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042 そんなに意外なのか:S
ゾンビ役の衣装からまともな制服に着替え、お化け屋敷の最終チェックをした。
俺と玲史は風紀本部での学祭の見回りの打ち合わせで抜け、戻るとちょうど終わったところだった。
「おー、お疲れ。準備完了だぜ」
今日1日の疲労を感じさせない明るい声の主は、実行委員の岸岡だ。
「8時前に終わってよかったね。明日は7時半集合?」
「そう。ちょい早めで。それと……」
玲史に答え、岸岡が続ける。
「こっちのシフト、午後にしなくていいのか? 替われるゾンビ役いるぞ?」
「大丈夫だ」
岸岡の気遣いはありがたいが、本当にかまわない。
学祭での見回り時間分、風紀委員は自分のクラス当番の免除が可能だ。つまり、両方のシフトを重ねたほうが自由時間を多く取れることになる。
他校の彼女や他クラスの彼氏と学祭を楽しみたいなら、当然そうするだろう。
けど……。
「いいの。ゾンビやりたいって言ったでしょ」
玲史がコレだ。
俺と玲史はつき合ってて。
学祭の自由時間も一緒にいる予定で。
同じクラスで、つき合う前から親しいほうで。
クラスの当番も同じ午前中のシフト。同じゾンビ役。同じ仕掛け担当。
風紀の見回りは別々だが、時間は同じ……玲史とほぼ1日中一緒だ。
もともと、そこまで学祭であちこち見て回りたいって熱さはなく。それなりに楽しめればいい。
だから、ちょっとばかり風紀の仕事に時間を取られても気にならない。
見回りのシフトが午後になった時。クラスのシフトは午前のままでオーケーって言う玲史も、俺と同じスタンスなんだと思った……が。
『ゾンビ役の時間は削りたくないもん』
前に聞いたその言葉も、純粋に客を驚かしたいからだと思ってた……が。
『暗がりで紫道 とゾンビごっこ。観客つき。楽しみだね』
さっきそう言われ。
玲史が楽しみにしてるもんに、一抹の不安が。
でも、まぁ……学園内でムチャはしないだろう。さすがの玲史も。風紀委員だしな。
「なら、いいけどさ。あと……」
岸岡が、俺たちをジッと見る。
「お前ら、マジでデキてんの?」
聞かれて。
「うん。先週から」
玲史がアッサリ言うと、岸岡の視線が俺に向く。
「お前……すげーな。高畑落としたヤツ、はじめて見た」
「 僕が紫道を落としたの。僕のだから、手出さないでね」
俺が口を開く前に、玲史が牽制。
「出さねぇよ……ってか。あれ? 高畑お前、俺がやろーぜっつっても抱かれんのは絶対ヤダって……」
「そうだよ。僕もきみと同じバリタチだもん」
「見えねぇし……」
岸岡が、玲史を見る目をちょっと見開いた。
「え。じゃあ、お前が川北を抱くのか?」
「いいでしょ? 明日ね」
「マジ? お前ネコなの? つーか、男の噂聞かねぇから、ゲイなのわかんなかったぜ」
まじまじと見られ、居心地が悪い……のは。岸岡の瞳が今、俺をそういう対象として見てるからだ。
自他ともに認める遊び人の岸岡はもちろん。うちの学園で、俺を抱く相手って認識するヤツはほぼいない。
少なくとも、玲史にしか誘われたことはない……抱いてと言われたことはあるが。
「俺にもわからない」
脅されてつき合って、やられたことがあるだけで。男とも女とも恋愛経験はないからな。
「へ? なのに高畑にやらせんの?」
不思議そうな岸岡の顔。
俺にだってはっきり掴めちゃいない、この気持ちと欲情。知るために、踏み出した……引く気はない。
「男試すなら、言い寄ってくるヤツ抱いてみれば?」
「ちょっと!」
玲史が岸岡を遮る。
「僕たちつき合ってるの。遊びじゃないから」
「岸岡。俺は玲史と……試したいんだ」
これが恋かどうか。
「そういうこと」
満足気に俺の腕に抱きつく玲史。
「はーお前らが……まぁ、邪魔はしねぇよ」
そんなに意外なのか……玲史の外見だな、やっぱり。俺の見た目もか。
岸岡だけじゃなく。教室に残ってた数人のクラスメイトたちも、俺たちのやりとりを聞いてることに気づいた。
気恥ずかしい。慣れてないしな。
「きみは聡みたいなのが好みでしょ? がんばって落とせば」
「あーあいつ……フリーんなってからずっとコナかけてんだけどよ」
岸岡がニヤリとする。
「あと一手。明日が勝負だぜ」
「……ふうん。好きなの?」
「人気通りのイイ味してっか、食ってみたいってーの?」
「遊びじゃん」
「博愛主義って言ってくれ。プラス、俺は快楽主義だからな。やんのに大層な理屈は要らねぇんだ」
「わかるよ。僕も基本そうだから……でも。紫道とはレンアイするの。ね?」
「ああ……」
ふられて頷くも。
「恋愛ねぇ……んなの、やるための方便だろ」
岸岡の言葉を否定する自信が、俺にはまだ……ない。
「きみも僕も、やるのに愛も恋も必要ないでしょ?」
逆の意味で否定する玲史に、岸岡が笑う。
「だから、やるための恋愛じゃねぇってか」
「そ。とにかく。明日がんばろうね、学祭」
俺の腕を引いて、玲史が帰る方向へ。
「じゃあ、お疲れ」
「おう。あ、川北」
声をかけて歩き出す俺を、岸岡が呼び止め。
「参考までに聞かせて。高畑に落ちた決め手って何?」
軽く、難しいことを聞かれた。
好きになったから。
そう言えりゃよかったが……言えないだろ。
ハッキリしちゃいない。
玲史にも言ってないってのに。
「賭けをしたんだ。その結果で、つき合うことになった」
事実だ……けど、あらためて口にして。
ちょっとやるせないような。玲史とのつき合いが軽いもんみたいな。心がない、恋愛じゃない気がして。
どこかがピリリと軋んだ。
「それ、俺も使うかな。サンキュー」
笑顔の岸岡に作った笑みを返し、教室を後にした。
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