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067 もっとずっとおいしそう:R
「さっき。メッセくる前、何言いかけたの?」
改札口を出て、いつもの帰り道。隣を歩く紫道 が、辺りを見回してた視線を僕に留める。
「お前の家に今夜は誰もいないのか、確認しとこうと思った……いないんだよな?」
「うん。ていうか、いつもいないよ」
「は……?」
紫道が驚いた顔になる。
言ってなかったっけ。家族の話とか、ほとんどしないもんね。
「ひとりで住んでるから。安心して」
「……ずっとか?」
「そ。蒼隼 に入った時からね」
「中学は寮だったよな」
「うん」
微妙な表情……ていうか、紫道の眉が寄ってる。
「お前、の実家……その……家族は……」
「そんな遠くないところにいる。車で10分くらいかな」
「なのに、何で一人暮らしなんか……」
途中で言葉を止め、唇をギュッと結び。紫道が頭を振る。
「悪い。事情があるんだろ。言わなくていい」
「特にないよ」
深刻そうな紫道がおかしくて、笑みが漏れる。
「このほうがラクだから。お互い気つかわなくていいし。面倒もないし」
「らく……」
説明足りないか。
「父親が再婚してるの。子どももいて。僕がいると何かと不都合でしょ。ムダな警戒もしてるみたい」
「そう……か」
理解はしても納得しにくいのか。紫道の表情は緩まない。
「まぁ、気にしないで。でも……きみが僕のこと気にしてくれるのは、ちょっと気分いいなぁ」
「そりゃ、俺はお前を……お前とつき合ってるんだ。知りたいと思うだろ」
僕を見つめる紫道の眼差しがひどく真剣で、なんか嬉しい……くすぐったい感じ。
「聞かれれば何でも話すよ。恋人同士だもん……あ、ここ」
3分ほどで、マンションに到着。
エントランスでキーを差し込み。開いたドアから中へ。そして、エレベーターで9階の部屋へ。
「お前……」
無言のままついてきた紫道が口を開いたのは、玄関に入ってドアを閉めたあとだ。
「いいとこのボンなのか?」
あーこのマンション、高そうだもんね。
「父親が事業やってて、お金はあるほうだと思うけど。お坊っちゃんじゃないよ」
腑に落ちない様子の紫道に、続ける。
「お坊っちゃんって、その家で大切な息子のことでしょ。僕はただそこに生まれただけ。大切にされてるって思ったこと、一度もないからさ」
「玲史……」
「あ。だからって、邪険にされてるわけじゃなくて。必要なモノは与えられてるし……こことか。上がって」
物言いたげな紫道と、カウンターキッチンで手を洗い。
「焼くだけですぐ出来るからピザでいい?」
「ああ……」
紫道はダイニング兼リビングのソファに座っててもらい、オーブンの準備をしてピザを入れ。
「何飲む? ミネラルウォーター、オレンジ、コーヒー、紅茶、緑茶……甘くない炭酸水もあるよ」
紫道に尋ね。
「じゃあ、炭酸で」
「はい。喉乾いたでしょ」
グラスに注いだ炭酸水を紫道に渡し。
「ありがとう」
「お疲れー」
「お疲れ……」
ソファの横に立ったまま。自分のグラスを紫道のに軽く合わせ、一口飲んだ。
ゴクゴクと半分近くを飲み干し、紫道が息をつく。
「座らないのか?」
答えず、紫道のグラスを取り。自分のとともに、ソファの前のミニテーブルに置き。
「さて、と」
紫道の腿を跨いで腰を落とし、ソファの背もたれに両手をついた。
「玲史、何……」
「キスするの」
「い、ま……? 待て、まだ……ピザ、食うんだろ?」
焦る紫道が面白い。
今さら。
僕の部屋に入った時点で、逃げ道はないのに。
逃がすつもりないの、わかってるでしょ。
逃げるつもりがないから、来たんでしょ。
溜まって熱くなった欲、もう抑えられないでしょ。
ほしくてたまらないでしょ……?
