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062 ようやく全て解決:R

 僕が勝手に許可を出して。沢渡(さわたり)西住(にしずみ)にしたキスは、ものすごく軽く短くて。  沢渡は……脳内も、単独行動でも変態で。形だけの恋人の立場に舞い上がり、何するかわかんないって言ってたのに。  遠慮がちの手で触れて。  舌も入れないチュってするだけのキスして、顔を赤らめる……ってさ。  見てるこっちが恥ずかしくなるような。  控えめなエロに、性欲を刺激されたわけじゃなく。  ドキドキもトキメキも伝染してないけど。  ディープじゃないキスして満たされるとか。  なんか、一瞬。  羨ましいような、羨ましくないような気分になった。  西住は拍子抜けしたみたいで。勝手にキスした沢渡を突き放したり、そう仕向けた僕を攻めたりもせず。ちょこっと唇をくっつけただけで幸せふうな沢渡を、ただ見つめてた。  その間に、バッチリ撮ったいいキスシーンの写真を紫道に送り。  3時53分。任務完了。 「僕は風紀の本部に行くね」  紫道(しのみち)と岡部も、報告上げに来るし。 「きみたちは、少なくとも今日は一緒に行動しときな。どこかでアイツらに合うかもしれないから。じゃ……」 「あ、高畑さん」  西住が呼び止める。 「俺も行きます」 「来なくていいよ。2人で楽しんで」 「でも……」 「大丈夫。この子、行儀のいい変態みたいだから。きみをレイプするまではしないって」 「そうじゃなくて……」  小さく深呼吸した西住が、頭を下げる。 「ありがとうございました」 「うん。まぁ、たいしたことしてないけどね」  西住が沢渡の腕をコンと小突く。 「お前も。お世話になりまくりだろ。ちゃんとしろ」 「ありがとうございます!」  まだ興奮気味の瞳を僕に向け、沢渡も深々とお辞儀する。 「俺、がんばります!」 「ん。がんばって」  この子のお礼は、西住とのことに対してだよね。自分が輪姦されるの回避出来たことにじゃなく。  自分の身を守るとか、どうでもよくて。  そんなのより、西住が優先で。  その西住とつき合うフリが出来て。  普段は、えげつない妄想してるっぽいのに。  子どもみたいなキスして。  すごく嬉しそう。  好きな男だから、恋してるから……か。 「川北さんにもお礼言わなきゃなんで、俺たちも本部に行きます」  ホントに。西住は常識人だなぁ。  なのに、沢渡を受け入れる気があるのが面白い。 「オッケー」  頷いて。  3人で教室を出て、風紀委員会本部へと向かった。  本部にはすでに岡部がいて、紫道もすぐに来た。  当番の3年生に見回りの報告をし、風紀の仕事も終了。  沢渡を脅してたヤツらは例の写真で納得し、無事解決したって聞いて。西住と沢渡が紫道に感謝の念を伝え、ようやく全て解決……したのに。まだ。1年2人と連れ立って、体育館に向かってる。  もともと。風紀副委員長の坂口がボーカル、委員長の瓜生(くりゅう)がギターを務めるバンドのライブを見に行こうかって紫道と話してて。  プラス。坂口たちの前に演る藤村のバンドを、何故か紫道が見たがって。  そのために、急ぎ足だ。  4時20分からの坂口のライブには余裕で間に合うけど。4時15分までの藤村のを見るにはギリだから。 「ラストの曲、始まっちゃってるかも……」  体育館への渡り廊下に差しかかったところで西住が言い、足を速めた。 「そんなに聴きたいの?」  坂口みたいに、藤村もチャラい。軽い印象。そういうタイプは、バンドに向いてるのかな。 「それもだけど、そのあとが大事なんです」 「何?」 「守流(まもる)さんの告白……ステージでメンバーのひとりに。その場で見守りたくて」  藤村が?  ステージで?  紫道を見る。 「西住に聞いた。偶然、藤村がバンドのヤツと話してんのも聞いちまって……」 「気になるの?」  尋ねると。なんとなく淋しげに、紫道が微笑んだ。 「マジな気持ちみたいでな。うまくいってほしい気がしてる」 「へぇ……マジメに恋とかするんだ、あの男」  みんな、純粋っていうか。  あたりまえのように恋愛して。好きだって告白するのか。  愛撫して反応する身体と違って、恋心は見えないし。  ちょっとしたことで消える、実際は存在しない幻くさいのに。  めんどうだとか虚しいとか、思わないんだね。 「高畑さんも、応援してあげてください」  西住の表情は真剣で。 「どうやって」 「成功するイメージを、守流さんに送るんです」  バカにしないで、頷いた。 「わかった。応援するよ」  想像のパワーなんて、愛のチカラと同類だけど。こっちのがまだあり得そう。  藤村の告白と相手のオッケー……頭にその画を思い浮かべるのは出来るし。  想像したことは現実になるって、信じる人もいるしね。   「西住。お前は本気か?」  不意に、紫道が尋ねる。 「沢渡とつき合うことにしたのか?」 「いえ。対アイツら用に、形だけです。学祭終わるまで、今日は一緒にいますけど」  西住の答えに、眉を寄せる紫道。 「あの写真……」 「あれはやむを得ず、不可抗力で」 「……そうか」 「ちゃんと考えてから、返事はします」  キッパリと、西住が言う。 「保留されてると夜は苦しいと思うから、今日中に……」 「しなくていい」  風紀本部を出てからずっと黙ってた沢渡が、口を開く。 「返事は要らない。考えなくていい。このまま、つき合うフリのままがいい」 「ずっとフリしてるの、無理だろ。必要もないし……」 「そう……だよな。無理……不要……キモい……こんな変態と……」  ハイな心理状態から通常モードに戻ったのか。後ろ向きな文言をブツブツ唱える沢渡に。 「ちゃんと考える。だから、ちゃんと話そう」  引かずに向き合う西住はエラい。 「どっちがタチとか、そういうことも」  やっぱり、ちょっとズレてる感じ。  まぁ……ある意味お似合いの2人。 「ライブが終わってからな」  体育館の入口に着き。西住が勢いよくドアを開けると、テンポの早い派手な曲が耳をつんざいた。

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