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026 僕にはないソレ:R
適当にもっともらしいこと言うのは簡単だけど……嘘になるもんね。
嘘つくのはそれなりに上手いけど。坂口に見破られない自信もあるけど……100パーセントはないかな。
この男、けっこう鋭いはず。
ここは誠意を持って。
「悪者こらしめるの、嫌いじゃないし。風紀委員になったらいいことあるんです」
嘘ナシでいこう。
「いいこと? 何?」
「狙ってる男が、僕とつき合うのオッケーしてくれます」
坂口が片方の眉を上げる。
「風紀に受かったら?」
「はい」
「そのための立候補?」
「そうです」
嘘よりも本当のことのほうが、この面接にマイナスかもって……思わなくもないけど。
坂口はこういうのおもしろがるタイプ。だから、プラス……って読んだ。
僕をじーっと見つめて。小さくコクコクと頷いた坂口が、視線を翔太へと移す。
「オッケー。じゃ、きみ。えーと、翔太くんは?」
「俺は、愛のためです」
え!?
隣の翔太を見る。
「愛? いいね。きみも誰か狙ってるの?」
「そう、なるのかな……」
翔太がチラッと僕を見やる。
目が合ったから、微笑んだ。同志として励ます感じで。
「俺が委員になってもつき合えるとかないですけど、好きなヤツが生徒会に立候補するんで。俺はこっちに入って、あいつをサポートします」
「へーなるほど」
坂口が顎に親指を立てる。
「生徒会役員になる想い人のため……ね」
「だから、ここで落とされるわけにはいきません」
お願いするんじゃく、凄むような翔太に。
「緊急時はさ。理由とか理屈とか、説明してるヒマないから。俺が言ったことに即従える? 疑問あっても、何でも」
坂口が問う。
「それがルールなら……はい。従います」
翔太がキッパリ答えると。
「じゃあ、今がその時で。俺を殴れ」
は……!?
坂口の命令に、翔太はためらわず。3メートル足らずの距離を一気に詰め、拳を振り上げた。
翔太はいい動きをしたと思う。
無駄なく。
素早く。
迷いなく。
でも、その拳は空を切った。
「なかなかじゃん。本気で来たな」
翔太の拳を間際でよけて、伸びた腕を掴んだ坂口の顔には余裕の笑み。
こんなヘラっとしてるのに。意外なほど反応がよどみなくスムーズだった……慣れてるんだ。こういうこと。
「玲史くん。聞いてたよね? きみも同じ。俺の言う通りに出来る?」
翔太から手を放し、坂口が僕を見る。
「はい……」
僕にも殴れって言うつもり?……って。
それはないかな。今の見ちゃってるもん。よけるの知ってたら、簡単。思いきりいけるし。
フェイントかければ、僕なら殴れると思うけど。
殴れたとしてどうなのっていう……。
「じゃあ、俺が殴るから。よけるなよ」
言うと同時に、跳ねるように僕に向かってきた坂口の手を……受けずに払った。動きは見えてたから、命令に従って威力を弱めて殴られることも出来た。
でも、受けなかった。反射的にじゃなく。わざと。
払った手をそのまま掴み、坂口の背後に回り。
「言う通りには出来るし、基本従いますけど……従わない選択も出来ます」
耳元で静かに言ったら……。
「近……っ! 俺、耳弱いからやめて玲史く……ん。犯したくなるなぁ」
至近距離で悪い瞳をする坂口を、すぐさま解放。
フザケる風紀副委員長に、やれるものならどうぞ……って。言ってやりたかったけど、堪えた。
「はー、これでおしまい」
首を回して伸びをして。坂口がドアへ。
「え……あの……」
「ベッドあっても、ここでエロは禁止だから。おとなしく待ってて」
翔太の声に振り返りそう言って。部屋を出て行こうとした坂口が、もう一度振り向いた。
「面接の結果は2人とも合格ね。だからって、気分上がって盛るなよ」
坂口が部屋を出て。
僕と翔太は顔を見合わせた。
「俺、合格?」
「みたい。僕も」
「あーッ……!」
声を上げて、翔太が両手を突き上げた。
「よかった……」
素直に喜ぶ翔太に好奇心が湧く。
「うん。きみ、よく副委員長に殴りかかれたね」
「どうしても受かりたくて。え……と、高畑さんはどうして避けたんですか?」
「んー、言いなりにならない人間も必要かなって」
一瞬、口を開けて静止し。翔太が笑った。
「どっちも正解なんですかね、坂口さんの中じゃ。合格したから文句はないけど」
「いきなりで、決められないでオタオタするのがダメとか」
瞬時に判断して動ければ。どう動いたとしてもオッケー、みたいな。
「あーそうかも。とにかくひと安心……気が抜けた……」
どちらともなく、ベッドに腰を下ろす。
「ねぇ、好きな子が選挙出るの? 1年?」
一緒に面接して合格したことで自然と親しみを感じて、気さくに尋ねた。
「はい。あいつは……生徒会、やる気あって向いてると思うけど……普段からがんばり過ぎて痛々しいっていうか。だから、せめて俺が風紀にいれば少しは楽かなと」
そういう発想……あ。
杉原も? 將悟 が役員になった場合に、こっちから支えてあげたくて風紀委員に?
好きだから……か。
「つき合わないの?」
「まだ告ってもいないし。全然普通の友達だし……」
翔太も僕に親近感覚えてるのか、プライベートな質問にも抵抗なく答える。
「すごく好きだから。つき合えなくてもそばにいられれば、今はそれでいいんです」
「友達で満足? セックスしたいとかないの?」
ちょっと意地悪な気分になった。
この子、愛のためって言ったよね。
幻みたいなソレ……みんなあたりまえのように持ってるみたい。
自分の中から出てくるのか。
誰かがくれるのか。
僕にはないソレ……僕にとっては幻だもん。
好きだからそばにいたい、それだけでいいとか。
好きなら何でもしてあげたい、出来るとか。
キレイゴトじゃなくリアルで思えるのって……ちょっと羨ましい気もするなぁ。
僕が知ってるのは、身体の快楽で相手と繋がることだけだから。
「俺、男とやったことなくて。あいつもたぶんノンケだし……俺とやるなんて考えたこともないと思います」
「へぇ……そうなんだ」
「いいな。やれたら幸せ過ぎて死ぬかも」
想像してるにしては爽やかな笑みを浮かべる翔太……なんか憎めないキャラだな、この子。
「じゃあ。早く告ってつき合って、セックスしてみなよ」
「……抱き方も抱かれ方も、わからない」
「教えるから」
初対面の子にそう言うくらい、今は心が大きくなってるみたいだ。
今、ジワジワと実感が湧いてきた。
『風紀委員になれたら、僕とつき合って』
約束通り。
紫道とつき合う……抱ける……。
うん……シアワセ、かも……。
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