でも。
まだ、焦らすの。
キスだけで。
「焼けるまで10分くらいだから……前菜ね」
何か言おうとして開いた紫道の唇の間に、舌を差し込んで。そのまま口内をねっとり舐める。
すぐ後ろのソファの背に頭を押しつけられた紫道は、反射的に目を閉じて。反射的に僕の身体を押し返すように掴んだけど、力はこもってない。
最初から遠慮なく。舌を絡めて吸って、深いキスを堪能する。
ロマンティックな触れ合いなんて要らない。
今。今夜。与え合えるのは、性欲を満たすための身体……それで十分。
心のやり取りなんて、やり方知らないし。
紫道はキスに慣れてなくて、舌の動きはぎこちない。けど、反応はいい。舌の側面と上顎を舐ると、熱い息を漏らして僕の舌を舐め返してくる。
「気持ちイイ?」
「は……っ、ああ……すごく、いい……が……」
薄く目を開けた紫道。ちょっと潤んでるその瞳を至近距離で見つめたまま、右膝の位置を変える……紫道の股の間に。
「ガマンできなくなっちゃう?」
「うッ……!」
「窮屈なら、もう脱いでもいいよ」
バッチリ勃起してるペニスを、膝で擦る。軽く踏むように、グリグリ……。
「あ、玲史ッ……やめろ……っ……!」
もう5秒ほど、刺激し続けてから膝を離す。
「今はやめてあげる。そのほうがつらいかもしれないけど」
「……意地が悪い、な……」
「知ってるくせに」
意地悪そうな笑みを浮かべてみせ、紫道の上から降りる。
「お前は……平気なのか。そこ……」
紫道の視線は僕の股間に。見やすいように、ブレザーを脱ぐ。
「勃ってるよ、もちろん」
ブレザーを脱いで見せた。
制服のズボン越しだと、あんまりわかんないか。
「でも平気。イキたくなるのは、突っ込んで喘がせて攻めまくったあとだから。S側はコントロール出来なきゃね」
「……そりゃすごいな」
「快楽には貪欲だし」
ちょうどいいタイミングで、オーブンから加熱終了の音が鳴った。
「きみはそのままでいいの」
微笑み、ピザを取りにキッチンに向かう。
焼けたピザを皿に移して切って、ソファへと戻る。
「僕をほしがったまま、ピザを食べるきみを見るのが楽しいんだからさ。はい」
熱々のとろけるチーズがたっぷり乗ったピザをひと切れ、差し出した。
「ありがとう……いただきます」
礼儀正しく言ってピザを受け取り、食す紫道。
「いい子」
性欲が高まってる時って、食欲は二の次になりがちだよね。
でも。今夜はちゃんと食べとかないと、身体がもたないから……紫道にはしっかりエネルギーチャージしてほしい。
まぁ。だったら、夕飯前に煽るなって話だけど。
せっかくの休日前夜。
待ちに待った初セックス。
たったの1時間かそこらでガス欠なんて、つまんないじゃん?
「うまいな、これ」
紫道が呟く。
「でしょ。どんどん食べて。足りなかったらもう1枚焼くから」
食べ慣れたピザを口に運ぶ。
「父親の再婚相手……サキさんの手作り」
「すごいな。どっかのいい店のテイクアウトみたいだ」
紫道が、2切れ目のピザを手に取った。
「彼女、イタリア料理習ってたらしくて。月に2回、僕のところに持ってくるの」
「その人……」
また。
どうしてかな。紫道の、この微妙な顔……変なこと言ってないのに。
「お前の父親の奥さんなら、お前の……義理の母親になるんだろ?」
「うん、一応」
「……嫌いとか、苦手とか……家族としてうまくやれないとか、あるのか?」
「全然。すごくいい人だよ。僕の食生活を心配して、ピザやパスタソースいっぱいくれるからさ。うちのフリーザーはいつも満タン」
紫道が気に病む要素はまったくないはず。
「もともと、僕には家族っていう感覚がよくわからないけど……サキさんとの関係は良好だから」
「お前がそう言うなら……」
「ほんと、気にしないで」
あーもう。
こんな、どうでもいいこと気にかけさせてちゃダメじゃん。
「ほら。どんどん食べて。今日は長い夜なんだから、体力ないと楽しめないでしょ?」
「ああ……そう、だな」
ニッコリして見つめると。紫道の瞳が熱を帯びる。
よかった。欲は消えてない。
さっさと食べて食欲満たして。早く性欲を開放しなくちゃ。
「うまいな」
紫道が再び呟いた。
きみのほうが、もっとずっとおいしそう。
心の中で、僕も呟く。
じっくりと味わって。堪能して。
楽しんで、楽しませて……喰らい尽くしてあげるからね。
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