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058 ここは止めるだろ:S

 目の前の光景に、カッとなった。  机とイスが整然と並ぶ教室の中。制服姿の男がひとり。私服の男が2人。黄色い短髪と、ツーブロックの黒髪だ。  ベランダへのドアの前。教室の後ろの壁際。正座して俯く制服の正面に黄髪。その向こうに黒髪。ジーンズとパンツを下にずらした黄髪のほうが、取り出したちんぽを制服のヤツの頭上でブラブラさせてる。 「やめろ!」  声を上げながら近づく俺に顔を向けたのは、黄髪と黒髪だけ。制服を着たうちの学園の男は俯いたまま。 「誰? 邪魔すんなよ」  ちんぽを出してるところに人が来たのに、焦る様子もない黄髪。 「やめろ」  血が上った頭を冷ますように。もう一度、静かに言った。 「 ソレしまって、ここから出るんだ」 「何お前、エラそうに。つーか誰?」 「風紀委員だってさ」  背後で答えた茶髪が、黄髪の横に立つ。 「ホモ学校のくせに、校内でやんのダメって……よくいうぜ」 「ヨソモノには厳しいってか?」 「ケツの穴は緩いみてーなのにな」  茶髪と黄髪のバカにした物言いにムカつくが、冷静に。 「3人とも、出ていってください」 「ヤダっつったらどうすんの? 俺、今出したい気分だからよ」  ニヤニヤした黄髪が、未だしまってないちんぽをこっちに向ける。  嫌でも視界に入るソレは。こんな状況でどうして萎えないのか、軽く芯が通ってるみたいで。  気持ちが悪い。  欲を含んだ見知らぬ男のちんぽは、不快な代物だ。 「コイツがうまくしゃぶれば、3人くらいすぐじゃん? 見逃してくれんなら、お前のもフェラさせよっか?」 「……出ていけ。聞かなけりゃ、力ずくだ」 「川北さん。本部に連絡しました。応援、来るそうです」  隣に来た西住の言葉に、茶髪が舌打ちする。 「場所を変えよう」  ずっと無言でいた黒髪が口を開く。 「外に出れば、ここの風紀は関係ない」 「めんどくせーな」  黄髪がちんぽをしまい。 「おら、行くぜ」 「沢渡(さわたり)!?」  茶髪と西住の声がかぶった。  2人の視線は、顔を上げた制服の男に向けられてる。 「お前、何やって……知り合いなのか? この人たちと何が……」  西住が言葉に詰まったのは、さっきの茶髪のセリフを聞いてたからだろう。 『何でもするって言ったよなぁ? 俺らの精液便所にしてやるからさ』  この、沢渡ってヤツが。  理由はどうあれ。茶髪たちに、自分から『何でもする』って言ったんなら。  もし、俺と西住が来なかったら。  今。  コイツらに……。  そして。  それはムリヤリじゃなく、合意のもとでってことになるんだろう。 「俺ら、中坊ん時の先輩」  沢渡の代わりに、黄髪が答える。 「今日、偶然……イイトコに出食わしちゃってさ」 「城戸(きど)先輩! 俺、行きますから!」  叫ぶように発した沢渡の第一声に。 「は!? ちょっと待て。何で? だって、そしたらお前……」  納得いかない様子の西住。 「沢渡くんのオトモダチなの?」 「クラスメイトで……それより! あんたら、何で沢渡にそんなことさせるんだ?」 「気持ちイイからに決まってんだろ。自分から何でもするっつってんだし。コイツ、わりとかわいい顔してっし。変態だけどな」 「理由になってな……」 「に……ッ、いいんだ!」  黄髪と西住のやり取りを、沢渡が止める。 「俺は先輩たちと行く。迷惑かけてごめん」 「はぁ!? 何言ってんの? お前、何でもするって……何されるかわかってんのか?」 「わかってる」  即座に返答され、西住の眉間に皺が寄る。  西住には沢渡の言動がわからないんだろうが、俺にはわかる。  これはたぶん、脅し。  何かと引き換えに。自分を差し出し、屈することを選んだ……きっと、そうだ。 「そうそう。素直にしてりゃ、やさしくしてやるぜ」  立ち上がった沢渡を見て、茶髪が笑う。 「一回で壊れちゃつまんねぇ。じゃあな。風紀委員」 「待て」  西住も口を開いたが、俺のほうが先だった。 「うちの生徒は置いていけ。まだ学祭中だ」  ムリヤリ連れてかれるんじゃなく。沢渡本人が行く気なら、こういう止め方しか出来ない。  でも。  