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046 まだ何もしてないでしょ:R

「どう? キツくない?」  紫道(しのみち)の両手首を制服のネクタイで束ね、ベッドに見立てた長テーブルの脚に縛りつけ。聞いた。  人の手首を括って固定するのは慣れてるから、キツくないのはわかってる。  キツくないけど、ユルくもなく。自力で外せない固さ……これでオッケー。 「ああ、大丈夫……だ」  不安げな顔を向ける紫道。  ここ、学園の中だし。  普段の倍以上の人間がいる、学祭中だし。  ひっきりなしに客が通るし。  ほんのりエロ入っても。見られて問題視されるような真似、するわけないじゃん?  そこまでバカじゃないし。  サルじゃないし。  なのに。  その緊張気味の様子。  寄せた眉。  居心地悪そうな瞳……にもかかわらず。  高揚してる?  ドキドキしてる?  何か、期待してたりもする?  んーほんと、たまんないよね……!? 「あ」  ミラーに3人の客の姿を確認。 「待ってて。きみはこのまま、近くに来た人ビビらせて」  せっかく紫道を縛ったのに、まだ何もしてない。  繁盛して嬉しいけど……何か、したいなぁ。  なんて欲を胸に。ゾンビになって、すっかり馴染んだ動きでお客さんを驚かせる。  コレはコレで楽しい。好みの男相手ならなおさら。  でもさ。やっぱり。  もうひとレベル、上の楽しみも必要……夜の本番を盛り上げるためにもね。 「縛られたゾンビ、お客さんウケもいいみたい」  ベッド脇に戻った僕を、紫道が見上げる。 「落ち着かねぇ……外せ」 「ダメ。まだ何もしてないでしょ」  この言葉に。 「何も、しねぇって言っただろ。縛られる感覚の……予行練習なだけのはずだ」  うろたえる紫道。かわいい。  縛りたいって言った時、断固拒否すればよかったのに……オッケーしたのは自分だもんね。僕が強要したんじゃないから。  今さら文句は言えないって思ってそう。  何だかんだ、紫道は僕に甘いし。  縛った時と同じ。  ちょっと怯えて。ちょっと恥ずかしげで。ちょっとエキサイトしてそうで。  ちょっと瞳を潤ませて……欲がにじんでるふうで。  嫌だって気持ちもあるんだろうけど、何されるんだろうっていう……。  期待、してるっぽくて!  応えるに決まってるじゃん。  おとなしくただ見てるだけ、なんてあり得ない。 「言ったよ。きみが嫌がることは何もしないって」  安心させるように口角を上げる。 「僕が何かしたら、嫌?」 「俺は……」  紫道が瞳を泳がせる。 「お前がどうの、じゃなく……人前で、そういうのは……よくねぇだろ」 「うん。見たくない人もいるだろうしね」  ここは同意しとく。    でも。  常識的にはよくなくても、僕的にはプラス要素。たぶん、きっと。紫道にもプラスなんじゃないかなぁ……。  第三者に見られる羞恥プレイの入口として、いいシチュエーションだし。  それに。  將悟(そうご)が元カノたちと来た時、よさそうだったじゃん? 「じゃあさ。こうしよ」  いいこと思いついた。 「次に將悟がエスコートしてるお客が、知り合いだったら」 「……何だ? 知ってるヤツならかまわないってもんじゃねぇぞ」  眉を寄せた紫道のセリフは、もっともだけど。 「うん。でも。位置的にほとんど見えないし。もともと首筋に咬みつくフリしてるし。ちょっとリアルになるくらい、いいでしょ?」  眉間の皺を深め、紫道が考えてること……想像つく。  角度からいっても見えるのは。立って屈んでる僕の後ろ姿と、横になった自分の身体だけ。  咬みつくフリがフリじゃないのは、まぁ……少し痛いけど。何故か気持ちよさもある。  問題は。  ほんとにそれだけか?  手が使えないんじゃ、もしもの時どうするんだ?  こんなとこかな。 「ちょっと舐めて、ちょっと歯を立てて刺激するだけ。キスはしない」  紫道が口を開く前に言う。 「それで満足なの。將悟が来なかったら、この話はナシ。賭けだよ。ね?」 「玲史……」 「お客さんだ。行ってくる」  迷いつつもオッケー手前の紫道を残し、ゾンビ役へ。  続けて4組7人の客を驚かせ、彼らを見送り。仕掛けへと戻る。 「残り40分。將悟、来るかな」  出来るだけ邪気のない笑みを浮かべる僕を見て、紫道が息を吐き。 「玲史。もし……將悟が来たら、だぞ。知り合いっつっても、涼弥くらいだろ」  オッケーを出した。 「そうだね」 「俺が知ってるヤツじゃなかったら……」 「普通のゾンビを演る。エロはしないよ」  エロって言葉にピクッと反応する紫道の腕を、軽く叩く。 「大丈夫。でも……来るといいね」  運にまかすふうに言いながら。実はアテがある。  元カノたちと通ったあとも、將悟は何度も客をエスコートしてきてる。担当は女。今までの客に、知り合いっぽいのはいなかった。内部進学でずっと男子校だからかな。  將悟の双子の姉が来ることはあり得るけど、紫道は顔を知ってる程度……知り合いとはいえない。  紫道は。自分の知ってる人間を將悟がエスコートしてくる可能性は、かなり低いって思ってるはず。それにしては、迷ってたけども。  でもね。きっと来る。  女の子と一緒の(かい)が、將悟のエスコートで。  だって、言ってたもん。 『彼女と弟連れて將悟と来るから、よろしくねー』  紫道には悪いけど。  この賭けは、僕が勝つ……。  壁のミラーを見た。  口元が緩むの、抑えられない。  紫道が僕を見つめる。 「誰と一緒だ? 涼弥か……?」  信じらんないって顔の紫道に、目を細めて近づいた。 「ハズレ。凱だよ」 「凱!? 女の客じゃ……」 「彼女と弟が一緒。気合入れて驚かさなきゃ……本気で声出してね」 「玲史、待て、う……ッ」  抗議の声は気にしない。  ゆっくりねっとり、紫道の首筋を舐め上げた。

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