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008 気になるヤツはいる:S

 月曜日から3日間のテストが終わり。  水曜の午後は、久しぶりに武術部で汗を流した。  学業に力を入れてる蒼隼(そうしゅん)学園の運動部は少なく、どこも緩い。  武術部は特に決まったものを極めるために鍛錬する場じゃなく、いろいろな武術をちょこちょこやる。  学園が手配した指導員が2、3ヶ月間くらい、だいたい週2ペースで俺たちに指南して去り。また別の武術を教える人間がやって来る。  何の流派なのか。何て武術なのかよくわからないものもあるが、誰も気にしない。  それ以前に、その武術に興味があるヤツだけ指導を受ければいいってことになってる。  何らかの闘う術や身を守る術を教わりながら、とりあえず身体を鍛えられればそれでいい……武術部員はみんな、そのスタンス。  なぜかというと。  うちの学園一の筋トレマシンとグッズがそろってるからだ。  体育館の半分弱のジムみたいなスペースが武術部の活動場所で、そこにある用具は好きに使える。  だから、武術といってもただの名目で。まんまジムとして利用するヤツが多い。  特に。学校と寮の行き来が徒歩5分だけの寮生にとっちゃ、身体をなまらせないのにちょうどいい部ってとこだ。 「ずいぶんがんばってんじゃん」  チェストプレスを終えて休憩してると、部内で一番親しい竹下和希(かずき)が来た。 「10日間、ろくに運動してないからな」 「俺も。ヒマだし」  隣に腰を下ろし、和希が俺をじっと見る。 「紫道(しのみち)さぁ、高校入ってから誰ともつき合ってねぇんだっけ」 「ああ……」 「中学ん時は男とも女ともやったことあるって言ってたじゃん?」 「う……ん、まぁ……そうだが……」  話すようになったはじめの頃。  確かに。聞かれて、経験は一応あると答えた。 「恋人ほしくねぇ? お前モテんだろ。うちの後輩にも何人か告られてたし」 「特にほしいとは思ってない」 「俺はほしいよ。もう2ヶ月、男なしだ」  夏休みの終わりに恋人と別れた和希は、ゲイでリバだ。2年になって190の大台にのった俺より10センチ背は低いが、同じくらい鍛えた身体をしてる。 「お前んとこのかわいい子、確かフリーになったよな」 「新庄か?」 「そうそう。うちのクラスでも人気あるし。あーお近づきになりてぇ」 「お前、新庄なら……抱きたいって思うのか?」  ふと、気になった。  前の彼氏には抱かれていると言っていた和希。  タチもネコも出来るヤツは、相手によって変えるのか。  相手もリバだったら、その時の気分でどっちもアリなのか。 「もちろん。だってあいつ、ネコだろ? 見た目のまんま」 「……そうらしいな」 「ああいう子、お前は抱きたくなんねぇ?」  数秒。反応が遅れた。  今まで、男を抱きたいと思ったことはない。  女は……。  セックスの知識を得てから、女とやるのは気持ちいいんだろうなっていう認識は漠然とあった。  実際にやって……気持ちよくはあった。  けど、それだけだ。  また女を抱きたいってまで、気持ちはいかなかった。 「俺は……」 「お前、もしかしてネコなの!?」  新庄とやりたいと思ったことはない。  そう言おうとして、同時に聞かれた。和希の瞳に驚きの色。 「どう……だかな」  そうだって断言するには、心許ない経験値しかない。 「わけあってつき合ったヤツに突っ込まれた。好きってのも、抱かれたいって気も全くなかったが……嫌なのに、身体はその気になっちまうように……なった」  思い出して、嫌悪と悔しさが湧く。  それ以上に。  身体が快感を思い出すのが不快だ。 「あー……ケツは嫌でも気持ちいいしなぁ。そこでイクの覚えちまったら、まぁ……しょうがねぇよ」  突っ込まれる快感を知ってる和希が、薄く笑みを浮かべた。 「そいつと、あと女と1回。男を抱いたことはないんだ」  さらに言うと。 「じゃあさ」  からかい半分の瞳をした和希が。 「俺とやる? 抱いていいぜ」  もう半分に欲情を覗かせて俺を見る。 「何……バカ言うな。お前は友達だ」 「だから。遠慮すんなよ。女抱けんならタチもイケるだろ」  思わぬオファーに面食らう俺に、平然と言う和希。 「だからって……無理だ。好きな相手じゃなけりゃ……」 「いんの? 好きなヤツ」 「いや……」  いない。  好きなヤツなんか、いたことはない。 「いないが……好きって思うヤツと……やりたい。恋愛感情っての……よくわからないが、そういう相手じゃねぇと……お前のことは友達として好きだが……ごめん」  うまく言い表せない俺に、和希が笑う。 「紫道って、カタいのな。つーかマジメ? オトメ? 遊びでセックスはしねぇってことだろ」 「……身体だけってのに懲りた」 「そんなひでぇ男にあたったんかよ」 「ほかがないから比べられないが……たぶんな」 「いねぇの? ちょこっとでもいいなって思えるヤツ」  探るように見つめる和希から、逸らしたくなる視線を留める。  気持ちを表に出すのが苦手な俺は、あまり親しくない人間と気さくに話すのも得意でなく。(たすく)以外でエロ相談出来る友達は、和希くらいしかいない。  ちょうど、あいつみたいに軽くセックスのオファーされたところだし。  あいつ……玲史の真意が少しは見えてくるかもしれない。  自分じゃ掴めない俺のこのモヤモヤを、少しでも晴らすヒントが見つかるかもしれない。    聞いてみる……か。 「和希。お前、俺に恋愛感情はない……よな」 「んー特には。友達の好き?」 「そんなんで、やる……とか。ただの性欲処理か?」 「そこまでドライじゃねぇよ。やったら情湧いて恋になる可能性はアリ、くらいの気持ちはあるかなぁ。何とも思わねぇヤツ誘うほど飢えてねぇし」  無意識に、ちょっと身構えた。 「おい。友達に襲いかかったりしねぇって。つーか俺、力じゃ敵わねぇだろ」  もともと上がってた和希の口角がさらに上がる。 「ま、気にすんな。お前がやりたくなったらやんのは歓迎だけどさ。タチでもネコでも。あ。俺がフリーの時なら、だぞ」 「そういう感覚……か」  なんとなく。わかるような、わからないような。 「どしたよ? 何悩んでんだ?」 「……気になるヤツはいる」  さっきの問いに答える。 「お前と似たようなノリで、誘ってくる。友達として好きだ……とは思う」 「へぇ……」  好奇心アリアリの瞳で、和希が俺を覗き込む。 「で、俺と違うのは?」 「動揺しちまう……エロい目で見るつもりはねぇのに……」  想像する。  頭が。勝手に。 「反応すんだ? いいじゃん。誘いに乗ってみれば」 「俺は……」 「好きなんかもよ?」  玲史を……!? 「とりあえず、前向きになれ。もちっとゆるーく考えなきゃ、お前のセックスライフ、この先ずっと真っ暗だろ」  見つめ合う和希の瞳は明るく、ポジティブだ。 「そうだな」  息を吐いて頷いた。  前向きに。  今度、玲史と……話してみるか。  そう決めると少し楽になり。  夕方まで、久々の筋トレに精を出した。

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