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064 俺に使う……のか?:S
体育館を出ると、中庭の時計が目に入った。
4時46分。
5時に終わって、片付けして。解放されるのは、早くて6時過ぎるか。
そのあと。
やっと……。
まだダメだ。考えるな。
今から身体に期待させると、つらくなる。
「あと14分しかないね。急がないと」
玲史もちゃんと焦れてるか?
そう思ったところで、このセリフ。
14分……しか?
急ぐ……って?
「どこに……何かあるのか?」
素でわからず尋ねる俺に、玲史が笑う。
「カジノ。大当たりでしょ、僕たちのベット」
忘れてた。
そういや。発表された選挙結果は、5人とも当たってたな。
「ああ……」
「きみが風紀委員長だね。とりあえず、おめでとう」
「……めでたくはないが、決まったもんはしっかりやるつもりだ」
風紀はあまり目立たないからな。委員長っつっても、そこまで気負わなくていい。
「將悟 も、当選しちまったからにはマジメに会長やるだろうが……会っても、落ち込んでるとこ……おめでとうはやめとけ」
「もう、会ったよ」
玲史の瞳が意地悪げに光る。
「ちょっとからかって。ちょっとしたイヤミと、今夜はお祝いって言っただけ」
「何で……」
てか、いつだ?
発表があった3時は見回り中で。途中から俺と西住 のほうに来て、そのあとライブ見て……。
「エロいキスしてたんだもん。第二校舎の非常口の外で。次の生徒会長に決まった直後に。近づいても気づかないくらい夢中なの」
「そ……うか」
將悟が。
人目につきにくい場所だとしても、学園内で。
周りの人間からすれば、やっぱりって結果だが……ショックだったのか。
「きっと、涼弥が慰めてたんだろ」
「そうかもしれないけど。將悟はわりとタフだから平気でしょ」
「まぁ……な」
「僕がガマンしてるのに、見せつけられたから。でも、なかなかよかったよ。將悟がエロで乱れる姿、マジで興味ある」
「おい」
確かに。この1ヶ月の間で將悟は変わった。固さが取れて、外に自分を出すのが自然になって。人を引きつける要素が直に見えるというか。
「將悟に手……」
「出さないって。杉原とやるとこ見たいだけ。どうせなら、見られるほうがいいしね」
それは、俺と……の。
「ぜっ……」
たいにない。
そう断言する前に。
「ねぇ。きみもガマンしてる?」
玲史に聞かれ。
言葉を飲み込む。言おうとしたことも。
お前と。早く。やりたくてしかたねぇ!
今、口にしちゃいけない願望もだ。
「そりゃ……散々煽られたからな」
全然平気なふうを装うのも不自然だと思い、素直に答える。半分だが。
「よかった。僕ひとりで焦らしプレイしてたんじゃなくて。焦らされた分だけよくなるし」
満足そうな玲史。
「期待しててね。僕もしてるから」
「……お前の期待レベルに応えられる自信はないが、努力する」
玲史も焦れてくれてることにホッとしつつ。自分の低い経験値が不安にもなった。
期待と不安が消えるまで、あと数時間。
学祭の締めとなるだろうカジノ、ブルーファルコンに着いた。
「引換券は?」
終了間際にもかかわらず。ゲームに興じる客がまだ多くいるカジノの受付で尋ねられ、玲史と顔を見合わせる。
申込み用紙を鈴屋に渡して見回りに急いだから、引換券ってのを持ってない。
「え……と。当たりのベット用紙のほうで名前を……」
確認してもらおうとしたところ。
「ここは俺がやるから、もう終わりにしていいよ」
現生徒会長の江藤が現れ。
「2-Bの高畑くんと川北くんだね。結都 から引換券を預かってる」
受付の男と替わり、爽やかな笑みを浮かべる。
「大当たり、おめでとう。5ベットの勝者は約2割弱かな。きみたちでラストだ」
「へぇ……勝率2割って、けっこう低いじゃん。1年の子が難しかったのかな?」
「それもあるけどよ。俺を外してんのが多い」
書記になった上沢が、江藤の横に来て答えた。
「お前らにはともかく。俺のことはほとんど知られてねぇからな。当選するとは思わなかったぜ」
「内緒にしてるんだっけ。きみと会長の関係」
上沢は江藤の彼氏だ。
「知られると、いろいろ都合悪くてよ」
玲史の問いに肩を竦める上沢が、周囲を窺う。
賑やかなカジノの中。声の届く範囲に人がいないのを確認したようだ。
「早瀬に聞いてんだろ? あの時、川北もいたしな」
あの時。
寮の自室で凱 を逆レイプしようとした江藤を、將悟たちと止めた。
そもそもの理由は江藤の性癖だと、あとで聞いた。レイプ魔だっていう噂は、わざと広めた嘘で。それは、江藤が襲われないためらしい。
「俺が相手じゃ、絢 がネコだってバレる。そうすると、狙われる確率がグッと上がる。獲物に自分守る気がねぇから、手に負えなくなんだよ」
上沢の言い様に、絢……江藤本人が苦笑する。
「俺は公にしてかまわないんだけどね」
「まだダメだ」
「透 が思ってるより、感づいてる人間は多いと思うよ」
「それでもだ」
上沢が溜息をつく。
「まぁ、そういうことで。内緒にしといてくれ」
「じゃあさ。きみがネコだって公表すればいいんじゃない?」
玲史が提案。
「会長のセックスはこんなにすごいんですって、感想つきで」
「きみ、おもしろいね」
「んなの、信憑性ねぇだろ。俺みたいなヤツじゃ」
笑う江藤と、呆れる上沢。
気持ちはわかる。
細身で中性的な顔立ちの江藤より。体格がよくてケンカも強く、眼光鋭い上沢のほうがタチに見える。
実際にそうだし、華奢な風情のネコが多いのも事実だが……。
「大丈夫。紫道だって、ゴツいけど僕のネコだから」
玲史が普通に言う。
「はぁ!? 川北、コイツに抱かれてんの!?」
上沢が驚いた声を上げる。
今まで、江藤のことを話してた時は音量を下げてたのに。
人のプライバシーをデカい声で喋るのはやめろ……!
