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052 その程度の好きがいい:R
僕も嫌いじゃないけど。
みんな、ギャンブル好きなんだなぁ。
昇降口から少し行ったところにある、3-B主催のカジノ『ブルーファルコン』。開けっ放しの広い教室の店内は満席で。廊下に設けた生徒会役員選挙ベットの受付には、かなりの人数が群れてる。
「発表まで1時間。ベット締切まで30分! どんどん賭けて豪華景品ゲットしちゃってくれ!」
威勢よく客を呼び込んでるのは、学園で一番か二番人気の斉木だ。
紫道 によると、うちのクラスの鈴屋とつき合ってるらしく。この前の。寮で生徒会長から凱を救出する作戦の際、ちょっと協力してくれたとのこと。
鈴屋とは特別親しくはない。
物静かで、大人びた雰囲気で。クラス一の秀才で。こういうタイプに食指が動く男も少なくないはず。
孤高そうな精神を、肉欲に堕として壊して……支配したい、みたいな。
その鈴屋が。遊び人の斉木と恋人関係になるなんて謎。
夏前頃。斉木を含む3年生のグループから恋愛ゲームの的にされ、いろいろ不快な思いをさせられてたっぽいのに。
どんな心境の変化?
弱みでも握られて脅されてるとか?
性欲に負けただけっていうのも、なくはないかな。
そんなことを考えつつ人混みに近づくと、受付テーブルの端にいた鈴屋がこっちを向いた。
目が合って、お互いに微笑んだ。クラスメイトとしての、社交辞令的な挨拶の意で……のはずだけど。イスから立ち上がった鈴屋が、僕と紫道のほうにやって来る。
「ゲームしに来たの?」
「僕たちは時間ないから、ベットだけ。大繁盛だね」
チラと斉木に視線をやった。
それで行間を読んだ鈴屋が、溜息をつく。
「忙しくてなかなか交替出来ないみたい。ここで待っててもヒマなんだけど、せっかくの学祭だから」
仕方ないってふうにしつつも、表情はやわらかく。普段より外に開いてる感じの鈴屋に。
「何で、斉木とつき合うことにしたの?」
友達ってほど知らない相手に対して、ずいぶんと失礼で不躾な……でも、聞いちゃった。
好奇心と。受付が混んでるのもあってさ。
「しつこくされてたの、ずっと断ってたでしょ」
「うん。興味なかったから」
気を悪くせず、鈴屋が答える。
「今回キッパリやめてもらうつもりで、賭けして……負けちゃって。最初はお試しで一ヶ月、清い交際をってことになったんだけど……」
途切れた先を想定し。
「結局、やったらハマったとか?」
「……玲史」
さらに無遠慮な問いをする僕を、紫道がたしなめる口調で呼んだ。
でも、気にしない。
「確かにハマってるかな」
鈴屋も気にしてないっぽい。しかも、肯定。
黒い含みのある瞳をして、唇の端を上げ。
「遊んでるだけあって上手いし。思ってたより俺サマじゃなくて、気に入ったから」
恥じらいも照れもなく言う鈴屋。
この子も、思ってたのと違う。エロに初くないじゃん。
「そっか。賭けに負けてよかったね。勝ってたらつき合ってなかったんでしょ?」
「そうなるけど。賭けた時点で心底嫌じゃなかったんだと思う。負けても受け入れられるって気があったんだろうなって」
本当に、絶対拒否したいことなら……ほんの僅かな可能性にもオッケーしない。
ん……やっぱり。それが道理か。
「今はそこだけじゃなくて。ちゃんと気持ちがあってつき合ってる。斉木さん、けっこうかわいいんだよ……って。何言ってんだろ。ベット用紙取ってくる」
セックスの話は平然としてたのに。ノロケ出して恥じらって頭を振った鈴屋が、まだ混み合う受付へ。
「鈴屋って、わりと面白いね」
紫道に視線を向けると。
「玲史。どうした?」
少し硬めの声で尋ねられた。
「え? どうもしないよ。どっかおかしい?」
「なんか、暗い……つーか。余裕ねぇ顔してるぞ」
「そお? 気のせいじゃない。あー時間、遅れたらマズいからかな。サッと書いて行こう。誰にするか決めてある?」
風紀の見回り当番まで、20分もない。
だから。
余裕なさげに見える理由になる。
ベット出来なかったら、残念。そう考えて暗くなるのはあり得る。
ネガティブ思考は僕のキャラじゃないけど。
だから。
暗く見えるのはそのせいか、気のせいだって……スルーしてほしい。
不快な感情を、傷ついた記憶を思い出したから。
でも。それも、もう過ぎた。
無意味な感情は、要らないもん。
湧いたら捨てて。
無視して。
スルーして。
認めなきゃ、ないのと変わらない。
形がなくて、頭や心に存在するだけのモノに……力なんてないじゃん?
