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057 見過ごせない:S

 西住(にしずみ)と顔を見合わせた。  俺たちがいるのは、2階と3階の間の踊り場。下の階段の手前にいるのは、藤村とE組の……高林か。  第一校舎の2、3階の教室でやってる出し物はなく。北側のこの階段に、人通りは少ない。現に。選挙結果発表の校内放送から今まで、この辺りには俺と西住しかいなかった。  だからだろう。藤村と高林は、こっちの存在に気づいてない様子で。 「何のチャンスだ?」 「人前のがフリやすいじゃん? フラれたら、パフォーマンスの一部って感じで笑い取れるしよ」  高林に答える藤村。  聞くつもりはなくとも聞こえる会話は、今さっき西住が話したばかりの内容で。 「どこがチャンス? 意味わかんねぇ。お前、フラれたいの?」 「まさか……けど。あいつが俺をフルのに、罪悪感みたいなのナシにしてほしいんだ。出来るだけよそよそしくされたくねぇからさ」 「……お前がゲイなのはかまわなくても、自分を狙ってるとなりゃ話は別だ。当然、警戒すんだろ」 「させねぇよ。フラれたら、潔く。アレはジョークだって押し切る。そのためのステージ。チャンスなの」 「逆は?」  暫しの間があり、高林が問う。 「ライブのラストに告られて。その場はノリでオッケー出して、あとでジョークって取り消すのもあんじゃねぇか?」 「ねぇだろ」  藤村の笑いを含んだ声。 「観客の前でゲイ宣言。お前ならウケ狙いでオッケーするかもしんねぇけど、あいつは絶対しねぇよ。イエスは、マジでイエスの時だけ」 「そう……かもな」 「ま、とにかく。ラストのパフォーマンス、委員長たちには話つけてあるからさ」 「止めてもムダか」  高林が溜息をつく。 「結果はどうでも。バンド解散するハメにはなんねぇようにしろ」 「まかせて。俺、あいつに嫌われることは絶対しねぇよ」 「もう3時半過ぎてる。急ぐぞ」 「やべ!」  藤村と高林が、バタバタと走り去った。 「守流(まもる)さん……」  無言で2階に降りたところで、西住が口を開く。 「 成功してほしいです」 「ああ。うまくいくといいな」  西住に合わせるわけじゃなく、そう思った。 「川北さんもライブ見に来てくださいね」  藤村の思いを聞いちまったからには、見届けたい気もするが……。 「4時まで見回りだぞ」 「3時55分から4時15分までが持ち時間みたいです。ラスト1曲と告白には間に合いますよ」 「そうか」  学祭ライブのトリの坂口のバンドは人気があるらしく。 『今年の軽音のライブは見に行けよ。とにかく一回聞いてみろ、マジで上手いから……』  そう、ロック好きの和希に勧められ。  玲史には、気が向いたら行ってみようと言ってある。 「高畑さんと一緒に?」  そう尋ねる西住の瞳が、微妙に輝いてるようで。  誤解、というか。勝手に。たぶん、見た目的な判断で。俺が玲史を抱いてる想像をされる……のは、やっぱりよくない。 「ああ。行くなら、一緒だ」 「いいなぁ、俺も誰かとつき合いたいです。高畑さんみたいにかわいいヤツと」 「西住。お前、ちょっと思い違いしてるようだが……」  2階の教室を順に覗いてチェックしながら。  努めてカジュアルに。 「俺は玲史を抱いちゃいない」 「え……まだやってないんですか?」 「やってない」  ゆるく驚きの表情になった西住に。 「それに、玲史はタチだからな」  明白な事実を。 「やるなら……あいつが俺に突っ込むんだ」   「え!?」  そこまで驚かなくてもってくらい。口を開けたまま、西住が見開いた目で俺を見つめる。 「お前の中の玲史のイメージを壊して悪いが、まぁ……そういうことだ」  ほとんど止まってるみたいなスローペースの歩調を少し速め、視線を西住から教室へと移す。  ここも無人。学祭も終盤。出し物に未使用の教室でイチャつくカップルには、まだ遭遇してない。 「あ、の……マジで?」  すぐ後ろから、西住がなおも聞く。 「高畑さんがあなたを、抱く?」 「……かわいい顔してようが、玲史は男だぞ」  ケンカは強いし、サド嗜好の……ってのは言わないでおく。プライバシーだからな。 「わかってます。高畑さんがタチなのは意外だけど、それはそれでアリだと思うし」  事実を伝えてスッキリしたところに。 「でも。あなたが抱かれる側っていうのは、正直……驚きです。イメージ湧かない。もともとなんですか?」  また、質問。  答えに窮する類の……。 「バイなら、女ともあるんですよね? で、男には抱かれるって。最初、抵抗とかなかったんですか? 男とやる時はいつもネコ役?」  好奇心剥き出しなのはともかく。  どうして問いを重ねまくるんだ、コイツは。  しかも。  思い出したくないことを、嫌でも思い出しちまう問いばかり……キツいな。  嘘はつきたくないが。  もともとの性指向なんか知るか。  女とやったのは一度だけ。  最初に強要されたセックスで嫌々抱かれ、抵抗もクソもない。  そいつに何度もやられたが、ほかはない。だから、『いつも』っていえる経験はない。  そう、マジで答える気にもならない。  そもそも。好きで男に抱かれたことなんかねぇのに、自分がネコだって認識……いや。ごまかすな。  脅しを受け入れて。突っ込まれるのに屈辱を感じてた、くせに。  このあさましい身体は、気持ちよがってた。ほしがってさえいた。あんなヤツの……。  深く、息を吐く。 「俺はどっちでもかまわない。玲史が抱きたいなら、抱かれるだけだ」  自分から持ち出しといて勝手だが、もう…この話題は終わりにしたい。  嫌な記憶も。  ここんとこずっと燻ってる欲の熱も。  今は遠くへやって、見回りに集中しよう。  都合よく。  西住が口を開く前に、廊下の先でドアの開く音がした。 「何でもするって言ったよなぁ? 俺らの精液便所にしてやるからさ。とりあえず、順番にしゃぶってて」  2階の一番奥。普段は使われてない空き教室から聞こえた不穏なセリフに。西住と視線を合わせ、すぐさま前に戻す。 「先にションベン出してくるわ」  声とともに、痩せ体型で背の高い茶髪の男が現れた。  私服だが、高校生に見える。うちの学園の生徒の知り合いか何かか。 「あー、もしかして見回り? ご苦労さん」  風紀の腕章をつけた俺たちを見て、男が言い。ドアを閉め、そのまま素通りしようとする。 「待ってください」  男の進路を塞ぐ形で、一歩足を踏み出した。 「今の、聞こえました。教室の中を確認します」  何事もないようにされても、何事もないわけがない。 「は? 何で?」  平然として、男が唇の端を上げる。 「お前らの世話になることしてねぇぜ?」 「学園内で、風紀を乱す行為は禁止されてるんですが……」 「今さら。フェラくらい、誰も見てねぇとこなら別にいいだろ」  うちのヤツじゃなかろうと、どんな関係だろうと。ここでソレはアウトで。  けど、そんなことより。  どういう経緯か知らないが、人を精液便所にするってのは見過ごせない。  本人が『何でもする』と言ったとしても、だ。 「ダメだ。とにかく、やめさせる」 「はぁ? おい!」 「川北さん!」  西住が呼び止めるのを無視し、肩を掴もうとした男の手を振り払い。ドアを開けた。

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