45 / 167
045 理性の裏:S
叫んだのは、玲史が首に咬みついたからだ。
ギリっと。キリッと。
せいぜい2、3秒。
確かに、痛かったが……。
同時に、玲史に乳首をいじられて。こんなとこ……この前触られるまでは、ただの突起した皮膚なだけだったのに。
気持ちいい……なんでだ?
つーか。
さらに。
咬まれたとこから耳の下まで舐め回され。
痛みのせいか……よけい気持ちよく感じちまう……!
「う…………ッ、はっ…………はぁ…………」
マズい……声、が。
さっきのはギリギリ、痛いって感じに聞こえたはず。
けど。
コレは……ダメだろ。抑えろ!
いや。
やめろ、玲史……!
声が出ないように堪え、渾身の力で玲史の肩を掴んで押す。
「いい顔……」
身を起こしてニヤッとする玲史に。文句を言いたいが、客はすぐそこだ。
荒い息を吐く俺の頭をひと撫でし、玲史が視界から消えた。
気を取り直し、起き上がって見ると。
將悟 と、女の子2人に。スラーッと近づいてく玲史。
俺もゾンビを演るべく。ベッドから下りる。
「逃げよう!」
玲史のゾンビを目にして恐怖に固まったっぽい女子の手を引いて、もうひとりの女子が駆け出した。
「おい!」
手を繋いでたのか。声を上げつつ、將悟も一緒に。
「行っちゃったね」
振り向いて、玲史が笑う。
「もっと驚かしたかったのに」
「お前のゾンビ姿に……十分ビビったんだろ」
「將悟たちだから、笑ってみせたんだけどなぁ」
「……それ、逆効果だぞ」
血糊で汚れたキレイな顔は、無表情だとゾッとする。ニヤリとされりゃ、凄みが増して……さらにゾッとする。
「そお? じゃあ、笑顔でいこうかな。気分いいし」
言う通り、ゴキゲンそうな玲史。
何で……って。
そうだ。言っとかねぇと。
ここでエロはナシだろ……ってな。
人に聞かれる。
人に見られる。
俺たちはゾンビで、客がいる……。
「紫道 、素質あるよ」
玲史が。
「人目があっても感じたんでしょ? 痛いのもイイみたいだし」
とんでもねぇことを言う。
「恥ずかしいのが快感になるはず……」
「玲史」
息を吸って吐く。
落ち着いて、話そう。
いや。今は時間がない。
「人がいるとこでは、ナシだ」
要点だけ。簡潔に。
「痛いのも恥ずかしいのも、よくない」
「嘘。もっとほしそうだったもん」
悪い顔の玲史……コイツのこの表情、悪くない。ゾンビメイクも相まって……。
違うだろ俺!
この話はあとにしろ。
夜、ゆっくり。ハッキリさせりゃいい。
今は。
これ以上、玲史が調子に乗らせないことにフォーカスだ。
「俺がどうでも、やめろ。マジメにゾンビ役に徹しろ」
1秒か2秒。俺をただじっと見つめてニッコリ笑う玲史と。
「わかった。戻ろ」
すぐそこの仕掛けへと戻った。
次の客に備え、定位置につく。
「あ。うちの1年だ。後ろに女の子たちも」
ミラーで確認した玲史が、ゾンビモードになって俺を見下ろす。
「みんないい反応してくれるし、お客さんいっぱい来るとやりがいあるよね」
「ああ。ここまで作って客が来なけりゃ、虚しくなっただろうしな」
「……でも。ヒマならヒマで楽しく出来るじゃん」
玲史の瞳から熱は消えてるが……。
ヒマな場合。楽しく出来るってのは、アレだろ。さっきのみたいな……エロ系。
このお化け屋敷のルート上。各仕掛けの手前に塀というか角があって、ほかのゾンビたちからは見えないようになってる。つまり、客がいない時は俺たちだけ。
誰にも見られない。
人がいるとこでは、じゃなく。ここでは、ナシだ……って言うべきだったか。
いや。学園内では、か。
キッパリ拒否れなかったのは……。
誰もいない状況なら。
少しくらい、そういうのもアリか。
あってもいいか。
学祭だしな。
ちょっとくらいは……って。
俺自身が思っちまってるのか!?
理性の裏じゃ、ゾンビ姿の玲史にマジでそそられてるとか……!?
「繁盛して、よかった」
とりあえずそう言うと。
「うん。ゾンビ頑張ろう」
玲史が微笑み。生気のない足取りで、客へと歩き出す。
数秒待ち、俺も後を追った。
目の前の客の叫び声と笑い声。
別の場所からも、お馴染みのキャーって声が聞こえる。
ほかの仕掛け担当のヤツらも、うまくゾンビ役をこなしてる。
力入れて準備したかいあって、うちのクラスのお化け屋敷は盛況だ。
客足は途絶えず、もうすぐ12時になる頃。慣れてきて余裕が出来た俺たちは、仕掛けに新たなバージョンを取り入れた。
俺の首に咬みついた玲史が客へ、ゾンビになった俺も客へ……これを、俺は動かず横になったままでいることに。
そうすると。ベッドの枕元にあるヒントカードを取るために、客は嫌でも俺に接近する。
そこを驚かせる。
バッと起き上がったり。呻き声を上げたり。腕を掴んだり。
ヒントカードってのは、このお化け屋敷の出口にあるクイズを解くのに要るアイテムで。5つの仕掛けそれぞれに、ビックリマークの目印とともにある。
謎解きも兼ねたお化け屋敷ってことで、ヒントを集める目的も一応はあるが……まぁ、なけりゃないでさほど困らない。お遊びだからな。
そんなふうに。新バージョンを交えつつ、何組かの客を叫ばせたところで。
「ねぇ。いっこ、お願いがあるんだけど」
仕掛けに戻ってきた玲史が言った。
「何だ?」
將悟たちの時以来エロはなく。聞き分けのいい玲史に少し警戒したのも薄れた今。
「きみを縛りたいなぁ。手だけでいいから」
唐突な。今、ここではあり得そうもない願いに。
「は!? 何の冗談……」
笑い飛ばすことに決めた……が。
「ダメ? イイコに頑張ってるし、残りあと1時間ないし。もうちょっと楽しみたくない?」
玲史の瞳。本気だ。
マズい。
何がマズいって。
確かに頑張ってる。
思ってたより楽しいゾンビ役も、終わりが近い。
学祭と闇と人の叫び声で、気分も上昇。
もう少し……楽しみたい気がしなくも……ない……。
お願いする玲史がかわいく見えて。喜ばせたい気がしなくも……ない……。
理性の裏。
欲、本心、本能……。
ここでノーって言える気がしねぇ……!
ともだちにシェアしよう!