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045 理性の裏:S

 叫んだのは、玲史が首に咬みついたからだ。  ギリっと。キリッと。  せいぜい2、3秒。  確かに、痛かったが……。  同時に、玲史に乳首をいじられて。こんなとこ、この前ちょっと触られた時は何ともなかったのに。  今は、気持ちいい……なんでだ?  つーか。  さらに。  咬まれたとこから耳の下まで舐め回され。  痛みのせいか……よけい気持ちよく感じちまう……! 「う…………ッ、はっ…………はぁ…………」  マズい……声、が。  さっきのはギリギリ、痛いって感じに聞こえたはず。  けど。  コレは……ダメだろ。抑えろ!  いや。  やめろ、玲史……!  声が出ないように堪え、渾身の力で玲史の肩を掴んで押す。 「いい顔……」  身を起こしてニヤッとする玲史に。文句を言いたいが、客はすぐそこだ。  荒い息を吐く俺の頭をひと撫でし、玲史が視界から消えた。  気を取り直し、起き上がって見ると。  將悟(そうご)と、女の子2人に。スラーッと近づいてく玲史。  俺もゾンビを演るべく。ベッドから下りる。 「逃げよう!」  玲史のゾンビを目にして恐怖に固まったっぽい女子の手を引いて、もうひとりの女子が駆け出した。 「おい!」  手を繋いでたのか。声を上げつつ、將悟も一緒に。 「行っちゃったね」  振り向いて、玲史が笑う。 「もっと驚かしたかったのに」 「お前のゾンビ姿に……十分ビビったんだろ」 「將悟たちだから、笑ってみせたんだけどなぁ」 「……それ、逆効果だぞ」  血糊で汚れたキレイな顔は、無表情だとゾッとする。ニヤリとされりゃ、凄みが増して……さらにゾッとする。 「そお? じゃあ、笑顔でいこうかな。気分いいし」  言う通り、ゴキゲンそうな玲史。  何で……って。  そうだ。言っとかねぇと。  ここでエロはナシだろ……ってな。  人に聞かれる。  人に見られる。  俺たちはゾンビで、客がいる……。 「紫道(しのみち)、素質あるよ」   玲史が。 「人目があっても感じたんでしょ? 痛いのもイイみたいだし」  とんでもねぇことを言う。 「恥ずかしいのが快感になるはず……」 「玲史」  息を吸って吐く。  落ち着いて、話そう。  いや。今は時間がない。 「人がいるとこでは、ナシだ」  要点だけ。簡潔に。 「痛いのも恥ずかしいのも、よくない」 「嘘。もっとほしそうだったもん」  悪い顔の玲史……コイツのこの表情、悪くない。ゾンビメイクも相まって……。  違うだろ俺!  この話はあとにしろ。  夜、ゆっくり。ハッキリさせりゃいい。  今は。  これ以上、玲史が調子に乗らせないことにフォーカスだ。 「俺がどうでも、やめろ。マジメにゾンビ役に徹しろ」  1秒か2秒。俺をただじっと見つめてニッコリ笑う玲史と。 「わかった。戻ろ」  すぐそこの仕掛けへと戻った。  次の客に備え、定位置につく。 「あ。うちの1年だ。後ろに女の子たちも」  ミラーで確認した玲史が、ゾンビモードになって俺を見下ろす。 「みんないい反応してくれるし、お客さんいっぱい来るとやりがいあるよね」 「ああ。ここまで作って客が来なけりゃ、虚しくなっただろうしな」 「……でも。ヒマならヒマで楽しく出来るじゃん」  玲史の瞳から熱は消えてるが……。   ヒマな場合。楽しく出来るってのは、アレだろ。さっきのみたいな……エロ系。  このお化け屋敷のルート上。各仕掛けの手前に塀というか角があって、ほかのゾンビたちからは見えないようになってる。つまり、客がいない時は俺たちだけ。  誰にも見られない。  人がいるとこでは、じゃなく。ここでは、ナシだ……って言うべきだったか。  いや。学園内では、か。  キッパリ拒否れなかったのは……。  誰もいない状況なら。  少しくらい、そういうのもアリか。  あってもいいか。  学祭だしな。  ちょっとくらいは……って。  俺自身が思っちまってるのか!?  理性の裏じゃ、ゾンビ姿の玲史にマジでそそられてるとか……!? 「繁盛して、よかった」  とりあえずそう言うと。 「うん。ゾンビ頑張ろう」  玲史が微笑み。生気のない足取りで、客へと歩き出す。  数秒待ち、俺も後を追った。  目の前の客の叫び声と笑い声。  別の場所からも、お馴染みのキャーって声が聞こえる。  ほかの仕掛け担当のヤツらも、うまくゾンビ役をこなしてる。  力入れて準備したかいあって、うちのクラスのお化け屋敷は盛況だ。  客足は途絶えず、もうすぐ12時になる頃。慣れてきて余裕が出来た俺たちは、仕掛けに新たなバージョンを取り入れた。  俺の首に咬みついた玲史が客へ、ゾンビになった俺も客へ……これを、俺は動かず横になったままでいることに。  そうすると。ベッドの枕元にあるヒントカードを取るために、客は嫌でも俺に接近する。  そこを驚かせる。  バッと起き上がったり。呻き声を上げたり。腕を掴んだり。  ヒントカードってのは、このお化け屋敷の出口にあるクイズを解くのに要るアイテムで。5つの仕掛けそれぞれに、ビックリマークの目印とともにある。  謎解きも兼ねたお化け屋敷ってことで、ヒントを集める目的も一応はあるが……まぁ、なけりゃないでさほど困らない。お遊びだからな。  そんなふうに。新バージョンを交えつつ、何組かの客を叫ばせたところで。 「ねぇ。いっこ、お願いがあるんだけど」  仕掛けに戻ってきた玲史が言った。 「何だ?」  將悟たちの時以来エロはなく。聞き分けのいい玲史に少し警戒したのも薄れた今。 「きみを縛りたいなぁ。手だけでいいから」  唐突な。今、ここではあり得そうもない願いに。 「は!? 何の冗談……」  笑い飛ばすことに決めた……が。 「ダメ? イイコに頑張ってるし、残りあと1時間ないし。もうちょっと楽しみたくない?」  玲史の瞳。本気だ。  マズい。  何がマズいって。  確かに頑張ってる。  思ってたより楽しいゾンビ役も、終わりが近い。  学祭と闇と人の叫び声で、気分も上昇。  もう少し……楽しみたい気がしなくも……ない……。  お願いする玲史がかわいく見えて。喜ばせたい気がしなくも……ない……。  理性の裏。  欲、本心、本能……。  ここでノーって言える気がしねぇ……!

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