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010 俺も、ない:S

「てことでさ。首尾よく制圧出来たから、ケンカはしなかったよ」  次の日の金曜。  教室のベランダで昼飯を食べながら、玲史が昨日の報告を終えた。  ざっと聞いた限りじゃ、涼弥が軽くケガしただけで丸く収まったらしい。  他校生含む相手6人にも、涼弥の他校の友達ひとりを加えたこっちにも被害はなく。例の動画も悪用されないようカタをつけてきたと、玲史は満足げだ。 「ちょっと物足りなかったけど」 「ケンカが好きなわけじゃないんだろ」 「まぁね。でも、必要な時に振るう暴力は嫌いじゃないから」  涼しい顔で言ってのけ。紙パックの甘いカフェオレを啜る玲史は、自分よりデカい男を楽に拳でのせるような外見をしていない。  実際に見たことがなけりゃ、俺自身も見かけにだまされて油断しそうだ。 「それはいいとして。將悟(そうご)、見る目変わっちゃった」  唇の端を上げ、玲史が瞳を輝かせる。 「杉原のとこ向かう前、お礼にあとで僕の相手してくれる?って言ったら……SMでも何でもつきあうから手貸して、だって」 「そりゃ……」 「わかってる。それだけ必死で。杉原を助けたかったんでしょ。もちろん、冗談だって言ってあげたし」 「友達を試すな」 「かっこよかったよ。ハッキリ告白して、ビシッと怒鳴りつけて」  將悟と涼弥は両思いだった。  それを知らないまま、涼弥が一方的にキスしたと思い込み。撮られた動画のために敵対する3年、水本の言いなりになった……誤解とタイミングの悪さが引き起こした事態ってことだが。  見方によっちゃ、昨日のことは二人にとって悪いことばかりじゃなかったみたいだ。  朝、これまでと違った雰囲気で、仲良く話してるのを見たからな。 「紫道(しのみち)は気づいてた? 將悟と杉原がお互いに……って」 「いや。どっちもノンケだと思ってたぞ」 「だよね。ゲイなら誘っとけばよかった、杉原」 「は……!?」 「好みのタイプだったけど、遠慮してたのに」  俺を見る玲史の瞳が笑う。 「きみが一番好み。でも、全然相手してくれないんだもん」 「俺、は……」  言葉が続かない。  聞こうと思ってることはある。  けど、今……いきなりは……。 「杉原、ずーっと將悟が好きだったみたい。將悟は自覚したの最近らしいけど。言わなきゃわかんないし、態度に出さなきゃ気づかないじゃん? 普通は」 「そうだ……な」 「だから。きっかけは何でも。杉原も將悟も、動いて正解だよ。先に進めて……幸せそうでしょ」  窓から教室の中に向ける玲史の視線を追うと、ちょうど涼弥が將悟のところへ一直線に歩いてくのが見えた。 「あ! 昨日、電話で頼んだこと。御坂に確認した?」 「休み時間に簡単に聞いた。学校終わったら寮のCルームに、一緒にいることになってる」 「よかった。今日の、僕は行けないけど。ケンカにはならないはずだから」 「玲史。電話じゃ、(かい)たちが寮で何かやるからつき合ってあげてって言われただけで……御坂に聞いても、イマイチわからない。結局、凱が江藤と話するだけだろ?」  わかってるのは。  凱が、3年で生徒会長の江藤の部屋に行くこと。  その目的は、噂の真偽を確かめるために話をすること。  その真偽とは、江藤が生徒を脅してレイプされたと言わせてるか否か。  そのレイプは実際にされてるのか。  その話し合いで凱が襲われた時のために、將悟たちが見張る……。 「江藤がレイプ魔ってのは、ガセじゃないのか。生徒会長だぞ」  生徒会役員選挙が半分人気投票なのは知ってるが、きっちり仕事はこなされてる。  加えて、江藤は素行も学力も優等生だ。  見た目が本性と合致しない例は多々あるのも承知の上で、レイプなんぞするように見えない。 「うん。僕も、あの男はタチじゃなくてネコだと思う」  玲史が頷く。 「凱もそう思ってるから、あるとすれば逆レイプ。凱に自分をやらせるんじゃないかって。噂もほんとは逆だよ、きっと」 「……何でそんなことする?」 「淫乱なんじゃない? 頭の出来を維持するのに、男がいないとダメなセックスジャンキーなの。しかも変態の。それについてける恋人がなかなか見つからなくて……とか?」 「ひどい言い草だな」 「ただの予想。でも、將悟はマジメに心配してるよ。凱に被害があったらって……あの二人、あやしいよね?」 「將悟は涼弥と、なんだろ。それも最初は信じられなかったが……」 「今見ると納得でしょ。特に杉原の態度が豹変してるから。杉原が凱を警戒してる感じなのは、やっぱり將悟と何かあったせいかも……ま、どうだとしても」  笑みを浮かべる玲史の瞳がギラつく。 「男もイケるなら、將悟も一回抱いてみたいなぁ。前は興味なかったけど、思ってたより手応えありそう」 「おい……」 「二人がケンカした時は、僕がそれぞれ慰めて……嫌なこと忘れさせてあげたい」 「不吉な妄想するな。人の恋愛の邪魔もするな」  呆れる俺に、方眉を上げる玲史。 「邪魔が入って壊れるくらいなら、大した恋じゃないでしょ。僕は自分の恋愛ってないから想像だけど」 「……ないのか? あ……恋愛、したこと……」  ためらいながら、尋ねた。 「ないよ。一度も」  あっさり答え。 「紫道はあるの?」  問い返される。 「俺は……俺も、ない」  嘘はつかず。 「セックスの経験あるんでしょ?」 「……ああ、少しは……」 「バイだっけ? 男に抱かれたことあるよね?」 「……ひとり、な」  正直に答える俺を。鋭い瞳で見つめること十数秒、玲史の表情がやわらかくなった。 「そこんとこ、明日聞かせて。きみの話したいことと、僕の話したいこと……じっくりね。お昼食べてから2時くらいでいい?」 「いい、けど……お前の話って……」 「明日。楽しみにしてて。僕は楽しみだよ。紫道のとこ行くのはじめてだし」 「玲史……寮の部屋に来るの、オーケーしちまったが……」  さっきから歯切れの悪い自分が情けない。  それでも、これだけはハッキリしておかなけりゃな。 「大丈夫。絶対に襲わないから」  先に玲史が言った。  何故か、すごく楽しげに。  目を瞬いて。ゆっくり頷いた。 「わかってるならいい」 「きみの意志に反するようなこと、僕はしない……そう思ってくれてるでしょ?」 「まぁ……友達として信用はしてる」 「よかった」  土曜の夜にもそう思えてりゃいいが……な。  玲史の笑顔を見つめながら、心の中で呟いた。

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