66 / 167
066 手放せる、かなぁ?:R
うちには常に夕飯のストックがある。
だから、さっさとうち行ってから食べる気でいたんだけど。紫道にそれ言うの忘れてて。
「どこかで何か、食うか……」
紫道 が呟いた。僕にっていうより、ひとり言っぽく。
なんか、紫道が。すごくソワソワして、落ち着かない様子で。目が合うと困ったふうに俯いたり。かと思えば、ぼうっと僕を見つめたり。
とにかく変。
ごめん、やっぱりやめよう……とか、言い出すんじゃないの?
なんて。まさか、そんなことはないはず。
でも。
世の中、予想外の出来事は起こり得るし。予想を超えた行動に出る人間もいるし。知らない物事もまだまだたくさんあるしね。
だから。
紫道に。食べたいものあるか聞いて、ないって言われて。
腹減ってるかどうかもわからないって言われて。
お前が好きなとこでいいぞって言われて。
「じゃあ、もう僕のとこ行こう。ピザとかパスタならあるから」
そう言ったのは、万が一の場合に逃さないためじゃなく。一応、確認。もともとその予定だったし。
紫道は目を泳がせて、深い溜息をひとつ。ふたつ。
そして、頷いた。
迷子みたいに不安げで縋る感じの紫道の瞳に、今日一日中チラチラ浮かんでた欲がハッキリと見える。
挙動がおかしい理由はわからなくても、やる気が削がれてないなら問題ナシ。
エネルギーチャージしとかなきゃ存分に楽しめないから、腹ごしらえは必要だけど。デート気分で外食する必要はナシ。家飯でオッケー。
むしろ……今は早く2人きりになったほうが、いろいろと捗りそう。
脳内で、うちでのアレコレを思い描きつつ。無言で頭を振ったり掻いたり……何考えてるのかわからない紫道とともに、駅の改札へと直行した。
「玲史……お前の……」
ホームで電車を待って、乗ってドア前に並んで立つまで5、6分。沈黙ってほどじゃないけど会話なしの間が続いたあと、紫道が口を開き……ほぼ同時に、スマホがズボンのポケット内で震えた。
僕のと、紫道のも。
しかも。僕のは、確認しようとして再びヴーヴー。
『今津田の部屋で2人きりで誰も家いなくて』
『もしいい感じになったらどうすれば』
翔太からだ。
『さすがにいきなりやるとか無理ですよね』
メッセが続く。
『俺は襲わないけど襲われたらどう』
『何かお告げを!』
少し動揺してるみたいだけど、漢字変換キッチリしてるし。
この子はまぁ、大丈夫でしょ。
紫道は……微かに眉を寄せて画面を見て、指先を動かしてる。
僕も返事しとくかな。
『余裕あるなら、浣腸して指でよく解してから挿れる。挿れなくても、一緒に扱くとかフェラとか。抜き合いっこなら、すぐ出来るよ』
簡単に、基本だけのアドバイス。
今度。時間がある時に、詳しくいろいろ教えてあげよう。翔太はタチもネコもイケそうだなぁ……あ。
もういっこ。
『愛のチカラってやつでがんばって』
あるんでしょ? 翔太は自信満々で言ってたもん。
でも。所詮、自分の欲の延長じゃない?
相手を気持ちよくすれば、自分もイイ。
相手が泣くほどヨガれば、自分もすごくイイ。
それって、自分が気持ちよくなるためだよね。
相手が屈辱や苦悶で顔歪めると、ゾクゾクする……のは、サドだから得る快感か。
翔太にSの気はなさそうで残念。
アプリを閉じてスマホから目を上げると、紫道が僕を見て。
「西住 が、沢渡 とつき合うことにしたそうだ」
報告。
「いいんじゃない? あの沢渡くん、クセあるけど……オッケー出せるんなら、うまくいくと思うよ」
「だといいが……」
「何が心配? 軽く変態なとこ?」
聞いたら。一瞬の間を置いて微笑んだ、紫道の目……もう泳いでない。
「いや。そこは西住にとって問題ないんだろ。俺がお前のその……性癖でかまわないのと同じで」
「そうだね」
「ただ……今日のアレで、沢渡を放っておけなかったのは事実だろうが……それと好きってのは別だ。あとでやっぱり無理ってなったら、どうするんだ」
「別れればいいでしょ。とりあえず、つき合ってみて。セックスしてみて。なんか違うってこともあるし」
紫道が僕を見つめる。窺うように、計るように。ちょっと困ったように、ちょっとつらそうに。
あ。そっか。
僕たちもそんな感じだから?
好きだけど、恋愛じゃないかもしれない。
セックスが合わないかもしれない。
でもさ。
恋愛じゃなくてもいいし。セックスは僕好みに仕込むつもりだし。快楽で身体は落とす自信あるし。僕はそれでオッケー。
紫道は……どうだろ。
もし。やっぱり僕とは合わない、つき合うのやめたいって言われたら。
どうしようかな。今まで誰かに執着したことないけど……。
手放せる、かなぁ?
「西住のやつ、早々につき合うこと決めて……すぐに別れたいってのは……言い出せないんじゃないかってな」
紫道の声がやけにシリアスで。
「そうかもね。でも、本当に嫌なら拒否れるでしょ。みんな自己責任」
自分と重ねてるのかと思って。
「で……きみは? その時は言えるの?」
聞いてみた。
「俺は言う」
意外に即答。
「お前はどうだ? 俺が……期待外れだった場合、言えるのか?」
「もちろん。きみは大切な友達だもん」
自己満のやさしさとか、不誠実はナシ。
その前に。絶対気に入るから、別れるとかないし。
「なら、安心だ」
息を吐き、表情を和らげる紫道。
さっきまでの変さは、だいぶなくなった。
「僕のほうは、翔太から。津田と2人でいて、いい感じになったらどうすればいいいか……って」
「木谷と津田……そうか。うまくいってよかったな」
「見回り中に岡部に知らせてきてさ。 やり方わからなかったら教えるから聞いてって、一緒にメッセージしてもらったから」
「……何て返し……いや、いい」
他人事なのに恥じらうとか。紫道、初心過ぎない?
「時間ないから、今は基本だけ。今度じっくり教えるつもり」
「そう……か」
「告ってうまくいったの、今日は多そうだね。藤村もだし。学祭効果かな」
普段より気分上がってユルくなる感じ? キモチがオープンっていうか、ガードが下がるっていうか。
「ねぇ、きみも今日は特別感ある? ハイになりやすいとか、うかれてるとか」
「ああ、特別だ。うかれてるぞ」
少し考えるふうにしてから、紫道が答える。
「つき合ってはじめて……お前の家に行く。ハイってより緊張し過ぎててヤバい。早くしねぇと、爆発しちまいそうだ」
「それって……」
何を吹っ切ったのか。
紫道の瞳はハッキリ映してる。濃い欲情と、僕を。
「うん。もうすぐそこだから」
目の前のドアのガラスの向こう。街の灯の流れが速度を落とし、電車が止まった。
ともだちにシェアしよう!