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063 今は、お前がいい:S

 ステージ前で跳ねる客のノリもよく、ライブ会場となった体育館が盛り上がる中。  観客席の脇から近づくと、ステージ上の4人が女子高生の格好で演ってるのがわかった。ギターを弾く藤村は、長い金髪のカツラをつけてる。 「マジで女装して……すげ……」  真ん中辺りで足を止め、西住(にしずみ)が声を上げる。 「俺は、素肌に赤い縄がいい……」  沢渡(さわたり)が欲望を口にするも、西住には聞こえてないみたいだ。 「縄より。ゴツい男をゴツい拘束具で固めて犯すほうが、僕の好み。女装には興味ないなぁ」  玲史のコメントはバッチリ聞こえた。  縄も拘束具も好まない。  そう返したいが、やめておく。 「藤村たち、なかなかやるね。あの格好は微妙だけど」 「ああ。けっこううまいな」  これには同意する。  実際。歌もギターもベースもドラムも、人前で演奏するのに十分な腕前だろう。テンポがよく、知名度の高い曲なのもいい。  ギターソロが終わり、最後のサビが終わり。  ボーカルが挨拶し、マイクを藤村に渡した。 「藤村です。今日、生徒会役員になりました。ありがとうございます」  笑顔で報告してお辞儀をする藤村に、観客が拍手。 「当選したらしようと思ってたことあって。今からします。応援してください」  告白……今、この大勢の前で……マジでするのか? 「がんばれよ!」 「お前なら出来るぞ!」 「しっかりー!」  応援の声が飛ぶ。  他人事ながら、少しドキドキしてきた。期待より、不安感でだ。  思いのほか真剣な藤村の気持ちを知ってると。うまくいけばいいが、フラれるのを目の当たりにするのは……いたたまれない。  ギターを置いた藤村が、カツラを放り。ステージの左側から右側へ。そこにいるのは、ベースを弾いてた東條(とうじょう)だ。  週に1日2日ほど体育館のジムに来る武術部員の東條とは、筋トレの合間なんかにたまに話す間柄で。バンドをやってるのはチラッと聞いたが、男とどうこうってのは聞いたことがない。 「好きだ。つき合ってくれ」  東條の前で足を止めた藤村の告白が、マイクを通して響き渡り。  静まる観客。きっとみんな、東條を見てる。俺も。  困惑したような顔で、東條が周囲を見回す。その視線を落とし。そして……頷いた。  会場が歓声と冷やかしで沸く。  イエス、なのか。  よかった……んだよな?  藤村の思いが受け入れられたなら。東條が無理してるんじゃなけりゃ、よかった……あ!?  ホッとしたのも束の間。  藤村のヤツ。  東條にキスしやがった……!    そりゃ、好きだつき合ってくれっつって。イエスってなったら、つき合い開始ってことになるんだろうが……。  いきなりソレは、ねぇだろ!  告られたのは突然だったかもしれねぇ。  頷いたのも。頭高速回転して出した、ギリギリの答えかもしれねぇ。  とにかく。いろいろ、いっぱいいっぱいだったかもしれねぇのに。  しかも。  こんな、大勢にガン見されてるとこで……!  不憫だ。  俺だったら、殴ってる。  増した歓声と拍手とヤジ。  ギャラリーがエキサイトする中。  ピィー!!!  ホイッスルが鳴った。  次いで。風紀副委員長の坂口が舞台袖から現れ、東條を放した藤村に手を差し出し。 「学内でソレ、禁止だよー。退場!」  マイクを受け取り、楽しげに言った。  続いて出てきた風紀委員4人が藤村たち4人を捕え、ステージから去っていく。  替わりに。風紀委員長の瓜生と、ほか3年生2人が静かに登場した。  少し開いたミントグリーンのワイシャツの襟からアクセサリーを覗かせ、耳にピアスをつけ。制服姿だが妙にキマってる。  ブレザーを脱いだ坂口が、ネクタイを外してステージ中央に立つ。 「今日は蒼隼(そうしゅん)の学祭、来てくれてありがとー。あとちょっと、楽しんでってねー!」  ドラムがリズムを叩き、ベースとギターが鳴った。  軽快な曲に、坂口の歌がのる。  