ここは止めるだろ。 「終わってもダメだ。こんなヤツらの……」  沢渡を見つめ、西住が語気を強める。 「言いなりになるなよ」 「いちいちうるせーな。お前ら、関係ねぇだろ」 「……クラスメイトがひどい目に合うの、放っておけるほど薄情じゃないんで」  正義感を見せる西住に、茶髪が向き合う。 「俺らの精液便所になるってのは、コイツの意思なんだよ」 「そんなわけあるか。どんな理由で……何かあるはず。何か、弱みでも握られてるとか……?」 「察してんなら、放っといてやんのがやさしさってもんだぜ。人に知られて困るってのは、自分に非があるってわかってるからだろ」  茶髪の黒い笑みが深くなる。 「自分がやった後ろ暗ーいこと、内緒にしといてくれ。その代わり、何でもするってさ。身体を好きに使ってもいいんだと」 「ウソだ……」 「ホント。そこまでする秘密……お前が問い詰めちゃ、そっちのがひどいんじゃねぇの?」  暫し無言で茶髪を睨み、西住が沢渡へと視線を移す。 「コイツの言う通り…なのか?」 「うん…」 「その……内緒にしたいのが悪いことなら、謝るとか……ちゃんと解決すればいい。俺も手伝う。だから……」 「……嫌だ! きみには絶対……知られたくない……」 「バカ言うな。コイツらにやられるんだぞ。何度も。それでもか?」  泣きそうな顔をしかめ、沢渡が頷いた。 「はい。話終わり。行くぜ」  茶髪の言葉で、黄髪が沢渡の肩に手を回す。 「待て」  一歩、前に出た。 「行くのはお前たちだけだ」 「無意味だな。どうせ、あとで来る」  言ったのは黒髪。 「まぁ、風紀委員としてそれで気を済ましたいってのはわかるが」 「連れてこうぜ。俺、もう待てねぇし」  黄髪が口を出す。 「何もしてねぇ俺ら殴って止めるとか、出来ねぇだろ」 「止めるのは沢渡だ。これから話を聞く。お前たちは出ていけ」 「話なんてない」  沢渡が俺を見る。 「学祭が終わるまで帰らないけど、この人たちといます。もう、俺にかまわないでください」 「ダメだ」  ここでコイツを見放すわけにはいかない。  あの時の俺と同じような状況にいるなら、助けたい。  沢渡の隠したい秘密が何なのか、見当もつかない。  知らないヤツに踏み込まれたくないだろう。  よけいなおせっかいかもしれない。  俺とは違う価値観で、こんなのは何てことないのかもしれない。  もしかすりゃ、こういうのが好きなのかもしれない。  それでも。  あとで悔やむ可能性があるなら。  止めなけりゃ、やめさせなけりゃ……。  ただのエゴでも。何でも。  自分のアレを思い出して……何だ?  後悔させたくないのか?  違う。  俺は、後悔してない。ほかに方法はなかった……そう思わなけりゃ、後悔しちまうから……そう思った。  だから……。  けど……。  コイツには、ほかの方法があるかもしれないだろ。 「俺が友達と校内を歩くのは禁止されてないですよね? 力ずくで止めるのは、ただの暴力じゃないですか?」 「そうだな」  沢渡の意見を肯定する。 「だが、お前はここに残らせる」 「嫌です」 「あーマジめんどくせー! コイツと話したきゃ話せよ」  黄髪が、まず俺に言い。 「終わったら連絡しろ。バックレたら……わかってんな?」  沢渡の肩から離した手を自分の股間に近づけ、エアでちんぽを扱く真似をした。 「やめ……! わ、わかってます」 「じゃ、退散」  震える声で答えた沢渡を残し、3人がドアへ。最後に教室を出る茶髪が振り返る。 「あ。クラスメイトくんさー、西住ってどんなヤツ?」 「え……それ、俺だけど……」 「へ? はッ、なるほどね」 「言うな……ッ!」 「お前がその変態とやる覚悟がありゃ、俺らんとこ来なくて済むぜ」 「何……俺……?」  沢渡を無視して続けた茶髪のセリフに、西住が困惑気味の顔を向けてくるが……俺にも意味がわからない。 「あーあ、楽しめると思ったのによ。偶然ってのはコワイねぇ」  笑い声とともに茶髪が去った途端。 「わあぁぁぁーッ!」  沢渡が叫び出し、座り込んだ。 「うわっ……と。今ここから出てきたヤツら? 何したの?」  そこに。  玲史が現れた。

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