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041 俺だけをほしがってくれ:S

 火曜水曜木曜と、放課後の学祭準備は順調に進んだ。  金曜日。  学祭前日の今日は、午後の授業なし。放課後も、終わるまで延々と準備が続く。  玲史は連日機嫌よく、ゾンビ屋敷の制作をしてる。  特に。俺たち担当の仕掛けに、やけに乗り気だ。 『僕に食いつかれた紫道(しのみち)がゾンビに変身! 楽しみ。やりがいあるなぁ』  実際は何にも変身しない、はじめからゾンビの格好なんだが。  玲史は、ゾンビに扮して客を驚かせたいのか。食いつく演技がやりたいのか。  まぁ、客を驚かすのは楽しいだろうし……楽しみなのはいいことだ。  そして。5、6限に生徒会役員選挙の投票があった。  同じ風紀委員の1年、木谷に頼まれ。玲史と俺は1年の津田に投票した。やる気があって立候補したっていうから、当選するといいな。 『覚悟はしとけ。俺もしておく』  選挙前に、將悟(そうご)に言った。  生徒会役員になるだけじゃなく、生徒会長になる覚悟って意味で。俺のほうは、風紀委員長だ。  それを全く望んでない將悟には悪いが、マジであり得る。  まぁ……風紀の委員長がどうのより。明日の夜。玲史と過ごす覚悟のほうが、しっかりと必要だ。  縛られることをオーケーしちまったしな。  選挙後の衣装合わせで、ゾンビの格好になった。  破れたシャツに破れたズボンの制服姿。顔は無加工。服は血糊や汚れつきだ。  自分もだが、クラス約半分の20人がボロボロのゾンビ衣装を纏ってると。なんというか……作りもんだってのはわかってても、見てて痛々しい。 「似合うね、紫道」 「そうか? お前も……」  言葉に詰まった。  お前も似合うな……って言えなかったのは。  これは衣装で。  ゾンビに襲われてゾンビになったゾンビの格好だ。  赤いのは絵の具で。  破れた服は自分で切ってる。  かわいい顔してても、玲史はタチで腕っぷしも強い。  そんなことわかってるが。  乱暴されたあとみたいで胸が痛むというか……。  ズキッと、露出度にドキッとするっつーか……!  無言で見つめる俺を、玲史が下から見上げる。 「何その顔。欲情しちゃった? 触ってほしい?」 「バッ……そんなわけねぇ、だろ……」  嘘じゃない……ギリギリ。  どっちかっていや、触りたくなった。玲史を……俺が。  いや。エロい気分になっちまったとかじゃなく。はだけたシャツの隙間から、裂け目から見える肌が……。  ダメだ。どうした俺……! 「あ、將悟。どう? いい感じでしょ?」  玲史の視線が俺から外れ、息をつく。  救いのように現れた將悟が、ゾンビ役を見回した。 「うん……バッチリ。なんか……人襲うってより、襲われた感強いけどな」 「血糊メイクすれば、イメージ変わるから。何? この格好そそる?」  玲史が將悟に手を伸ばす。 「いいよ? 返り討ちにしてあげる」 「誘うな」  咄嗟に。半分、無意識に。玲史の手を掴んで下ろさせた。 「本気にしたら、どうする気だ?」  將悟にそれはないと思いつつ尋ねると。 「なびかない男しか、からかってないでしょ。ね?」 「もちろん、俺は本気にしないけどさ……」  そんな心配全くなしってふうに同意を求める玲史に、將悟が頷き。 「なびくヤツもいるだろ。紫道がいるんだから、やめろ」  まっとうな恋人同士に対しての忠告をする。  俺とつき合ってるからってのは……玲史にとって、ほかの男を誘うのをやめる理由になるのか。  自分だけ見ろ、なんてこと言えるほど……お互い気持ちがあるわけじゃないのに、だ。 「おー玲史」  (かい)が来た。 「いーねーやりたくなる。俺がタチで」 「僕は川北がいい」  新庄も一緒だ。 「キレイな筋肉……触っていい?」  玲史とは違うかわいさの顔を傾げる新庄が、俺の開いたシャツに指先を……。 「ダメ。触ったら犯す」  新庄が俺に触れる前に、玲史が止めた。  驚いた。 「僕のかわいいネコにするんだから。お触り禁止」 「ケチ。自分は外でほかのネコ飼ってるくせに」 「今はいない。紫道だけ」  ふくれる新庄から俺へと視線を移した玲史の笑顔に、顔が火照り俯いた。  あの玲史が。  新庄が俺に触るの、嫌なのか?  独占欲なんてもん、あるのか?  プラス。  マジで俺だけ……なのか?  まぁ、今はつき合ってるんだしな。  まだやってはいないし、恋愛感情の有無も定かじゃないが、一応……。 「ほら。岸岡が見てる。あいつに抱いてって頼めば?」 「絶対、頼まない。お願いされたら考えるけど」 「へーまんざらでもないんだ」 「そんなことない!」  玲史との会話で気分を害したらしい新庄の声に、顔を上げた。  教室に入ってく新庄を追うように岸岡が続くのを、なんとなく見てると。 「玲史」  凱が口を開いた。 「ほかのヤツに触られんの嫌なら、お前も浮気すんなよ」 「あーそっか。そうなるね。僕のこと、独り占めしたい?」  問いは俺へ。 「俺は……」  玲史を自分だけのもんにしたいか……? 「行こーぜ」  気をきかせたのか。凱が將悟を促して離れていった。 「僕はさ、つき合うのって紫道がはじめてなの」  答えない俺に、玲史が言う。 「セフレがほかの男と何してようが、気にもならない。僕に抱かれる時に僕をほしがってくれればいい。それだけ」 「そう……か」 「(さとる)に誘惑されて、紫道が転んだら嫌。きみが聡を抱くとしても嫌」 「う……ッ」  玲史が俺の腹をひと撫でした。シャツの間から、直に。 「だから、特別でしょ? はじめての恋人。きみは……僕だけのものだよ」 「……お前もか?」  独り占めしたいかってのに答える前に、可能性を聞いた。 「お前も、俺だけの……」 「望む?」  楽しげで。  あやしげで。  からかうような玲史の瞳。  俺をほしがるその瞳に見つめられ……酔いそうになる。 「ああ……俺だけにしてほしい」  聞かれて、確かにそう望んでる自分に気づいた。 「俺だけをほしがってくれ」  玲史が目を細める。 「いいよ。あげる。僕がほしいのはきみだけ。もうすぐ、ね」  胸が、全身が……熱くなる。  きっと、俺も。玲史がほしいって瞳をしてる。  明日……な。

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