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066 手放せる、かなぁ?:R

 うちには常に夕飯のストックがある。  だから、さっさとうち行ってから食べる気でいたんだけど。紫道にそれ言うの忘れてて。 「どこかで何か、食うか……」  紫道(しのみち)が呟いた。僕にっていうより、ひとり言っぽく。  なんか、紫道が。すごくソワソワして、落ち着かない様子で。目が合うと困ったふうに俯いたり。かと思えば、ぼうっと僕を見つめたり。  とにかく変。  ごめん、やっぱりやめよう……とか、言い出すんじゃないの?  なんて。まさか、そんなことはないはず。  でも。  世の中、予想外の出来事は起こり得るし。予想を超えた行動に出る人間もいるし。知らない物事もまだまだたくさんあるしね。  だから。  紫道に。食べたいものあるか聞いて、ないって言われて。  腹減ってるかどうかもわからないって言われて。  お前が好きなとこでいいぞって言われて。 「じゃあ、もう僕のとこ行こう。ピザとかパスタならあるから」  そう言ったのは、万が一の場合に逃さないためじゃなく。一応、確認。もともとその予定だったし。  紫道は目を泳がせて、深い溜息をひとつ。ふたつ。  そして、頷いた。  迷子みたいに不安げで縋る感じの紫道の瞳に、今日一日中チラチラ浮かんでた欲がハッキリと見える。  挙動がおかしい理由はわからなくても、やる気が削がれてないなら問題ナシ。  エネルギーチャージしとかなきゃ存分に楽しめないから、腹ごしらえは必要だけど。デート気分で外食する必要はナシ。家飯でオッケー。  むしろ……今は早く2人きりになったほうが、いろいろと捗りそう。  脳内で、うちでのアレコレを思い描きつつ。無言で頭を振ったり掻いたり……何考えてるのかわからない紫道とともに、駅の改札へと直行した。 「玲史……お前の……」  ホームで電車を待って、乗ってドア前に並んで立つまで5、6分。沈黙ってほどじゃないけど会話なしの間が続いたあと、紫道が口を開き……ほぼ同時に、スマホがズボンのポケット内で震えた。  僕のと、紫道のも。  しかも。僕のは、確認しようとして再びヴーヴー。 『今津田の部屋で2人きりで誰も家いなくて』 『もしいい感じになったらどうすれば』  翔太からだ。 『さすがにいきなりやるとか無理ですよね』  メッセが続く。 『俺は襲わないけど襲われたらどう』 『何かお告げを!』  少し動揺してるみたいだけど、漢字変換キッチリしてるし。  この子はまぁ、大丈夫でしょ。  紫道は……微かに眉を寄せて画面を見て、指先を動かしてる。  僕も返事しとくかな。 『余裕あるなら、浣腸して指でよく解してから挿れる。挿れなくても、一緒に扱くとかフェラとか。抜き合いっこなら、すぐ出来るよ』  簡単に、基本だけのアドバイス。  今度。時間がある時に、詳しくいろいろ教えてあげよう。翔太はタチもネコもイケそうだなぁ……あ。  もういっこ。 『愛のチカラってやつでがんばって』  あるんでしょ? 翔太は自信満々で言ってたもん。  でも。所詮、自分の欲の延長じゃない?  相手を気持ちよくすれば、自分もイイ。  相手が泣くほどヨガれば、自分もすごくイイ。  それって、自分が気持ちよくなるためだよね。  相手が屈辱や苦悶で顔歪めると、ゾクゾクする……のは、サドだから得る快感か。  翔太にSの気はなさそうで残念。  アプリを閉じてスマホから目を上げると、紫道が僕を見て。 「西住(にしずみ)が、沢渡(さわたり)とつき合うことにしたそうだ」  報告。 「いいんじゃない? あの沢渡くん、クセあるけど……オッケー出せるんなら、うまくいくと思うよ」 「だといいが……」 「何が心配? 軽く変態なとこ?」  聞いたら。一瞬の間を置いて微笑んだ、紫道の目……もう泳いでない。 「いや。そこは西住にとって問題ないんだろ。俺がお前のその……性癖でかまわないのと同じで」 「そうだね」 「ただ……今日のアレで、沢渡を放っておけなかったのは事実だろうが……それと好きってのは別だ。あとでやっぱり無理ってなったら、どうするんだ」 「別れればいいでしょ。とりあえず、つき合ってみて。セックスしてみて。なんか違うってこともあるし」  紫道が僕を見つめる。窺うように、計るように。ちょっと困ったように、ちょっとつらそうに。  あ。そっか。  僕たちもそんな感じだから?  好きだけど、恋愛じゃないかもしれない。  セックスが合わないかもしれない。  でもさ。  恋愛じゃなくてもいいし。セックスは僕好みに仕込むつもりだし。快楽で身体は落とす自信あるし。僕はそれでオッケー。  紫道は……どうだろ。  もし。やっぱり僕とは合わない、つき合うのやめたいって言われたら。  どうしようかな。今まで誰かに執着したことないけど……。  手放せる、かなぁ? 「西住のやつ、早々につき合うこと決めて……すぐに別れたいってのは……言い出せないんじゃないかってな」  紫道の声がやけにシリアスで。 「そうかもね。でも、本当に嫌なら拒否れるでしょ。みんな自己責任」  自分と重ねてるのかと思って。 「で……きみは? その時は言えるの?」  聞いてみた。 「俺は言う」  意外に即答。 「お前はどうだ? 俺が……期待外れだった場合、言えるのか?」 「もちろん。きみは大切な友達だもん」  自己満のやさしさとか、不誠実はナシ。  その前に。絶対気に入るから、別れるとかないし。 「なら、安心だ」  息を吐き、表情を和らげる紫道。  さっきまでの変さは、だいぶなくなった。   「僕のほうは、翔太から。津田と2人でいて、いい感じになったらどうすればいいいか……って」 「木谷と津田……そうか。うまくいってよかったな」 「見回り中に岡部に知らせてきてさ。 やり方わからなかったら教えるから聞いてって、一緒にメッセージしてもらったから」 「……何て返し……いや、いい」  他人事なのに恥じらうとか。紫道、初心過ぎない? 「時間ないから、今は基本だけ。今度じっくり教えるつもり」 「そう……か」 「告ってうまくいったの、今日は多そうだね。藤村もだし。学祭効果かな」  普段より気分上がってユルくなる感じ? キモチがオープンっていうか、ガードが下がるっていうか。 「ねぇ、きみも今日は特別感ある? ハイになりやすいとか、うかれてるとか」 「ああ、特別だ。うかれてるぞ」  少し考えるふうにしてから、紫道が答える。 「つき合ってはじめて……お前の家に行く。ハイってより緊張し過ぎててヤバい。早くしねぇと、爆発しちまいそうだ」 「それって……」  何を吹っ切ったのか。  紫道の瞳はハッキリ映してる。濃い欲情と、僕を。 「うん。もうすぐそこだから」  目の前のドアのガラスの向こう。街の灯の流れが速度を落とし、電車が止まった。

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