普段喋ってるのと違う、深みと艶のある声……うまい。ヘラヘラしたチャラい先輩ってイメージが覆るな、これは。  演奏も。藤村のバンドもよかったが、確実に上だ。迫力がすごい。  瓜生のギターは、格段にうまい。 「へぇ……意外」  感心した顔で、玲史がコメント。 「ライブハウスとかで演ってるだけあって、すごく本格的だね」 「人気があるってのも納得だな」 「坂口、いい声……ベッドで啼かせて乞わせたくなる声してる」  玲史。  一応、恋人って立場の俺の前で……いや。  ただの感想だ。気にするもんじゃない。  ただ……。  坂口みたいなタイプも、オーケーなのか。  守備範囲広いな、と……いや。  そもそも。玲史の好みってのがわからない。  俺みたいな、ゴツい男を好むと言ってるが……昼に会った元セフレは体育会系の身体つきじゃなかった。  顔立ちの整った(かい)將悟(そうご)にも、玲史の食指は動きそうだ。  けど、新庄はダメらしい。小柄な男は好まないのか。俺はデカいが……って。  今さら。  玲史の好みを気にしてどうする。  外見より中身だろ。  中身より、気持ちだろ。  恋愛は理屈じゃないだろ。  まぁ、俺と玲史のコレは……恋愛かどうか定かじゃないからな。  俺のほうは恋愛感情っぽい気がしてるが、自信はない。  特に今は、性欲に目がくらんじまってる。  玲史がほしい……。  心だ気持ちだ恋だ何だより。焦れた身体が、玲史をほしがってる。  玲史も俺をほしがってるはず。  ソレ以上、ほかに何を望む必要があるんだ?  ブンブンと頭を振る。 「きみも跳ねたくなった? この曲ノリいいもんね」  玲史の声で我に返った。  坂口の歌声。飛び跳ねる女の黄色い声。遠ざかってた音が戻る。 「ああ……そうだな」 「坂口のバンド。気に入ったんなら、今度ライブにも行く?」 「あ……あ、今度……な」  くだらないこと考えてて、ろくに聞いちゃいなかった。  欲情するのは、もうちょっとあとだ。  今は音楽に集中しろ。  肩眉を上げて俺を見る玲史に微笑んで見せ、ステージに視線を移した。  熱いハイテンポの3曲目が終わり。 「ラスト。大切な人に…………届くことを願って歌います」  坂口がそう言うと。泣き声みたいなギターソロで、悲しい曲調のバラードが始まった。  ゆっくり語るように歌うラブソングが、ガラにもなく染みる。  終盤、絡めてきた玲史の指をギュッと握ったのも……そのせいだ。  最後の和音の響きが消え、メンバーがお辞儀をして。会場は盛大な拍手と歓声に包まれた。 「すごかったですね、委員長たち。かっこよかった!」  西住は興奮気味だ。 「ああ。来てよかった。藤村も……よかったな」 「はい! 守流(まもる)さんに、おめでとう言わなきゃ」  嬉しそうな西住の横で、沢渡は何故かうかない顔。  でも。もう、あとは自分らでうまくやるだろう。 「じゃあ。今度こそ、バイバイ。僕たち急ぐから」  玲史に頷き。 「もし、何か困ることあったら連絡しろ」  西住にそう言って。 「沢渡。仲良く……ムチャはするな」  念押しし。 「ありがとうございます」 「……ありがとうございます」  2人を残し。体育館のドアへと向かった。  途中。嬌声に振り返ると、ステージから下りた坂口が女たちとにこやかに戯れてる。 「きみも混ざりたい? 坂口の歌にまいった?」 「は?」  玲史の問いの意図がわからず。 「才能にホレるって、あるでしょ」 「いや……確かにうまかったが……ホレるってのはない」  普通に答える俺を、玲史が見つめる。 「紫道って、どんな男が好みなの? 聞いたことなかったなぁと思って」  「……特に好みってのはない。今は、お前がいい。それだけだ」 「そっか」  俺の腕に手を回し、いい笑顔を見せる玲史。 「もうすぐ学祭も終わりだね」 「ああ。早く……」  お前と2人きりになりたい。  そう口に出す代わりに、組まれた腕に力を込めた。

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