「一応な。それよりお前、ほんとに何もないならいいが……どこか痛いとか」
「ないってば。元気。あ。強いていえば」
鈍いとこは鈍いのに。変なとこで勘のいい紫道の瞳をじっと見つめ。
「鈴屋の話聞いて、ムラっときたかなぁ。教室で見たキスもあるし」
そう言うと。
「あ……急がなけりゃ、間に合わなくなる……ぞ」
恥ずかしげに目を逸らす紫道。
ごまかして、ごめんね。
自分が思い出したくないモノ、きみに見せる気はないの。
きみに欲情してる。
今、抱きたいのはきみだけ。
泣いて乞われたい。
心地いい苦痛に満ちた瞳が見たい。
僕以外とじゃイケないくらい、その身体を快楽で支配したい。
だけど。
心は差し出してほしくない。
そんなの、負えない。
僕なんかに、大切なモノはくれないで。
その代わり。
僕もよけいなモノはきみにあげないから。
僕の汚い部分も。
負の部分も。
きみに見せない。
だから。
必要以上に心を交わさず。預けず。
ただ気持ちよく。
その程度の好きがいい。
特別に思えるきみを……失くしたくない。
消えるのがわかってるのに、幻に縋るのは嫌。
「はい、これ。時間ないなら、あとで僕が申し込んでおくよ」
ちょうどよく。鈴屋がベットの用紙を手に戻った。
「ありがとう。助かる」
「ありがとな、鈴屋」
「どういたしまして。風紀委員、大変だね。午前中はゾンビで……遊ぶヒマないんじゃない?」
お礼を言う僕と紫道を気遣う鈴屋に。
「大丈夫だ。十分楽しんでる」
先に答えたのは紫道で。
意外で。
ほんのり赤い顔をもっと染めたくて。
「うん。楽しいよ。それに、終わってからが本番だし。ね?」
「ああ……まぁ……」
照れて俯く紫道に満足した。
「鈴屋たちもでしょ?」
「たぶん。このままずっとここにいたら、まっすぐ帰るって言ってあるんだ。カジノ以外も見たいのに。放置するなら罰がないと」
クールに言い放つ鈴屋は、Mの気ゼロな感じ。むしろSかも。
「ベットは3種類。一口100円。ハズレはお菓子だけど、今回の選挙は……カタイよね」
「ん。將悟 で決まり」
本人に自覚なさ過ぎて。嫌々選挙出たのに、当選確実は……ちょっと気の毒。
でも、恋人出来て絶好調みたいだし。最近の將悟は素を出してアクティブになったし。会長職もこなせるはず。
「そうだな」
紫道も頷いた。
ほぼ勝ちの約束されたベットでも、賭けゴトは楽しいこと。だからやる。
自分が無関係なネタなら、無責任な遊び。負けても遊び。
僕自身を僕が賭けるのも、納得してやるなら問題ナシ。
だけど。
人に。勝手に。僕を賭けられるのは……絶対にごめんだ。
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