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009 いいしおどき:S

 木曜。  テストが終わった翌日の6限の清掃も終盤。ダラダラ時間潰しに入った頃、ちょうど玲史と二人になった。 「次は学祭だね。お化け屋敷なら、僕はお化け役やりたいな。メチャビビらせて楽しむの。紫道(しのみち)は?」  教室の窓辺の棚に腰かけた玲史と、なんてことない会話中。 「俺も驚かす役がいい。エスコートとかは苦手だ」 「人見知りってわけじゃないし、寡黙で硬派に見えるけど……実は情が深くて恥ずかしがりやでしょ? あと、ほんとはけっこうエロいはず」 「そ……んなんじゃ、ない……ぞ」  いきなりで。  エロいってのを否定する語気が弱かった。 「焦ってる? 自覚あるなら、エロいとこ見せてほしいなぁ」  僅かに細めた玲史の目がキラキラだ。 「そろそろ……いい頃合いじゃない?」  このタイミング。  いいしおどき……と、言えなくもない。 「玲史……」  短くひと呼吸する。 「一度、お前にハッキリ聞いておきたいことがある」 「何?」 「川北! 武術部のジム。部員と一緒なら使わせてもらえるのって、曜日とか時間とかあるっけ?」  教室の前の方から。大声で尋ねながら、岸岡が近づいてくる。 「いつでも使える。人が多い時は制限かかるが……たいていは大丈夫だ」 「週3とか行っても平気?」 「ああ。部長に勧誘されても、ちゃんと断れるだろ。サッカー部の練習はいいのか?」 「そっちも週3程度しかねぇし。遅れてっても問題ねぇから。腹筋、割りたくてよ。お前行く時連れてってくれ」 「そうか。わかった」 「サンキュー。今日は?」 「行く予定だ」 「じゃ、帰りな」  男にモテるイケメンの笑顔を見せて、岸岡が去り。 「何、聞いておきたいことって?」  玲史があらためて言う。 「何でも聞いていいよ」 「お前が俺に、その……」  瞳のキラキラはそのままに。からかうような挑むような、玲史の鋭い視線に射られ、口ごもる。 「いた! 玲史!」  今度は、玲史が呼ばれた。  勢いよく教室に入ってきたのは、先週の月曜からクラスメイトになった柏葉(かい)だ。  あっという間にクラスに馴染んだ凱は、玲史ともすぐに打ち解けたらしい。 「今すぐ。頼みあんの」  俺にも友好的に話しかけてくる凱に、まだ少し気後れしちまう。  確かに人見知りじゃないが……親しくなるには時間か、きっかけが必要だ。 「どうしたの?」  玲史が棚から降りて、俺の横に立つ。   「將悟(そうご)涼弥(りょうや)がキスしてるとこ動画撮られてさー」  は……!? 「え?」  玲史も驚いた声を上げる。  俺と張るくらいゴツくてデカいA組の杉原涼弥は、將悟の幼馴染みだ。  去年同じクラスだったが、二人に色恋の雰囲気はなかった。將悟には彼女もいる。 「あの二人がキスって……」 「なんかねー、学校なの忘れて盛り上がっちゃったみたい。それネタに涼弥が敵の3年にいたぶられてるっぽいから、救出しに行くとこ。戦力がほしい」 「へーやるじゃん」 「玲史はパパッと2、3人倒せんだろ? 一緒にきて。悪者退治」 「いいよ。おもしろそう」  凱の言ってることをすぐに受け入れ、オーケーする玲史。 「お前も腕に自信ありそーだから、手伝ってくんない?」 「ああ……そりゃいいが……」  言いつつも、まだ理解が追いつかない。   「紫道は岸岡とジムでしょ」 「あ……」  そうだった。  けど、そっちはキャンセル出来るが……。 「大丈夫。僕がその分やっつけるから」 「んじゃ、玲史借りてくね」  俺に向ける無邪気な凱の瞳に、つい頷いた。  玲史は俺のモノでも何でもないのだが。 「話は明日……やっぱりあさって。土曜日、空いてたら……きみのとこ遊びに行っていい?」  唐突な玲史の言葉。  「かまわない……けど、俺の……寮の部屋に、か……?」 「そ。僕も話したいことあるし。じゃあ行ってくるね」  ニッコリ笑って俺の肩を叩き、玲史が凱と歩き出す。  その姿を見つめ、大きく息を吐いた。  考える間もなく。  土曜に玲史と話すことになった。  寮の俺の部屋で……。  誰にも邪魔されず。  ゆっくり、じっくり……。  タイミングがバッチリ合ってこうなった……と、思うしかない。  そのまま涼弥の救出ってのに向かわず、帰りのSHRに戻ってきた玲史と凱と將悟。女好きの御坂も同行するらしい。  見るからに思いつめて強張った顔をしてる將悟が、号令とともに教室を飛び出していった。  続く玲史が、俺の前で足を止める。 「いっこ言い忘れた」 「何だ?」 「岸岡に口説かれても、なびかないでね」 「なびくか」  意味ありげに首を傾げる玲史。 「紫道は遊びの誘いに乗らないもんね。安心。バイ」 「気をつけろよ。ムチャするな」  手を振る玲史に声をかけ、さっきより深い息を吐いた。

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