるなんて思わなかった。
桔平さんともこうやってまた会って話ができるだなんて夢みたいだ。
それもこれも……
「柊真くんに感謝しないとね」
一瞬心を読まれたのかと思った。
同じタイミングで同じことを思っていたから。
そんな僕の沈黙と表情をどう捉えたのかは分からないけれど桔平さんは苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「怒られたんだ」
「柊真に?」
「そして最後にもう一回ちゃんとあいつと会って話をして欲しい。って、そう言われて心が動かされた。本当に良い子だね、柊真くん」
「……うん、最高の相方だよ」
曖昧に笑って言った僕の言葉に桔平さんが小さく笑って口を開く。
「愛だね」
「愛?」
「陽仁のことすごく大切に思ってくれてる」
そう、微笑んだ桔平さんの表情や声音がすごく優しくて、暖かくて何だか胸がくすぐったくなった。
そして同時に今すぐ柊真に会いたくてたまらなくなったんだ。
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