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049 どこにつけてもいいよ:R

「終わっちゃったね」  あれから。仕掛けに戻って、続けて3組の客を驚かして。後シフトと交替して、バックヤードでゾンビメイクを落としたところ。  前シフトでの上がりは僕たちが最後で、ほかに誰もいない。 「午後も繁盛するといいな」  血糊を拭き取った顔で、紫道(しのみち)が微笑んだ。 「するよ。ゾンビ屋敷は大成功。演るほうも楽しいし」 「ああ……そう、だな」  目を逸らして頷く紫道の身体を、じっと見る。  破れたボロ加工の制服のシャツを脱いで、裸の上半身。鍛えられた筋肉がキレイについた、少し浅黒い肌。厚い胸板にちょんと尖った小さな乳首が2つ……ここ、全然いじられてないみたいだから、ちゃんと開発しないと。  感度は悪くなかったよね……。 「玲史」  視線に気づいた紫道が、ズボンのベルトを外す手を止める。 「見てねぇで……お前も早く着替えろ」 「見られるの、興奮した?」  合わせた目で。聞いてるのは今じゃなく、ゾンビ中のことだって伝える。  (かい)たちの視界の中。抑えられず、声上げてたじゃん? 「気持ちよさがアップするでしょ」 「いや……恥ずかしい、だけ……だ」  ウソ。勃ち始めてたもん。  恥ずかしいのが快感に変換されるの。ソレ、マゾの性質だから。 「そ? 感じてたよね?」  わざとらしく目線を紫道の股間に下げた。  まだ脱いでないズボンの股部分は、さすがに盛り上がってないけど。 「見るな……」 「何もしないってば」  背を向けて、そそくさとズボンを履き替える紫道に。 「でも。してほしい時はするから、遠慮しないで言って」  からかい半分。もう半分は、本気。  これも伝わったらしく。 「そういう時は、ない」  即答し。ベルトを締め、マトモなシャツを羽織った紫道がこっちに向き直る。 「一度聞こうと思ってたが、お前は……人に見られるのがイイのか?」 「ううん」  聞かれて、首を横に振り。 「人に見られてるって羞恥心で興奮する男を攻めるのがイイの」  本音で返す僕を見つめ。口を開けた紫道が、何も言わず溜息をついた。 「飯、食おう。腹減った」 「うん」  僕の性癖にコメントせず話題を変える紫道の首筋に、手を伸ばす。  遮るように上げられた腕を押しのけて皮膚に触れると、身構えてビクッとするのが微笑ましい。 「な……にする……」  そんなに警戒しなくても。  今ここ、誰もいなくて。いても大して気にならないけど。  からかって反応見るの楽しくて。何もしないって前言、取り消してキスするのもアリだけど。  いい加減、欲求不満。軽いエロじゃもう、ガマンするのストレスになっちゃう……! 「ここ、キスマークだってわかっちゃうね」  紫道の首筋の。臙脂に染まった部分を指でなぞり、手を下ろす。 「恥ずかしい?」 「……あたりまえだ。もう、見えるとこにつけるな」 「オッケー」  見えないとこにつければいいんでしょ。腿の内側とか、脇腹とか。 「僕はどこにつけてもいいよ。きみからの愛撫も大歓迎」  ゾンビ衣装を素早く脱ぎ捨て、首を傾げてみせると。一瞬見開いた目で僕を見つめ、紫道が横を向いた。  時刻は1時17分。  風紀の見回り当番は、別エリアで僕も紫道も2時半から4時。  この1時間半を。クラスの出し物のシフト時間とかぶらせて免除してもらわなかったおかげで、自由時間は少ないけど。  ゾンビ役、楽しんだし。  学祭は、雰囲気を楽しめばいいし。  紫道も同じだから、そうしたんだし。  夜への仕込みは十分だし。  2人でいてもエロはお預けだし。  午後はゆるーく、どこか見て遊んで時間潰すだけ。  何が面白そうかな。  風紀の坂口がライブ演るっていってたっけ。  3-Bのカジノは行こうと思うけど。  まずは腹ごしらえ。  身支度を整えて、紫道を横から見上げる。 「何食べようか。やっぱり焼きそば?」 「ああ……焼きそば……食う、ぞ……」  頭の中、まだ何か邪な画が浮かんじゃって消えないのか。しどろもどろに答える紫道の腕を取って、バックヤードを後にした。  昇降口を出たところから校門までのスペースは、飲食系の屋台で賑わってる。  特に、うちの学園教師たちの店は学祭の名物らしく。焼きそば、焼き鳥、カレーライスの3店すべてが大繁盛してる。  人だかりのわりにスムーズに買えた焼きそば5パックを手に、校舎へと戻る途中。 「玲史!」  呼ぶ声に振り向くと。 「お前、この学校だって聞いてたけどよ。会えるとは思わなかったぜ」  元セフレの清崇(きよたか)がいた。 「久しぶり」  隣に、彼氏の幸汰(こうた)も。  ニコニコ顔の2人から、ハッピーオーラが出まくってる。  うまくいってるみたいで何より。 「久しぶり。元気そうだね。学祭デート?」 「まぁな。ダチのつき合いで……お!」  清崇の視線が、紫道に留まる。 「コイツが前言ってたヤツ? いいツラガマエしてんじゃん。落としたのか?」   「おい。初対面の人をコイツ呼ばわりしない。失礼だろ」  無遠慮な物言いの清崇を、幸汰がたしなめる。 「悪いね。えーと……」 「紫道だよ。先週からつき合ってるんだ。こっちは、清崇と幸汰くん」  双方を紹介する。 「2人とも大学1年で……」 「おう。よろしく、紫道」 「よろしく、紫道くん」  まだ途中なのに。かぶり気味に、清崇と幸汰が挨拶してきた。 「は……い。よろしく……」  幸汰と清崇に笑みを向けられ、ちょっと戸惑いがちの笑みを返す紫道。  そりゃそうだよね。  いきなり。知らない大学生を紹介されて。何をよろしくされてるのかわかんないもん。  僕と清崇がセフレだったこと、幸汰は知ってるし。  2人が恋人同士なの、紫道に知られて困ることもないだろうし。  紫道も。僕がセフレや適当な男とセックスしてたの、知ってるし。  だから、友達ってカテで曖昧にせず。 「清崇は、一ヶ月前までセフレだったの。幸汰くんは、清崇の彼氏」  端的に事実を言った途端、空気がピッと固まった。

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