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056 これは少々キツい:S

 風紀の見回り当番で、第一校舎を歩き始めて20分。 「やる前は、絶対女のほうがいいに決まってるって思ってたんですけど。男もアリ。男のがアリ」  一緒に見回ってる1年の西住(にしずみ)が、喋りっぱだ。 「男は、イイのもイクのもわかりやすいし。 よけいな腹芸要らないし。楽だし。気持ちいいし。男抱くのって征服欲満たされるし」  しかも、ずっと下ネタ。  これは少々キツい。  最初に。川北さんがバイって本当ですか、と聞かれ。肯定すると、今期の風紀のノンケは3人しかいないみたいですねと言い。  その後、自分のアレコレを語り出した……延々と。  この学園に来るまではノンケで。女経験はあるが、つき合ったことはない。  男に興味はなかったが、周りは男だらけ。男同士のエロも許容する環境。そこで誘われ、嫌悪感より好奇心と性欲が勝り。誘いに乗り、ハマった。  これが西住が男もオーケーになった経緯で。たぶん、ここでゲイやバイに目覚めたヤツらの多くが同じような道を辿ってるはずだ。 「かわいいヤツは、そのへんの女子より色っぽいし。すげーやりたくなる。そう思いません?」  聞かれて。  かわいいってのが、好意を持つ相手に対する感情で。  色気ってのが、欲望を刺激する何かだとして。   「そうだな」  俺も男に欲情する側だから、肯定したら。 「ぶっちゃけ、やりたいのが先で。好きとかつき合いたいとかないんですよね。川北さんは? 今、相手いますか?」 「ああ、いる。ちょっと前から……」 「男? 女?」 「男だ」 「ここの生徒ですか? 2年? 1年?」  質問攻めにあい。 「同じクラスのヤツだが……」 「2-Bですよね。2-Bといえば、(さとる)くん! うちのクラスにもファンがいますよ。フリーの今がチャンスだって言ってました」 「聡……新庄は、人当たりも面倒見もいいからな」 「俺は小悪魔タイプの聡くんより、高畑さんが好みです」 「玲史……?」 「はい。一緒に風紀委員になれてラッキーだなって 」  玲史の話題になり、さらにキツい。  エロトークに玲史を絡めてこられたら、いろいろ思い出しちまいそうで。 「そう……か」 「美少年系で、かわいくて儚げな感じがそそられます」  確かに玲史は整った顔立ちでかわいいが、全く儚くはない。 「でも……彼氏がいるから狙ってもムダだって、木谷が」  3階の空き教室の見回りを終え、2階に降りる途中。  ずっと喋りながらも足を止めなかった西住が、立ち止まる。 「あと。高畑さんのことは川北さんに聞いてみな、親しいみたいだから……って言われたんですけど。もしかして……」  そうだ。玲史は俺とつき合ってる。  ちゃんと宣言しようとしたところで。 「高畑さんを抱いてるのって、川北さんですか?」  聞かれて一瞬、答えに困った。  玲史の相手は俺だが、抱いてはいない。  抱く予定もない。  あるのは……抱かれる予定だ。 「玲史と、つき合ってるが……」  適当に濁さず明言しようと思うくらいには、玲史との関係に誠実でいたい……が、それ以上の説明をする前に。  チャイムが鳴り、校内放送が始まった。  生徒会役員選挙の結果は予想通り。  会長が將悟(そうご)で、副会長が加賀谷。書記が上沢。会計が津田。庶務が藤村。  同じ5人を選んだ俺と玲史の、カジノのベットは勝ちだ。 「風紀委員長は、川北さんですね」  放送中はさすがに黙ってた西住が、口を開く。 「川北さんか高畑さんになると思ってました」  將悟が会長なら俺、加賀谷なら玲史が風紀の委員長……西住の読みもバッチリだったな。 「お前は誰に投票したんだ?」 「守流(まもる)さんです。藤村守流。俺、前から知り合いで。軽音でも世話になってるんで」  藤村が当選した。  すると思ってたが、生徒会役員がナンパ好きでチャラいのは……いや。今の会長の江藤は、あれでキッチリ務めてるから問題ないのか……。 「軽いでしょ? 守流さん。男相手の、いろんなこと教わりました」  俺の表情を見て、西住がニッと笑う。 「でも。見かけだけで、本当はそんなに遊び人じゃないですよ。ずっと片思いしてる男がいて、けっこう一途に思ってるみたいだし」 「片思い、か」 「ノンケのバンド仲間だから、気マズい関係になりたくないって」 「……そういうことは、他人に話さないほうがいいんじゃないか」  親しくない人間には、知られたくないかもしれない。片思いの相手に隠してる気持ちなら、なおさら。 「わかってます。ただ、川北さんが、守流さんにいい印象持ってなさそうだったから。それ、変えたくて。いい人なんです」 「俺は、藤村をろくに知っちゃいない。知ってるお前が言うなら……そうかもしれないな」 「それに。今日、玉砕覚悟で告白するんだ……って。俺も応援ていうか、見届けにいきます」 「は?」 「学祭ライブ。守流さんたちも出るんですよ。そこで告る……俺には出来ないっていう前に、告りたい相手もいたことないですけど」  そこで……って。体育館の、ステージの上でか?  観客、いるだろ。  人目に晒される中で、玉砕覚悟で……いい度胸してるな。  けど。  藤村はそれでいいかもしれないが、相手のヤツは……いいのか?  イエス・ノーどっちだとしても。  いきなり大勢の前で告られて、答えられるもんなのか……? 「さっきの、高畑さんとつき合ってるってやつ……」   不意に西住が話題を変え、校内放送前の続きを始めた。 「川北さんが恋人ってことですよね?」 「ああ……一応……」  俺をじっと見つめる西住の視線が痛い。  玲史に、少なからず好意を持ってて。  当然のように、俺があいつを抱いてるって思ってて。  玲史の彼氏にふさわしいか、値踏みしたいのか。  西住にどう思われてもかまわないが、やっぱり誤解はないほうがいいだろ。 「うらやましいです」  西住が先に口を開く。 「あんなかわいい人と。もちろん、見た目がすべてじゃないけど……高畑さんって、中身もフワフワでやさしそう。なのに、エロそう。アタリでしょ?」 「いや、というか……」  コイツ、なんで玲史をそんなに美化してるんだ……。  フワフワしてるのは髪の毛だけで。  ケンカは強く。  中身はサドで。  エロい、は間違ってないが。  やさしい……は、そういう面もある……。 「待てよ! マジでやる気か? 勝算ねぇんだろ!?」  下から大声が聞こえた。 「ねぇよ。けど、今やんなきゃ……俺もうギリギリだからさ。こんなチャンス二度とねぇかもだし?」  続く、聞き覚えのある声。藤村だ。

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