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011 セフレの恋人:R
「玲史……くん?」
学園から2つ離れた駅前のカフェで。呼ばれて顔を上げたら、知らない男がいた。
カジュアルな黒のジャケットにカーキ色のパンツ。細身で中背。長めの黒髪で、涼しげな整った顔立ち。
悪くないけど、超マジメで神経質そう。
大学生かな。
「誰?」
確実に知らない人で。
今年卒業した蒼隼 の先輩っていうのはあり得るかもだけど、見覚えないし。
名前呼んでるから、ただのナンパでもないし。
「俺は宮内幸汰 」
あ……。
誰かわかった。
清崇 の彼氏だ。
そして。
僕の顔と名前を知ってる。
清崇に写真撮られたことなんかあったっけ?
スマホやカメラを向けられた記憶も、ましてや一緒に自撮りした記憶もない。
恋人同士でもないのにそんなことしない。
名前は、メールアプリでわかるから……清崇がウカツにもスマホ見られたのかな。
てことは。
僕と清崇の関係も知ってるよね。
「はじめまして。高畑玲史です」
とりあえず、笑顔で挨拶。
敵対する必要ないし、怯む理由もないし。
「来たのが清崇じゃなくて、ごめんね」
微笑んで、幸汰が正面の席に座る。
「ここで待ち合わせのメッセージ、入れたの俺なんだ」
「納得。カフェで会うなんて変だと思った」
「いつもはホテルに直行?」
片方の眉を上げて問う幸汰に、肩を竦めて見せる。
「僕も清崇も、それしか求めてないから」
「ただのセフレ?」
「そ。相性がよかっただけ」
隠すことなく事実を口にしながら、ちょっと好奇心が湧いてきた。
目の前にいるのは、セフレの恋人。
そのセフレのスマホで僕を呼び出して、普通に話してる。
怒ってないの。
悲しそうでもないの。
傷ついてるって感じがないの。
コーヒーのカップを口にして、何だか楽しげな瞳で僕を見てる。
「清崇には内緒?」
「うん。玲史くんと二人で話したかったから。メッセージは削除した。月曜に会ってるなら今週はもうないだろうし、そろそろ限界だし……来てもらえてよかったよ」
「スマホ、チェックしてたの?」
「いや。したのは今日がはじめてだ。同じ大学の友達が見かけて写真撮って、昨日……俺に忠告くれたんだ。清崇のヤツ、浮気してるぞって」
「……で、昨日の今日?」
「あいつ、ちょうどスマホ置き忘れて次の講義行っちゃったからその隙に。悪いと思ったけど確認させてもらった。きみとは半年くらいか」
幸汰は未だ涼しげに微笑んでる。
「画像で見るよりかわいい顔してるね、玲史くん。清崇に誘われた?」
「そんなとこ。見た目好みだったし」
本題は何だろ?
「清崇とはもう会うなっていうなら、問題なし。きみが伝えてくれてもいいよ。でも……」
幸汰の瞳をじっと見る。
「文句言いに来たわけじゃないでしょ。僕に何を聞きたいの?」
見つめ合うこと10秒。
「俺に画像見せたヤツの後輩が、玲史くんを知ってたよ」
幸汰が口を開いた。
「きみと……遊んだことがあるらしい」
そういうことか。
「じゃあ、聞いたんだ。僕の性嗜好」
「……きみが抱いてるのか? 清崇はタチのはずだ」
「僕とやる時はネコだよ。逆は1回もない」
「昨日はまさかと思ったけど……」
幸汰の口元に微かな笑み。
「今は信じられる。きみと会ってみてわかった」
「確認したかったの?」
「そう。清崇が男に抱かれることに抵抗ないのは、本当かどうか」
「きみが僕と同類だから」
唇の端を上げた。
「抱きたいんでしょ?」
「うん……すぐにでも」
「攻めて泣かせて……いじめたいの?」
幸汰が目を見開く。
どう出るかな?
俺の恋人にそんなことしてたのか……って、敵意を向ける?
それとも。
もちろん、そうしたい……って、僕と同類なのを認める?
「当然って言いたいけど、自信がない……加減がわからないからな」
普通に認めたのは好感持てる……でも。
加減って。
攻め具合?
「俺、男抱いたことないんだ。ていうより……セックスの経験がない」
「へぇ……」
驚いた。
僕と同じバリタチでサドだって、纏う雰囲気でわかったのに。
少し恥じらうように僕を見つめる幸汰の瞳。
そこに獰猛な欲がチラチラ過る。
実践経験があってもなくても、ドSの願望は隠せない……同類にはわかっちゃうんだよね。
「中学の頃から、ネットで見て興奮するのは男だった……しかも、陵辱系の」
そう言って、幸汰が微笑む。
「今まで誰にも話したことないんだ。初対面でこんな話、するべきじゃないけど……きみに聞いてもらいたい」
「いいよ。あ……」
スマホを取り出してタップする。
「友達。メッセ入れるからちょっと待って」
ササッと操作して。
コーヒーを一口飲んで、ニッコリして先を促す。
「どうぞ」
「セックスもSMプレイも、読んだり見たりの知識だけ。情報はいくらでもそこにあったし、それで足りてた」
幸汰が僕の手元のスマホを指差した。
「どこかおかしいのか、単なるオクテなのか……あくまでも妄想だけで、リアルでって気にはならなくて」
「誘われたことはあったんじゃない?」
パッと見、優等生っぽくて儚げなこの人を好むタチはいるはず。
「あってもノーだよ。抱かれるのはゴメンだ。俺には向かないと思う」
「まぁ、それは僕も同意」
「俺はサディスティックな欲望があるのを自覚してたけど……特定の誰かに性欲を向けることも、恋愛感情を持つこともなかった」
「今までは」
「そう。清崇に会うまでは」
幸汰が大きく息を吐いた。
「友達としての好きが、それ以上だって気づいて。はじめての感覚に……とまどったよ。あいつに好きだって言われて。俺もだって言えるまで、真剣に悩んだ」
「めでたく両思いってやつでしょ。悩むことあるの?」
「……がっかりさせるだろ。嫌われたくない」
幸汰が眉間に皺を寄せる。
「誰ともつき合った経験はないし、つき合ったら……セックスすることになる」
「タチ同士なのが問題だった?」
「うん……だけど、それはどうにかなると思ってつき合い始めた。きみとのこと聞いて、今はもう問題じゃない」
「清崇はネコもオーケー……ていうか。抱かれる快楽に目覚めさせたから。ちょうどいいじゃん」
交際開始後も続けてたセフレに言われるの、癇に障るかもだけど。
「きみに抱かれたがってるよ、清崇は。僕はもう清崇とやらないし。きみが満足させてあげて」
「……怖いんだ」
「え……?」
「自分が」
呟く幸汰が、すがるような瞳で僕を見る。
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