恥ずかしい……ってのは、何でだ?
男に抱かれるのが?
いや、そうじゃねぇ……。
ただ……。
エロトークが苦手で、慣れてねぇだけ……。
「つき合ってるけど、まだ抱いてないよ。今夜が初なの」
無邪気に微笑む玲史に悪気はない、のはわかってる。
「へー、お前らがねぇ……」
「そんなに意外か?」
上沢と合った目を伏せたくなるのをこらえ。岸岡に驚かれた時にも思ったことを、聞いてみると。
「高畑がそのナリで鬼畜なタチなの聞いてっから、よくつき合えんなって思ってよ」
ポイントが微妙に違かった。
「いいのか? マジで」
「いい……つもりだ」
「透。自分はこんな俺とつき合えるくせに、口出ししない」
江藤が上沢をたしなめ。
「ごめんね。寮でのことも」
俺を見て謝る。
「いえ。あれは……今後何もなければ、それでいいです」
被害者の凱がいいなら。
そして。
逆レイプが、二度とないなら。
「ありがとう」
「俺が何も起こさねぇ」
不意に真剣な顔になって言い切る上沢に、頷いた。
「きみの手に負えなかったら、躾けるの手伝ってあげるよ」
「させるか。お、時間ヤバイな。ベットの引き換え……」
玲史の申し出を秒で断り、上沢が話をベットに戻す。
「お前ら来るの遅かったからな。せっかくの賞品が時間切れだぜ」
受付のテーブルの上に置かれたのは、名刺サイズのチケットの束だ。
「コレって……」
「出し物。屋台。どこでも使える商品券1000円分」
「あと5分じゃ、どこも行けないじゃん。時間あったとしても、別に豪華じゃないし」
不満げな玲史に、概ね同意。
まぁ、遊びのギャンブルとしては妥当な賞品か。
「と、ほらよ。手作りクッキーの詰め合わせだ」
チケットの隣に、カラフルなクッキーが入ったセロファンの小袋が加わった。
「でも。それだけじゃ不満だよね。屋台の食べ物はまだ残ってるだろうけど……」
「あ……なら、代わりに、いいもんがあるぜ」
江藤の言葉に、上沢がカジノの中へ消え。
バッグを手に戻り、小さな袋を取り出した。
「今日、お初だっつうし。ま、祝いも兼ねて……コレやるよ」
「えー……」
「透……」
なんだ?
玲史と江藤の反応から、あんまりいいもんじゃないような。透明のビニール越しに見えるのは、ゴムの輪っかみたいだが……。
「コックリングなんか、何種類もうちにあるもん」
「二重のロープ式でサイズ調整出来るから、キツキツに出来るぞ」
「キツくするなら、ヒモで縛るし」
「それじゃ痛いだろ。コレ、硬めのシリコンでちょうどいいんだ」
「痛がるのがいいし。痛いのがよくなるようにしてあげるし」
「ひでぇな、サドは」
待て。
そのコックリングってのは、確か……エログッズ。
そっち方面は疎いが、コレはつまり……。
俺に使う……のか?
「しかも。ズレねぇから、ローター固定するのにもピッタリだぜ」
「あ、それは便利」
「10個入り買ったからな。2個やるよ」
「じゃあ、もらっとく」
玲史が俺を見上げる。
「いいよね?」
それは、どっちの意味だ?
商品券の代わりはコレでいいか?
俺に、コレを使っていいか?
「せっかくだから、楽しめよ。なぁ?」
「そうだね。俺はコレ、わりと気に入ってる」
上沢と江藤の視線も俺に向けられ。
ベットの賞品のコレを使って楽しむってことでいいよね……の、答えを待たれてる。
「ああ……じゃあ、そう……するか」
ノーとは言えず。
すでに後悔してる気もしつつ。
「得したね」
ニッコリする玲史に。得した感はゼロよりマイナスな感覚だったが、唇の端を上げて作った笑みを返した。
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